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蘇りの書
人を蘇らせるのに必要なもの
しおりを挟む見覚えのある後ろ姿。
小学生のときの真生だ。
図書室の前を本を抱えて歩いているようだ。
「ま……」
真生っ。
腹を押さえて手を伸ばすが、小学生の真生が振り返ろうとするのを見て、そのぷっくりとした愛らしい頬に、こんな子供に、こんな凄惨なものを見せてはいけないと諦める。
自分の腹から、ぱたぱたと血が落ちるのを感じた。
ぐっ、と斗真は礼拝堂の図書室の真ん中に落ちた。
「斗真っ」
真生の抑えた声が頭蓋骨に響く。
図書室の大きな机に突っ伏して斗真は倒れた。
息が荒く苦しい。
かなり失血しているようだった。
「まあ、こうなると思ってたけど。
やっぱり、刺されちゃったのね」
あれだけ言っておいたのに、莫迦じゃないの、と罵られる。
腹を抑えてうめきながらも、死ぬ前にこれだけは言っておかねばと文句を言った。
「真生……っ、刺されて死にかかってる人間に言うことはそれだけかっ」
「なんで、逃げなかったのよ。
自分は高坂じゃないって言えばよかったじゃない」
「高坂はあの時点では死んでいない。
あいつが死ねば、未来が変わる。
そう思ったら、動けなかった。
俺は……未来で、お前に会いたい」
そう言う斗真に、真生はもう一度、言った。
「……莫迦じゃないの」
と。
お前に会いたい。
そして、お前に愛されないとしても、お前にすべてをかけて蘇らせてもらいたい。
それだけが今の俺の望みだから。
今、この遠ざかりそうな意識を手放したら、きっと死ぬ。
そう思ったのだが、そこで真生の声が途絶えた。
真生は天井の蛍光灯の位置を確認し、中心点を見定める。
既に事切れているのかもしれない斗真の足を掴み、引きずった。
空いているスペースに横たえると、机を押して動かし、空間を作る。
昭子さん。
真生はノートを閉じ、かつて同じ儀式をした者に向かい、呼びかける。
「なんの犠牲もなしに、なにかを得ようなんて無理なんですよ」
生け贄のない黒魔術なんてない。
かけるのは、自らの命――。
真生はカッターで左の手首を切った。
他人の血で幾ら魔法陣を描いても無駄だ。
この儀式に必要なのは、蘇らせたい魂のために、命をかける覚悟。
ただ、それだけ――。
真生は己れの血で魔方陣を描く。
間違わないように、丁寧に、ゆっくりと。
図書室というのは不思議な場所だ。
特に古くからあるそれは。
なにが起こってもおかしくない感じがするのは、今までの人類の知恵と知識と想いのすべてが込められている気がするからだろうか。
あのときも思った。
小学校の図書室の前の廊下に点々と落ちた血。
振り返った夕暮れの図書室に誰かが吞み込まれたのだと、なんの疑問も持たずに思った。
あのとき、誰かが自分を呼びかけた気がしたが、あれはもしや、斗真だったのだろうか。
斗真もまた、子供の頃触れたその場所に、なにかの答えと救いを求めに飛んだのかもしれない。
真生が埃の溜まった床に、自らの血液を使って描いた魔法陣は、慣れない作業ゆえに歪んでいた。
寝ている子供は重いというが。
大人なら、なおのこと。
ましてや、死んでいるのか生きているのかわからない身体なら――。
力の残っていない手で、斗真の脚を掴み、その中心に引きずり込む。
なめくじの這ったような痕が残ってしまい、更に図形が崩れた。
誰かが覗いている。
恐らく昭子だ。
彼女は隙を見て、このノートを持ち去るだろう。
だが、それでいい。
彼女がこれを運んでくれない限り、私の許に、このノートが現れることはないのだから。
彼女がここから持ち去り、また私に渡した。
では、このノートはどこから現れたのか。
この恋と同じだ、と真生は思う。
誰が始めたのかわからない。
どちらが先にこの恋を始めたのか。
高坂さん――。
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