七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ

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數葉の蔵

數葉の呼び出し

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 これは、一体、どういうことなんだろうかな、と七月なつきは思っていた。

 何故、私は今、此処に居るのだろうか?

 マスクをし、生まれてこの方、給食当番以外で身につけたことのなかった三角巾を被らされ、箒とカラのダンボールを持たされている。

 どうやって番号を知ったのか、突然、英嗣えいじの母親、槻田數葉きだ かずはから携帯に電話がかかってきた。

『明日、蔵の掃除をするのよ。
 貴女、ちょっと手伝いにいらっしゃらない?』

 ……何故ですか、と訊く間もなく、何時頃から始めるから、なにも持たずに来いなどと、矢継ぎ早に指示される。

「あの……っ」

『私、時間通りに来ない人間は信用しないのよ。
 わかったわね、七月さん』

 はい、と頷くしかなかった。

「なに、はい、とか言ってんの、七月ちゃんっ」
と横で英嗣がわめいている。

「いや、だってさ、逆らえないじゃん」

 この迫力には。

 貴方だって、逆らえずに、毒まで飲んじゃったじゃない、とはさすがに言えなかった。

「まあ、日曜日、なにもすることもないし、行くだけ行ってみるわ」
と言うと、

「勉強は?」
と言われる。

「は?」

「なにがすることがないだよ。
 勉強しなよ、受験生」

 うわー、槻田先生が居なくなったのに、これか。

 そういえば、この人が元々先生になるんだったんだよな、と思い出す。

 で、なんだかわからないが、週末まで勉強させられ。

 結局、日曜日には、槻田邸の蔵掃除を手伝っていた。

 なにか近所の骨董品屋とかいうおじいさんも来ていたのだが、こちらを見て目を細め、

「こちらの可愛らしいお嬢さんは?」
と數葉に訊いていた。

「この子は英嗣の……」

 言いかけ、言葉を止めた數葉は、一度目を閉じ、

「お友達です」
と言った。

 なんだろう、今の間、と思う。

 なにか、嫁です、とでも言いだしそうな雰囲気だったが。

 確かに、英嗣さん、いつも私に引っ付いてますけどね。

 毒殺するほど、息子を溺愛していた數葉だ。

 これを英嗣の嫁に、と思って、白装束を着せて殺すくらいのことはやりかねない。

 この人と蔵で二人きりにはなるまいと思った。

「七月さん、いらっしゃい」
と、はい、以外の返事を許さぬ口調で言われ、慌てて従う。

 槻田が見ていたら、だから、お前ら、嫁姑か、と突っ込んでくるところだろう。

 しかし、槻田の母親を見たことがないので、なんだか、槻田の母親も數葉のような気がしてくる今日この頃だ。

 うわー、入っちゃったよ~。

 蔵で惨殺されませんように、と願っていたが、明かり取りの窓がすべて開けられていたので、蔵の中はむしろ明るく、埃が日差しの中を舞っているのが見える。

「七月さん」
「はい」

「なんでもいるものがあったら、持ってってちょうだい」
「はい?」

「此処に茶室を建て替えようと思うのよ」
と數葉は言った。

「ついでに蔵の中のものも処分しようかと思ってね」

 そうなんですか、もったない、と思った七月の目に、隅に積まれたものが映った。

 英嗣のものらしき荷物だ。

 英嗣の霊に会えたことで、なにか踏ん切りがついたのかもな、と思う。

 まだ母に自分の姿が見えていることを知らない英嗣は、真横で母親に向かい、文句を言っているが。

 うーむ。
 お母様は、よく黙って聞いてるな。

 私だったら、殴り殺している、と思うのだが、相変わらず、數葉の顔は、白く能面のようで美しく、息子の言葉など耳に入らぬように、的確な指示を出している。

 しかし、持って帰れと言われてもな、と思いながら、蔵の中を見回したとき、それが目に入った。

「きゃっ」
と悲鳴を上げ、つい、英嗣の腕を掴んでしまったが、霊体だった。

 すり抜けてすっ転ぶ。

 數葉と使用人らしき男女数人が振り返った。

「な……なんでもありません」

 木の床に手をつきながら、苦笑いする。

「あーあ、なにやってんのさ、七月ちゃん」

 側にしゃがんだ英嗣が訊いてくる。

「英嗣さん、あれ」
と周りに聞こえないように、小声で彼に囁き、蔵の隅にあったものを指差す。

 白い骨の人が蔵の角にぼうっと立っていた。

「人体模型だね。
 骨だけじゃん。
 別に怖くないよ」

 いや……なんかあれ、ぼんやり光って見えるんですけど。

 蛍光塗料?

 いや、暗くないのに光らないよね。

「筋肉や内臓が入ってる奴はちょっと怖いけど、こんなの怖くないよ。
 いきなり動き出したり、笑い出したりしても」

 なんなら、動かして、笑わせてこようか、と言う。

 ……やりそうだ。

「お掃除の人たち、みんな逃げ出しちゃうからやめて」

 そう床に手をついたまま言ったとき、真横からひんやりした声がした。

「そうそう。
 七月さん、あれを学校に持って帰ってちょうだい」

 ひっ。
 いつから真横に居ましたか、と音もなくすぐ側に立っていた數葉を見上げる。

 この人、或る意味、霊より怖いからな……と思っていると、

「貴女の学園、人体模型がないんですってね。
 差し上げるわ」
と言ってくる。

「それ、誰に訊いたんですか?」

「校長先生が以前、言ってらしたのよ。
 貴女の連絡先を教えてくださったのも校長先生」

 校長~っ! と七月は拳を作る。

 校長には世話になっているし、なにかあったときのために携帯の番号を教えていたのだが。

 うう……。
 校長め。

 槻田先生と同じ、槻田一族だからいいと思ったのか。

 この人の迫力に屈したのか、どっちだ、校長っ!

 此処数日、優しく声をかけてくれると思ったら、疚《やま》しいからだったのかと気がついた。

 それにしても……とその模型を見ながら、七月は思う。

 なにか人の魂が入ってそうな骨だ。

 これが学園から消えたあれじゃないだろうな、と勘ぐっていると、數葉が言う。

「買った覚えも貰った覚えもないんだけど。
 突然、蔵の中にあったのよ。

 時折動くらしいから。
 うちよりは学校の理科室にでも置く方がいいかと思って」

 いや、お母様……。

「じゃあ、今度、目玉の動くベートベンでも見つけたら、またください」
と溜息をついて、立ち上がる。

 スカートをはたいた。

「他にもなにかいるものがあったら、持っていってちょうだい。
 もう保管しておくべきものは持ち出したから。

 あら、もう一枚着物があったの?」

 運び出す前に箪笥を開けていたらしい男が數葉に、たとう紙に包まれたそれを持ってくる。

 それを開けて見た數葉は、
「私が娘の頃着ていたものね。
 嫁入りのときに持ってきたんだったわ」
と七月の肩にかけてみる。

 淡い藤色に古典柄の上品だから可愛らしい着物だ。

「あら、似合うじゃないの。
 あげるわ、それ」

「えっ?」

 なんか触った感じ、かなり高そうなんですけど、これっ。

 ちらと數葉はこちらを見、
「今更私が着られるわけないじゃないの。
 うちには娘も居ないし。

 いらないなら、誰かにあげなさい」
と言ってくる。

「す……すみません。
 ありがとうございます」

 牧田が笑顔でそれを受け取り、畳み直してくれる。

 そのまま何処かへ持って行った。

 どうも、自分が持って帰ると言ったものを一纏ひとまとめにしてくれるようだった。

 いや、あの……人体模型はいりません、と着物と一緒に出口付近に運ばれ置かれる骨を見ながら思っていた。

 數葉が他の人に指示を出しながら何処かへ行ったので、七月はいろいろ蔵の中のものを見てみる。

「なにか雀が出てきそうね」

 積み重ねられた大きなツヅラと小さなツヅラを見て言うと、
「君は余計なことを言いすぎて、雀みたいに舌を切られそうだね」
と英嗣が笑う。

 その横に古い足踏みミシンがある。

 なにかこれはこれでお洒落だな、と眺めていると、横にラジオがあるのに気がついた。

 おじいちゃんの家にあるような古いものだ。

 この間、槻田が持ってきたのより、更に古い。

 スイッチ入れたら、戦時中の番組とか始まりそうだな、と思いながら、スイッチを入れてみると、動いた。

 ガガガガガ……と音を立てたあとで、なにやら聞こえ始める。

 だが、人の話し声は小さく、七月は耳をスピーカー部分に当ててみた。

 微かに女と男の話し声が聞こえてくる。

『……いやいや、……その話……』

 陽気な女の笑い声。

 七月は思わず耳を離した。

「どうしたの? 七月ちゃん」

 七月は顔をしかめて、まだしゃべっているラジオを見る。

「これ、カセットテープとか入ってないわよね」

「どうして?」

「この間のひよりさんのラジオが流れてる」

「……再放送じゃない?」

 ないだろう、それ、と思った。

 ひよりはあの七竃の話をした放送を最後に姿を消している。

 七竃の真相を調べようとするものは神隠しに遭う。

 そんな話の元になっている番組を面白半分に流すとは思えない。

 そういえば、あれからまた変容していった七竃の噂の中で、子供達の間で流れているものの中に、少し奇妙なものがあった。

『七竃の話をすると、青い男が現れて、連れて行かれる』

 ……青い男、ね。

「あのさー、七月ちゃん。
 そもそもこれ、電源入ってないみたいなんだけど」

「電池じゃないの?」

「電池入れるとこないみたいだよ」

「……便利ね、霊現象」

 電気いらずだ。

 霊が電気起こしてくれてんのかな、と思いながら、スイッチを切ってみたが、案の定、音は消えなかった。

「七月さん、それ、気に入ったのなら、持って帰りなさい」

 離れた位置から數葉が言ってくる。

「いっ、いりませんっ」
と悲鳴のように答えていた。



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