先生、それ、事件じゃありません2

菱沼あゆ

文字の大きさ
11 / 15
それ、事件じゃないんですかっ!?

私がやりましたっ!

しおりを挟む
 
 そちらを見ると、副市長が何故かその場に土下座している。

「すみませんっ。
 私がやったんですっ。

 私が先生を突き飛ばしましたっ」

 ええっ? とみんなが驚く。

「副市長が先生を?
 面識もなさそうだったのに、何故ですか?」
と夏巳は訊いた。

 お前かーっ、と副市長だろうが躊躇ちゅうちょなく攻撃しそうな佐川を気にしながら。

 察した寛太かんたが佐川をさっと押さえてくれたが……。

 副市長は桂の前で土下座したまま言う。

「そ、それが私、以前、小料理屋で、そこの探偵の先生に座敷から出てきたところを見られたことがあって。

 さっき、先生が名探偵だと紹介されたとき、もう駄目だと思いました。

 ああ、きっと、私があの映画館近くの小料理屋で、幼なじみの丸井建設の三代目、丸井繁太にお任せコース八千円と利き酒セットをおごってもらったことがバレてしまうと思いました」

 見ただけでか……、
と思う夏巳の後ろで、父、寛太かんたが、

「この駄目探偵にか」
と言っていた。

「決して、癒着などではないんです。
 でも、今、時期と立場的にまずいから。

 先生に思い出して欲しくなくて。
 さっさと帰って欲しかったんです」
と副市長は言う。

「でも、此処で顔を合わせなくても、テレビつけたら終わりでは」

 ニュースとかに顔出ししてるではないですか、副市長、と思いながら、夏巳は言ったのだが、祥華たちは何故か妙に納得している。

「名探偵の先生に真正面から見つめられて、動転したのね」

「そうね。
 先生のあの瞳に見つめられると、犯罪者は追い詰められてしまうのね、きっと」

 そんな佐川の言葉のあとに、小笠原が、
「悪いことはできないもんですね」
と頷いていた。

 いや、この人、友だちに酒おごってもらっただけなんじゃ……。

 いやまあ、本当のところはわからないが。

 教頭が地面に額をこすり付けんばかりにしている副市長に向かい、
「さあ。
 どうぞ、お立ちください」
と言って、その腕を持つ。

 よろりと立ち上がった副市長に歩み寄った桂は、ぽん、とその肩を叩いて言った。

「私は名探偵などではない」

 重々しく言うところではない。

「私なんぞが目撃したところで、なにもわからない」

 だから、威張って言うところではない。

「ただ――

 副市長」

 桂は見つめられると誰もが動揺してしまうあの瞳で副市長を見つめて言った。

「貴方の中にあった正義感が自分を許さなかったというだけの話ですよ」

「……探偵さん」

 いやだから、副市長さん、友だちに酒おごってもらっただけなんですよね?

 階段数段だが、先生を突き飛ばしたり、突き落としたりした方が大問題ですよ、と思ったあとで、夏巳は、ん? と気づいた。

 うなだれた副市長は教頭に連れられ、本部席の方に戻っていった。

 寛太が後ろから、
「さっきお前が、この中で犯行を犯して、誰にも見られずにいることは不可能だって言ってたのを聞いて観念したのかもな」
と言ってくる。

「というか、先生の方は小料理屋に居た副市長に気づいてなかったみたいなんだけどね。
 目立つから、目撃者になっちゃうんだろうね」

 きょろきょろ辺りを見回しながら夏巳が言うと、小笠原が、
「目撃者になっちゃう?」
と訊き返してくる。

「犯人にとってですよ」

 そう夏巳は言った。

「先生、居るだけで目立つから。
 あ、あいつ、あそこに居た奴、みたいに犯人が思って。

 先生自身は見ていなくとも、現場に居た目撃者として、犯人にインプットされてしまうという話です」

 そう早口に言いながら、夏巳は、おかしいな、先生が居ない、と思っていた。

 ……さっきの話、ちょっと引っかかったんだけどな。

 人が多いから、追求しなかったけど、たぶん……、
と思う夏巳は、北校舎の手前で、女性の先生と話している桂を見た。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ
ホラー
 変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?  突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。  ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。  七竃が消えれば、呪いは消えるのか?  何故、急に七竃が切られることになったのか。  市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。  学園ホラー&ミステリー

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

ちゃぶ台の向こう側

仙道 神明
キャラ文芸
昭和のまま時が止まったような家に暮らす高校生・昭一。 悩みを抱えながらも周囲に心を閉ざす少女・澪が、ある日彼の家を訪れる。 ちゃぶ台を囲む家族の笑い声、昭和スタイルの温もり―― その何気ない時間が、澪の心に少しずつ光を灯していく。 ちゃぶ台を囲むたびに、誰かの心が前を向く。 忘れかけた“ぬくもり”と“再生”を描く、静かな人情物語。 ※本作品は「小説家になろう」「エブリスタ」にも重複掲載しています。

処理中です...