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第二の殺人
彩乃の秘密
しおりを挟む「そうか……あれも死んだのか」
その後、嵩人は緋沙実の死を告げに、ひとり、壮吉の部屋を訪れていた。
「あんたが妙な遺言をしたせいで、次々事件が起こってる。
あんたは邪魔な霊と人を排除したくて、あんな遺言を残したのか?」
壮吉はその問いには答えず、
「厄介な奴は殺さない方がいいんじゃが」
そう、ぼそりと呟く。
「性根に問題ある奴は、死んでからも何かするかもしれんから。
せめて、――の……うちは」
老人特有のくぐもったしゃべりで、最後ら辺はよく聞き取れなかった。
腕組みをして、そんな荘吉を見ながら、嵩人は問う。
「なんで若返らないんだ?」
「あ?」
「死んだら、別に老人のままでなくともいいだろうに」
「そうなんじゃが。
お前たちのことが気になって、心が死んだときのままなんじゃ」
「まるで、いいジイさんだな」
「誰が悪いジイさんだ……。
まあ、わしにもどうにも出来んことがあるからの」
「ジイさん……」
覚悟を決め、嵩人は口を開いた。
「彩乃はあんたの娘なのか?」
「なんじゃ、やっと確かめる気になったのか」
と荘吉は笑う。
「なんで今まで訊かんかった?」
「それは――」
僅かな希望を残しておきたかったから。
断定されたら、もう違うかもしれないという夢を見ることも出来ない。
霊に対しては強気に出られるが、現実の真実に対しては弱気だった。
「彩乃はわしの娘ではない」
壮吉の口から告げられた、望んだ真実に、思わず、身を乗り出していた。
だが、同時に疑問にも思う。
「じゃあ、なんで俺を高村に」
てっきり、自分と彩乃の仲を裂くためだと思っていたのに、そう思いながら問うたが、壮吉は、
「彩乃がわしの娘か」
そう呟くと、ふっと笑い、
「いっそ、その方がよかったような気もするが」
と言って障子の方を見た。
今もそこには、風に揺れる木々の影に混ざり、生きてない物の影も揺らめいている。
「彩乃がお前の叔母でも、戸籍上はわからんしの。
人の目は誤魔化せる。
人の作った法律も。
じゃが、この世には、どうやっても誤魔化せない連中が居る」
「まさか、此処の霊が、俺と彩乃が一緒になることを阻んでるっていうのか?
じゃあ、さっさと此処を取り壊せ!」
「お前な……。
父親と違って、此処に愛着があったんじゃなかったのか。
その勢いで彩乃に迫れていたら、なんとかなったかもしれんのに。
ほんにお前は、ぼんやりしとるというか。呑気にあんなことしとらんと――」
「あんなこと?」
まあ、ええわ、と壮吉は話を打ち切るように言い、いつもは彩乃に取らせている水差しを自分で手を伸ばして、引きずっていた。
この孫では取ってはもらえぬと判断したようだ。
正しい選択だ。
「彩乃がいいと言うのなら、あれが此処を継いだあと取り壊せ。
どうなっても知らんが」
「……脅しか?」
「いいや、ただの親切じゃ。
お前、彩乃になんで化粧をしないのか訊いてみたことはあるか?」
え? と祖父を見る。
「彩乃が今、ああして生きていられるのは、あの子が不幸だからじゃ。
お前と結ばれないまま、まだお前を想っているからじゃ」
彩乃が不幸だと言われているのに、申し訳ないことに、その言葉に胸が熱くなった。
「普通の霊なら、人を殺すことは出来んのじゃがの。
その状況に応じて手を貸すことは出来ても、自らの意思で祟り殺すまで持っていける霊はそうおらん」
「此処にはたくさん居そうだが」
と言うと、確かに―― と壮吉は笑う。
「彩乃に訊け。
すべてはそれからじゃ。
わしはお前たちが平穏に生きていける道を示してやっただけじゃ。
後は自分で選べ」
「選べって」
高村との話はもう、のっぴきならないところまで進んでいるのだが。
「会社のことなら、親父に任せろ。
あそこまで傾かせたのは、あれ自身のせいじゃろが。
社員は高村の系列会社にでも引き取ってもらえばいい」
「怒らせたら、もう引き取ってもらえないだろうが」
「お前は妙に責任感の強いとこがあるが。
それが裏目に出ないといいんだがな」
そんな役にも立たない不吉な忠告はいらないんだが……と思いながら、
「ジイさん」
と嵩人は呼びかける。
「なんじゃい」
「さっき言った霊になっても厄介な奴というのは、緋沙実さんのことか?
なんでだ?」
此処を出る前にそれだけは聞いておこうと思った。
ああ、と祖父は唸るように溜息をつき、言う。
「融に訊いてみたらどうじゃ。
あれが何処まで思い出してるか知らんから、わしの口から勝手なことは言えん。
わしも真実は知らんしな。
融はすべてを忘れて、気ままで単調な霊の暮らしを楽しんでおる。
何もかも忘れているのなら、放っておいてやれ」
と。
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