ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ

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ちちんぷいぷい

きっと、お前に言うよ

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 数日後、あかりが手配し、青葉は吾妻陽平と吾妻の別荘で会うことになった。

 あかりは庭に車をつけた青葉を玄関まで連れていきながら言う。

「この辺り、冬になると、雪深くていいんですよ。
 静かでなんの音も聞こえなくて。

 落ち着くんです」

 周囲を見回しながら、テンション低くなった青葉は言う。

「山の中だわ、他の別荘とは離れてるわ、敷地がデカイわ。

 俺の悲鳴がとどろいても、誰にも聞こえそうにないな。

 何故、ここに俺を呼びつけたのかと思っていたが。

 ここだと、俺の死体、埋め放題だな」

「なに言ってるんですか。
 日向の父親なのに、埋められるわけないじゃないですか」

「……日向の父親じゃなかったら、埋められるのか」

 うーむ。
 めんどくさい人だ、と思いながら、あかりは玄関ホールまで、青葉を案内する。


「お前があかりを捨てた男か」

 壁一面の窓ガラスから、青葉が言う死体を埋めるのに適した雑木林が見える暖炉の間で、青葉と陽平は対峙していた。

 青葉の目が暖炉の上に飾られた鹿の首を見、その下に飾られている猟銃を見る。

 青ざめてこちらを振り返った。

 いや……そんなむき出しの猟銃、飾り用のレプリカに決まってるじゃないですか。

「す、捨ててはいません。
 き……」

 記憶をなくしていて、と青葉は言おうとしたようだった。

 だが、
「そうか。
 じゃあ、捨てられた男か。

 なら、なお用はないぞ」
と陽平はつれなく言う。

 青葉は政財界の黒幕だというから、着物着て、でっぷりした妖怪みたいなおじいさんを想像していたようだが。

 陽平は、あかりの祖母、滋子しげこが出会ったときのまま、細身で端正な顔をしていた。

 もちろん、歳はとっているが、スタイリッシュで眼光が鋭いので、今にも俊敏に動き出しそうで。

 青葉には、凄腕のスパイか殺し屋かなにかのように見えているようだった。

 怯え方半端ないようだったが。

 そんなところは見せないようにして、踏ん張る姿がちょっと可愛い、とあかりは思っていた。

 そして、そうだった、そうだった、と思い出す。

 私はこの人の異様に整った顔とか、スタイルとか。

 仕事ができるとことかじゃなくて。

 頼りになるけど、でも、ときどき、ちょっと駄目なとこ。

 いや、ちょっと駄目なんだけど。

 でも、やっぱりなんか頑張ってくれるとこ―― が好きだったんだよな。

 しかし、陽平はかなり青葉に対して攻撃的だった。

 当たり前だ。

 自分たちに干渉しないでと滋子が言っていたので、なにも言ってはこなかったが。

 きっと、陽平はあかりの身に起こったことも知っていた。

 口出しできない分、ずっとイライラしていたのだろう。

 まあ、青葉のせいではないのだが……。

 呪文を発動したあと、陽平はあかりに言った。

「私は必ず約束は守る男だ。
 だから、今まで、なにがあっても、お前たちに干渉してこなかった。

 だから、今度はお前たちが約束を守る番だ。

 来斗が養子になって満島みつしまの家に入るのなら、あかり、お前がこの家を継ぐんだ。

 私の力を頼る以上、どちらかがうちの跡継ぎにならねばならない。

 『おじいちゃんちの子になる』ということは、そういうことだ」

 今、陽平は青葉を見据えて言う。

「あかりには嶺太郎を婿にとらせる。
 嶺太郎はああ見えて、子ども好きだから、日向も懐くだろう」

「……子ども好きっていうか。
 大人への警戒がひどいだけだと思いますが」
とあかりは呟く。

 まあ、この一族に生まれたからには、いろんな大人が近づいてきただろうから、人間不信になっても仕方がない。

 だから、嶺太郎は普段は、吾妻の一族であることは伏せている。

 そんな嶺太郎もあかりには、心を開いていた。

 ……たぶん、大人になりきれていないからだろう。

 彼の心のエリアでは、私は子供に分類されてるな、と会うたび、にこにこして頭を撫でてくれる嶺太郎を思い出しながら、あかりは思う。

 だから、嶺太郎さんが、私の婿になるとかないと思うんだけど……。

 待てよ。
 ということは、嶺太郎さんが気を許している堀様も子どもっぽいのかな、と思ったとき、

「嶺太郎なら気心も知れている。
 きっと良い夫婦になるだろう」
と陽平が言ったが、青葉は言う。

「あかりの好みは、嶺太郎さんの友だちの堀様の方ですよ」

「そうか。
 では、その堀様を手配しよう」

「いえ、そんなことしても無駄です」

 青葉は陽平を見据えて言う。

「……なるほど」
と陽平は頷いた。

「お前たちの愛の前には、その堀様とやらでも歯が立たないと言うのか」

 いや、おじいさまにそんな風に言われると照れるんですけど、とあかりが思ったとき、青葉が言った。

「嶺太郎さんが、堀様に見せてるあかりの写真、ひどいですよ。
 半目、半笑いのあかりですからね。

 権力をちらつかせても来ないと思います」

「いやっ、なんなんですかっ、それはっ。
 ……嶺太郎さんっ!?」
とここにはいない嶺太郎を呼びつけながら、あかりは青葉の腕をつかんで揺する。

「そもそも、俺は日向には平凡な普通の暮らしをさせてやりたいんです。
 あかりの店に押し寄せて、呪文をねだる小学生たちみたいな」

 呪文……?
と呟いたあとで、陽平は言った。

「いかにもいい感じの話だが。
 木南の家を継いでも、なにも平凡な暮らしはできそうにないが」

 しまった、という顔を青葉はする。

 そこで、陽平が渋い顔をして言った。

「……だがまあ、日向を見てると、不安にはなるんだ。

 才知にけすぎて怖いというか。

 我々に、あの子を教育できるだろうかと」

 その言葉に、あかりと青葉は目を見合わせて笑う。

「なにがおかしい」
と陽平に言われ、

「いえいえ、おじいさま。
 日向は賢くないこともないかもしれませんが。

 ……そんなに賢くはないですよ」
とあかりは言った。

「なんだと!?
 そんなことあるか、お前の子だぞ」

 横で青葉がぼそりと言う。

「……立派なジジ馬鹿で、大層なひいジジ馬鹿だな」

 そう罵りながらも、青葉は少し微笑ましげに陽平を見ていた。

 そして、
「賢いですか? 日向」
と日向の父である青葉自ら疑問を呈する。

「この間、レストランで牛ほほ肉の赤ワイン煮込みを見て、
『これ、なあに?』
と訊いてきたんで、

『ほほ肉だ』
と教えたら、

『誰の?』
 って訊いてきたんですけど、あいつ」

 だが、陽平は深く頷き、

「さすが日向、鋭い観察眼だ」
 などと言っている。

 びっくりするほどのジジ馬鹿っぷりだ。

 仕事のときとは別人だな、とあかりは思う。

「無理やり引き取っても、日向があなたの跡継ぎに向いているかはわかりませんし。

 あかりも向いてないかもしれませんよ」

 そう言う青葉にジジ馬鹿な陽平は、
「何故、向いてないとわかる」
と言う。

「いや、あかりのあの店、見たでしょう。
 あかりの経営手腕はひどいですよ!」

 うっ。

「だが、ネットショップは上向きになってるじゃないか」

 あれは伸びる、と言う陽平に、青葉が、
「ネットショップをてこ入れしたのは、私ですよ!」
と言った。

「……じゃあ、お前、うちに養子に入れ」

 それは無理です……。

「木南の一族くらい、簡単にひねり潰せる。
 そっちがなくなれば、うちに来てもいいだろう」

「……俺への嫌がらせで、あかりに婿をとると言ってたんじゃないんですか?

 一族の嶺太郎さんも、一族のものではない堀様も、あなたの跡継ぎには向いてないですし。

 俺があかりに苦労させたからですか」

 陽平は黙っている。

「……確かに、俺が記憶をなくしてしまったせいで、あかりには、言葉にできないほどの苦労をかけた思います。

 でも、これからはあかりになんの不自由もないよう頑張ります。

 日向の子育ても手伝うし。

 あのどうしようもない店だって、なんとかしますし。

 あの店があかりの生きがいだというのなら、俺は頑張ります」

 今、どさくさ紛れに、どうしようもないって言いましたね……?
と思いながらも、少し感動していた。

 だが、陽平は淡々と言う。

「なんの不自由も苦労もない人生なんてないし。
 どんなに頑張っても大抵のことは思い通りにはならないんだ」

 どんな願いでも叶えるとあかりたちに言う男は、そんなことを言う。

 自分の人生はなにもままならなかったと。

 まあ、そうだろうな、とあかりが思ったとき、ノックの音がして、使用人が来客を告げた。

「今、誰も通すなと言ったろう」
と陽平が振り返ったときには、もう、日向が飛び込んできていた。

「よーちゃーんっ」
と陽平の許に駆け寄り、膝に飛び乗る。

「今、ばあばに、えいご、習ってたんだよー。
 ウシはえいごでーっ、

 ミルクッ!」

 そんな莫迦なっ。

 でも、なんか間違ってない気がする……っ、とあかりが思ったとき、陽平が目を細めて言った。

「そうか。
 偉いぞー、日向」

 あかりは小声で、ぼそりと青葉に言う。

「……日向、この人に任せていたら、駄目な気がしてきましたよ」

「ああ、そうだな。
 とんでもない莫迦息子に仕上がりそうだ……」

 陽平は、日向の頭を撫でたあとで言う。

「うん?
 ばあばに英語を習ってたのか?

 真希絵が面倒を見ていたのか」

 いえいえ、おじさま。
 日向はお母さんをばあばとは言わないですよ。

 そんなこと言ったら、殴り殺されますから、と思ったとき、日向を連れてきた使用人ににこやかに挨拶しながら、滋子しげこが現れた。

「私ですよ、陽平さん。
 あかりには、ばあばとは呼ばせませんでしたけど。

 さすがにひ孫となると、観念しましてね」

 いつもきちんと着物を着ている滋子が現れた。

 陽平がそちらを見たまま、黙り込む。

 その様子に滋子が笑った。

「ずいぶんおばあさんになったから、ビックリしましたか?
 もう長い間会ってませんからね。

 いや、あなたは、なにもかも調べているようだから、今の私のこともご存知ですよね」

 だが、陽平は滋子を見つめたまま言う。

「……いや、お前のことは知らなかった。
 お前のことだけ、報告させなかった。

 姿を見たら、話を聞いたら、会いたくなるから……」

 滋子は黙って、陽平を見つめていた。

「……おばあさんになんてなってないよ。
 お前は永遠に綺麗だ」

 滋子はちょっと笑い、
「口説き文句も昔のままですね」
と言った。

 横で青葉があかりに言う。

「俺も100年経ってもお前に言うよ。

 お前は永遠に綺麗だし。
 ずっと愛していると――」

 おじいさまは、ずっと愛しているは言ってませんよ、と思ったが。

 その視線に、言葉の隅々にそれは現れてる気がした。

 甘味処の相席に気をつけて、と滋子はずっと言っていた。

 いや、単に、それだけ魅力的だったのだろう。

 彼女にとって、陽平が。

 きっと、ずっと忘れられなかったのだ、二人とも……。

 陽平は一族を捨てて、滋子と一緒になることはできなかった。

 ずっと一族を守れと育てられていたからというのもあるだろうが。

 滋子がそんな責任感のない振る舞いを許さなかったからだろう。

 ――おじいさまが自分のすべてを捨てて守った吾妻の一族を守ることが私の使命なのかもしれないけど……。

 この人や、寿々花さんを巻き込めないな、とあかりは青葉を見る。

 だって、青葉さんたちにとっては、私たちにとっての吾妻家のように、木南の家は大事なもののはずだから。

 青葉がぼそりと言う。

「しかし、お前は永遠に綺麗だって、感動的なセリフだが。
 お前のばあさん、ほんとに綺麗だから、ちょっと感動薄れるな」

 確かに滋子は幾つになっても綺麗だ。

 陽平と同じだ。

 歳はとっても、何処か少年少女のようというか。

 二人とも、心をまだ、あの甘味処に置き忘れてきたままだからなのかもしれない。

 青葉はこちらを見て、笑う。

「俺はお前がどんなになっても、綺麗だって、ちゃんと言うぞ」

「えっ?
 どんなになってもってなんですかっ」

「俺と一緒になって、なにもかも不自由なく、幸せ太りしても、ダラダラな感じでも、綺麗だって言うぞ。

 なんの苦労もない人生というものが、この世に存在しないとしても。

 俺はお前のために、人類史上初、それを作り出すぞ」

 青葉はいつの間にか、あかりの手を握っていた。
 陽平を向いて言う。

「日向が将来、吾妻を継ぎたいと言ったら、吾妻の養子にしてもいいです」

「えっ、でもっ」
とあかりは振り向く。

「日向の子がうちを継いでくれるかもしれないし。
 まだまだ、俺たちの間にも、次の子が産まれるかもしれないし」
と青葉はあかりを見た。

 ……いや、我々は夫婦ではないですよ。

 何故、いきなり子が産まれるんですか、と手を振り解こうとしたが、ガッチリ握られている。

「俺は日向が自分の意志で選び取れるようになるまで、現役で頑張りますから」

「……私もまだまだ現役で頑張るぞ」

「じゃあ、いいじゃないですか」
とふたりは見つめ合い、言い合う。

 あかりは、滋子と目を見合わせて笑い、日向は陽平の膝の上でお尻で飛びながら言った。

「よーちゃん、朝はね、ぐっどもーにんぐってあいさつするんだよ。
 それでね、お昼は、いただきますって言うんだよ」

 またなんか間違ってない気がする……とあかりが思ったとき、陽平も滋子も笑った。

 二人で一瞬、視線を交わし合ったとき、ちょっと幸せそうだった。

 この先、この二人が会うことは、もうないのかもしれないが――。


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