14 / 15
それ、事件じゃないんですかっ!?
あなたは確かに名探偵です
しおりを挟む振り向くと、副市長のイケメン秘書が立っていた。
副市長が、すみませんでしたと言って帰っていったとき、一緒に帰っていったはずなのに。
「私の指には指輪があって、藍子さんの指にはない。
まあ、仕事のとき邪魔だからしないということも考えられるので、話しかけて確認したんでしょう」
藍子というのが、あの女の先生の名前のようだった。
「藍子さんはよく見てなかったんですよね、あのとき。
ほとんど貴方の方に背を向けていたから」
そうイケメン秘書は呟くように言う。
どうやら、彼らの不倫現場、というか、二人で居るところを桂が偶然、見てしまっていたようなのだ。
もちろん、そのときには、何処の誰だか知らないので、不倫かどうかも桂にはわからなかったのだろうが。
向こうは、桂に見られたことをハッキリ覚えていたようだ。
そして、こちらがハッキリ覚えているのだから、向こうもハッキリ覚えているに違いない、と思ってしまったのだろう。
桂の方はただ単に、
なんでこの女性が先生って、見ただけで思うんだろうな、とぼんやり思いながら通っただけのようなのだが……。
不用意にその目立つ顔でウロウロしないでくださいよ、先生~と夏巳は思っていた。
「先生。
先生は、ご自分のことを名探偵ではないとおっしゃってましたけど。
貴方は、確かに名探偵ですよ」
そう言い、イケメン秘書は笑う。
「たくさんの犠牲者が出たあとで、推理を始める物語の中の探偵より、貴方の方が、よほど名探偵です」
その言葉に、夏巳は、桂が思ったより大きな事件を防いでいたことに気づいた。
たぶん、この秘書は、これから犯罪を犯そうとしていたのだ。
不倫が原因で、妻を殺すか。
愛人を殺すか――。
だが、いきなり探偵が介入してきてしまったことで、気がそがれたようだった。
「副市長、すっかりしょげてますよ。
いつもは気のいいおじさんなんですけどね。
今回の話、広まったら、今の地位も危うくなるかもしれませんしね」
……みんなの前でしゃべっちゃいましたもんね。
先生突き落としたこと。
ただその原因があまりにもしょうもなかったので、どうなるかはわからないが。
「あの姿見てたら、犯罪で失うものって、やっぱり大きいなって。
そんな当たり前のこと思って――。
さっき戻ってきて、テント片付けるの手伝ったんです」
そう言う秘書の人のスーツはそういえば、少し埃で汚れていた。
「副市長にはみんなに口止めしてきますって言って出てきたんですけど。
止められるわけもないですしね。
どうしようかなーと思ってたら、ちょっと手伝ってくれってその辺でテント抱えてた人に言われて。
手伝いながら、小さな子どもと一緒に片付けてる家族とか眺めてたら、ちょっと目が覚めたっていうか。
仕事のストレス解消に、非日常性を求めて、不倫にはまったんですけどね。
こう、ぐいと日常に引き戻されたっていうか。
日常の中にあるささやかな幸せに気づいたって言うか」
人気のなくなってきた夕暮れのグラウンドを見ながら、秘書の男は、そうポツリポツリと語る。
「彼女見てると、なんか落ち着いたんですよね~。
懐かしい感じがして。
なんでかなと思ってたんですが。
よく考えたら、先生だったからなんですよね。
外で会うとき、彼女が、たまにジャージにポロシャツをインしてるのが飾り気なくて好きだったんですけど。
ああ、スカートでも砂で汚れたスニーカー履いてたりするとことか。
でも、此処来てみたら、そんな女の先生、いっぱい居ますしね」
ああ、と桂と夏巳は手を打った。
そうか。
そういう服装で先生ってわかるんだ、と気がついたからだ。
当たり前すぎて、気づかなかった。
夏巳たち学生はいつも見てるので、その格好に違和感もないし。
「……殺さずに妻とやり直してみます」
グラウンドを見たまま、秘書はそう宣言した。
いや、本当に?
そんなことで?
と思ったが、人の感情って、意外とそういう些細なことで方向性が変わったりするのかもしれないなとも思った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
七竈 ~ふたたび、春~
菱沼あゆ
ホラー
変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?
突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。
ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。
七竃が消えれば、呪いは消えるのか?
何故、急に七竃が切られることになったのか。
市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。
学園ホラー&ミステリー
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ちゃぶ台の向こう側
仙道 神明
キャラ文芸
昭和のまま時が止まったような家に暮らす高校生・昭一。
悩みを抱えながらも周囲に心を閉ざす少女・澪が、ある日彼の家を訪れる。
ちゃぶ台を囲む家族の笑い声、昭和スタイルの温もり――
その何気ない時間が、澪の心に少しずつ光を灯していく。
ちゃぶ台を囲むたびに、誰かの心が前を向く。
忘れかけた“ぬくもり”と“再生”を描く、静かな人情物語。
※本作品は「小説家になろう」「エブリスタ」にも重複掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる