いつか、あなたに恋をする ~終わりなき世界の鎮魂歌~

菱沼あゆ

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蘇りの書

あのメロディ

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 俺が弾いても止められないのか。

 そんなことを思いながら、斗真はひとり、学校の廊下を歩いていた。

 騒がしい真昼の廊下。

 いつものように真生を追う霊が這いずっている。

 いや、追っている相手は、必ずしも真生だとは限らないのだが。

 霊はいつも、なんとなく真生に似た感じの相手を追っている。

 その相手が何故か、男のときもあり。

 きっぷの良さでも似ているのだろうかと、ちょっと笑ってしまう。

 その這う男の霊を踏んでみた。

 見えていないふりをするためだと言い訳をして。

 真生に殺されたその男が少し羨ましくもあったからだ。

 俺はどこのどいつともわからない奴に、これから殺されるかもしれないのに。

 過去のどこかへ、レコードの針が飛ぶようにおかしな飛び方をする、この流れは止められないのか。

 刺されることよりも、真生があの男の許へ飛び続けることが怖い。

 どんどん真生が自分から遠ざかっているようで。

 そんなことを考えていた自分の前にあの女が現れた。

 焼けただれた百合子の友人の看護師、多江たえだ。

 前からここに居たのだろうが、過去に飛ぶまでは見えなかったのに。

 下手にその人物を知ったり、思い入れをしたりすると、波長が合ってしまうのかもしれない。

 女は焼けた腕を自分に向かい、突き出してくる。

『……こ、うさか、さん……』

 自分を高坂と間違えているようで、少しずつ、こちらに近づいてくる。

 逃げなければと思ったのだが、その無惨な姿に、他の霊のように見ないふりをすることは出来なかった。

 今日は目隠ししてくれる真生も居ない。

 逃げたいと思ってしまった瞬間、飛んでいた。

「高坂さん」

 女の声がした。

 明るい場所から急に出た夜の世界。

 虫の鳴く声と目が慣れない闇に気を取られている間に、すぐ側に女が現れていた。

 女はキスしてくるフリをしたが、ナイフを隠し持っているのに気づいていた。

 逃げようかどうしようか、一瞬、迷う。

 だが、斗真はおとなしく女に刺された。

 それで死ぬとわかっていて。

 初めての痛みに崩れ落ちる。

 夜露に湿った草の上で腹を抑え、丸くなる。

 こちらの世界に飛んで人を斬ることはあっても、斬られたことはなかった。

 痛いな、すまん、と今更ながらに、斬った人間に対して思う。

 不思議に苦しがる身体と魂は切り離されていた。

 もう死ぬのだろうか。

 早すぎるな、と思ったとき、頭の上から、
「おい、お前が弓削斗真か」
という声がして、頭を蹴られた。

 靴の先でのようだった。

 おい、というように、ナイフが抜かれ、血の溢れる腹をかばうようにして、斗真は目を開ける。

 自分が自分を見下ろしている。

 そう感じた。

「真生から聞いて、刺されるのがわかってたんじゃないのか。
 何故、逃げなかった?」

 そう自分が問うてきた。

「歴史が狂えば、俺と真生は出逢わないかもしれないからだ」

「それでお前が死んだら、意味がない気がするんだが」

「そうだな。
 でも、一度も出逢わないよりマシだ」

 ふうん、と言ったあとで、その自分―― 高坂は、

「だが、それ、俺の代わりに刺されたわけだろう?
 お人好しだな」
と言う。

 名前を聞かなくても、この顔だけで名札をつけて歩いているようなものだと思った。

「そうでもない。
 知っているからだ。お前はどうせ死ぬ」

 そう言われ、高坂は笑った。

「そりゃ、お前の世界ではどう転んでも、俺は死んでるだろう。
 人はいつか死ぬもんだ」

「そういう意味じゃない」

 その斗真の言葉にも高坂は言う。

「大丈夫だ。
 こんな生き方をして、そう長く生きられるとははなから思ってはいない」

「……真生が泣くのに勝手な奴だ」

 そう溜息のように言葉を吐き出すと、高坂が手を差し出し、言ってきた。

「手を貸してやる。
 早くしろ。

 トロトロしてると、捨ててくぞ、お前」

 何気ないその口調に、何故か、ぞくりとした。

 だが、気づかれないよう、会話を続ける。

「俺は、お前のせいで刺されたんだよな? 殺すぞ」

「死にかけてんのは、お前だろ。この死に損ないが」

 おい、と思いながらも、確かに性格も似てなくもないか、と思う。

 だが、どうしても自分だという感じはしなかった。

 決定的に違うものがあったからだ。

 それは、真生の目だ。

 この男のことを語る真生の目と自分を見る目は全然違う。

 それに、今……。

『捨ててくぞ』
とこいつが言ったとき、ぞくりとした。

 やはり……と思った瞬間、あのメロディが聴こえてきた。

 その曲にいざなわれるように、頭の上から揺らぎが降りてきて、もう一度、高坂の顔を見る間もなく、斗真は飛んでいた。



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