七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ

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 お茶だけは七月が珍しく煎れていた。

 単に、仙石がくれたいいお茶があって飲みたかったからだが。

 買ってきた弁当に不満があっても、このお茶を飲むと、いい締めになって、なんとなく満足できる。

 高岡は湯呑みに手をかけたまま、目を閉じ、思い出すように呟いた。

「最後、姉弟じゃなくなるとき、ひよりが言ったさよならがなんとなく忘れられなくてな」

「へえ、好きだったんですか?」
と三橋が言って、情緒のない奴め、とぶった切られる。

「そういうのじゃない。
 お前も一度、家族と別れてみろ。
 
 例え、人生の途中からできた家族でもな」

 そう高岡は言った。

「別れと言えば、お前たち、今年度で卒業だろう。
 よかったな。
 ちょうど七竃とも手が切れて」

 そう言われ、みんな釈然としない顔をする。

 このまま?

 本当にこれですべて終わってしまうのか?

 沈黙していると、高岡は、
「いいじゃないか。
 学校に七不思議はつきものだ。

 そんなこともあったな、で流しとけ。

 ……なにもかも暴く必要は無い。
 人はそのまま生きていける」

 少し遠くを見るようにして、そう言った。

 高岡はやはり、あの日、なにか見るか聞くかしたのかもしれないな、と思っているとその高岡が、いきなりこちらを向き、

「七月。
 お前もだ。

 懐かしい学生時代の思い出で終わらせとけ」
と言ってきた。

 黙っていると、
「こいつのことも」
と槻田を指差す。

 ええっ!? と見ると、笑っていた。

 最初に会ったときよりは、気を許しているような。

 それでいて、誰にも話せない、より、大きななにかを抱えてしまったような、そんな顔だった。

「よし、時間だ。
 俺は帰る」

 橋本ももう来るだろう、と高岡は立ち上がった。

 なんとなく見送りに出ると、靴を履きながら彼は言う。

「七月。
 なにかもかも忘れろ。

 いずれ、あの学園もお前にとって、過去になる。

 巳波弥太郎にとって、過去の罪がぬらりひょん程度のものになったようにな」

 背を向け、ドアを開けながら言ってきた。

「……暴かなかければ、なにもないのと同じだ。
 その点は弥太郎に同意する」

 じゃあな、七月、と振り返り、
「元気でな」
と言う。

 そうか。
 この一件が終わったら、特に会う必要もない人だったなと気づく。

「まあ、コタツに入りたくなったら、また、来るよ」

「いや……幾らなんでも一年中はありませんからね」
と言うと、

「俺が治子と結婚するときに、まだ槻田と別れてなかったら、二人とも呼んでやる」
と言ってドアを閉めようとする。

 だが、こちらを見て、なにか言いたげな顔をした。

 その顔に少し不安を覚える。

「……俺はお前を殺したくはないからな」

 えっ、と思ったときには、ドアは閉まっていた。

 気がついたら、後ろに槻田が立っていた。

「……人が噂しなくなったら、七竃の呪いもなくなったことになるのかしら」

 でも、もうひとりのひよりさんはまだ此処に居る。

 七月は自分の斜め後ろを見た。

 槻田や英嗣には見えているのだろうが、なにも言わなかった。

 


 焼いて

    焼いて

  焼いて 焼いて 焼いて




 なにもかも焼き尽して、私の罪までも――。


 

「ねえ、先生、いつまで居られるの?」

 そう問うと、
「……もう先生じゃないんだが」
と槻田は渋い顔をする。

「あら、じゃあ、先生は、同窓会に行ったときに、先生がもう自分の先生じゃないからって、さん付けで呼んだりするの?」
と言って、

「屁理屈を言うな」
と軽く頭を小突かれた。

「なに狭いとこで、いちゃついてんだよ」

 わー、今、どっちが言ったのかと思ったー。

 リビングに続くドアのところから、英嗣と三橋がダブルで言ってくる。

 英嗣は、ちら、と七月の斜め後ろのひよりの影を見たが、何も言わなかった。

「よし、三村。
 もうちょっと遊んで帰ろうぜ」

「いや、なに言ってんの。
 此処、私の家なんだけど……」

 三橋は、トランプと花札持ってきたなどと言い出す。

「賭博はクビだろ」
と英嗣が花札を見ながら槻田に向かい、言っていた。

「お前と槻田がいちゃつかぬように見張っておこうというのだろうな。
 残念か、七月」
と扇子で笑う口許を隠し、パンダが言ってくる。

 ……居なくて寂しいと思っていたが、居たら居たでうるさいな。

 っていうか、このままずっと、ダブルで此処に居るのだろうか、と英嗣とパンダを見る。

 三橋が見張っていなくとも、いちゃつけない。

 ……いや、いちゃつく予定などないのだが。

 チラと槻田を見上げると、目が合った。

 なんとなく赤くなり、そらしてしまう。

 まあ……

 今日、此処に来てくれてよかったかな、と思いながら、
「わかったわ。
 じゃあ、晩ご飯をかけて勝負しましょうっ」
と言うと、

「待て。
 お前、晩ご飯も作らないで済ます気かっ」
と花札を配りながら三橋が言ってくる。

「いいのかな、この受験生たちは……」
と英嗣が言い、聞こえた自分だけが、うっ、とつまった。

 平和な日曜日の午後。

 この街に、呪いの七竃はもう存在しない――。

 


 七竃が消えれば、呪いもまた消えるのか。

 人の口に、呪いの七竃の噂が上らなくなり。

 噂に寄る変容のなくなった呪いは、いつしか、過去のものとなってしまうのか。

 だが――。

 七竃の呪いにより、死んだものたちは、まだそこに居る。

「ああーっ。
 それで猪鹿蝶だったのにっ」
と頭を抱える七月に、

「てめーっ、そればっかり言ってるじゃねえかっ」

 もっと大きな手を狙えっ、と三橋が叫ぶ、そんな午後――。

 



「ねえ、知ってる――?

 日曜日の夕方、呪いの七竃の切り株のところに行くとさ。


 男の人が猫を抱いて立ってるんだって」


「なにそれ。
 怖くなーい」


 あはははは、と部活帰りの中学生たちが、笑いながら、学園の金網の横を通って行った。





                      完





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