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それ、事件じゃないんですかっ!?
私がやりましたっ!
しおりを挟むそちらを見ると、副市長が何故かその場に土下座している。
「すみませんっ。
私がやったんですっ。
私が先生を突き飛ばしましたっ」
ええっ? とみんなが驚く。
「副市長が先生を?
面識もなさそうだったのに、何故ですか?」
と夏巳は訊いた。
お前かーっ、と副市長だろうが躊躇なく攻撃しそうな佐川を気にしながら。
察した寛太が佐川をさっと押さえてくれたが……。
副市長は桂の前で土下座したまま言う。
「そ、それが私、以前、小料理屋で、そこの探偵の先生に座敷から出てきたところを見られたことがあって。
さっき、先生が名探偵だと紹介されたとき、もう駄目だと思いました。
ああ、きっと、私があの映画館近くの小料理屋で、幼なじみの丸井建設の三代目、丸井繁太にお任せコース八千円と利き酒セットをおごってもらったことがバレてしまうと思いました」
見ただけでか……、
と思う夏巳の後ろで、父、寛太が、
「この駄目探偵にか」
と言っていた。
「決して、癒着などではないんです。
でも、今、時期と立場的にまずいから。
先生に思い出して欲しくなくて。
さっさと帰って欲しかったんです」
と副市長は言う。
「でも、此処で顔を合わせなくても、テレビつけたら終わりでは」
ニュースとかに顔出ししてるではないですか、副市長、と思いながら、夏巳は言ったのだが、祥華たちは何故か妙に納得している。
「名探偵の先生に真正面から見つめられて、動転したのね」
「そうね。
先生のあの瞳に見つめられると、犯罪者は追い詰められてしまうのね、きっと」
そんな佐川の言葉のあとに、小笠原が、
「悪いことはできないもんですね」
と頷いていた。
いや、この人、友だちに酒おごってもらっただけなんじゃ……。
いやまあ、本当のところはわからないが。
教頭が地面に額を擦付けんばかりにしている副市長に向かい、
「さあ。
どうぞ、お立ちください」
と言って、その腕を持つ。
よろりと立ち上がった副市長に歩み寄った桂は、ぽん、とその肩を叩いて言った。
「私は名探偵などではない」
重々しく言うところではない。
「私なんぞが目撃したところで、なにもわからない」
だから、威張って言うところではない。
「ただ――
副市長」
桂は見つめられると誰もが動揺してしまうあの瞳で副市長を見つめて言った。
「貴方の中にあった正義感が自分を許さなかったというだけの話ですよ」
「……探偵さん」
いやだから、副市長さん、友だちに酒おごってもらっただけなんですよね?
階段数段だが、先生を突き飛ばしたり、突き落としたりした方が大問題ですよ、と思ったあとで、夏巳は、ん? と気づいた。
うなだれた副市長は教頭に連れられ、本部席の方に戻っていった。
寛太が後ろから、
「さっきお前が、この中で犯行を犯して、誰にも見られずにいることは不可能だって言ってたのを聞いて観念したのかもな」
と言ってくる。
「というか、先生の方は小料理屋に居た副市長に気づいてなかったみたいなんだけどね。
目立つから、目撃者になっちゃうんだろうね」
きょろきょろ辺りを見回しながら夏巳が言うと、小笠原が、
「目撃者になっちゃう?」
と訊き返してくる。
「犯人にとってですよ」
そう夏巳は言った。
「先生、居るだけで目立つから。
あ、あいつ、あそこに居た奴、みたいに犯人が思って。
先生自身は見ていなくとも、現場に居た目撃者として、犯人にインプットされてしまうという話です」
そう早口に言いながら、夏巳は、おかしいな、先生が居ない、と思っていた。
……さっきの話、ちょっと引っかかったんだけどな。
人が多いから、追求しなかったけど、たぶん……、
と思う夏巳は、北校舎の手前で、女性の先生と話している桂を見た。
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