七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ

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ぬらりひょんの宝

敵っ? 味方っ?

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 窓辺に影の本体が居るようだけど。

 なんで見えないんだろう、と七月は固まる。

 まさか……。

 あれ? そう思ったとき、その影が動いた。

 ゆっくりと……

 こちらを振り向く。

 つい、その影の方を見ていたが、動いているのは、恐らく、見えていない本体の方だ。

 そのとき、階段を上がってくる音がした。

 振り向きたかったが振り向けない。

 本体がなにを考え、どんな体勢で居のか、かわからないからだ。

 こちらに向かって、影が歩き出そうとしたとき、下から上がってくる足音が聞こえてきた。

 七月は背中にも神経を向け、身構える。

 敵っ?

 味方っ?

 ……やっぱ、敵っ。

 現れた男を見て、七月は思った。

 高岡だ。

「此処に居たのか。

 七……

 ひより?」

 えっ? と七月は高岡の視線を追って振り返る。

 誰も居ない。

 あるのはただ、あの影だけだ。

 だが、高岡は窓の辺りを見ながら、ひより、と名を呼ぶ。

「高岡さんには、誰か見えてるんですか?」

「ひよりが居るじゃないか。
 お前には見えてないのか?」

 七月は小首を傾げる。

 自分には影しか見えない。

「あのー、もしや、ひよりさんは、ええっ!? って色柄の服か帽子をお召しになっておられますか?」

 やたらへりくだって訊いてしまう。

 高岡に、ひよりのことでおかしなことでも言おうものなら、どんな目に遭わされるかわからない、と思ったからだ。

 もしや、ひよりは、あの、七月が見ると、相手の影しか見えなくなる帽子などを身につけているのではないかと思ったのだか。

 腕を組んでこちらをとあちらを見ていた高岡は、
「ひより。
 こいつ、お前の服装にケチつけてるぞ」
と親指でこっちを指して言い出す。

 いやーっ。
 そうじゃなくってっ!

「みっ、見えてないのに、ケチのつけようもないじゃないですかっ」
と七月は必死に否定する。

 ひよりにファッションのことでケチをつけようものなら、どんな目に遭うとも限らないからだ。

 もし、本当に此処にひよりが居るのなら、だが。

「それにしても、おかしいな。

 何故、ひよりは此処に居て。
 しかも、なにも喋らない。

 七月。
 お前、本当にひよりを見たのか?」

「見ましたよ。
 表の世界の、英嗣さんちの近くのコンビニで」

 コンビニとかスーパーとか。

 もっとも生活に根ざした場所、というイメージだ。

 そんなコンビニで見たひよりは、確かに生きている、という感じがするのだが。

「ま、あの家の近くなら、妖怪でも出そうだけどな」
と高岡は失敬なことを言う。

 まあ、確かに。

 この間、英嗣の家から貰い受けてきた人体模型が、いきなりカタカタ揺れて笑い出しても驚きはしないが。

「……此処に居るってことは、あの短時間に死んだんですかね?」

「お前、身内を前になにを言う」
と高岡は言うが、いや、絶対にありそうにないことだから言ってみたのだ。

 高岡もそうわかってはいるようだった。

 ひよりは殺しても死ぬような女ではない。

 今回のことで、はっきりそれが証明されたような気もしている。

「高岡さん、もう一度、ひよりさんに話しかけてみてください」

 自分には月の光と影しか見えない廊下を見ながら、七月は言った。

「いやだ」

「いやだ?」

「このひより、俺を無視するんだ。
 また無視されたら、たまらないから」

 子供かっ、と思いながらも、
「それでもやってみてください」
と強く言うと、

「上から物を言うなよ」
と愚痴っていたが、

「ひより……」
とおそるおそるだが、呼びかけてくれた。

 だが、高岡の表情は緊張したまま。

 その目は窓の辺りをただ凝視している。

 やはり、返事はないようだった。

「薄い繋がりですねー」

「……殴ろうか」

 もうやらんっ、と高岡は拗ねてしまった。

「いや、貴方が見ているのもまた、影なんじゃないかと思っただけなんですけどね、ほんとは」

 ひよりの意識だけが此処に来ていて、自分には影だけ、高岡には実体をもって見えているというだけの話なのではと思ったのだ。

「貴方の方がひよりさんと繋がりが強いから」
とその話をして説明すると、

「お前今、薄いと言ったろう」
とふてている。

 ……どうしよう。
 本気でめんどくさい男だ。

 槻田とは違う意味で扱いづらい。

 そんなこんなで揉めているうちに、ひよりの影が居なくなる。

「あーっ。
 消えたじゃないですかっ、高岡さんっ」

「なにやってるんだ、追いかけろっ」

 私がですかっ!?

 影しか見えていないのにっ?

 追いかけろって、と思ったが、廊下の突き当たりをよぎる黒い影が見えた。

 あれはひよりか……?

 階段を上がっていったようだ。

「追います」
と七月が言うと、高岡は、

「とっとと行け」
とは言ったが、結局、一緒に走ってくれる。

 しかも、抜かさないということは、加減しながら走ってくれているようだ。

 単に自分が先に追いつきたくないからかもしれないが。

「……廊下は走らない」
と七月が呟くと、

「どうした。
 急に」
と高岡が訊いてくる。

「いや、小学校の柱に昔、貼ってあったな、と思って」

「此処は高校だろ」

 いや、高校なら走っていいという話ではないと思いますけどね、と思いながら、
「橋本さんとか大変そうですね」
と呟くと、一応、わかってはいるようで、高岡は、

「俺のことか」
と言ってくる。

「あいつのなにが大変だ。
 俺の話も聞いてないぞ」

 ……聞いていなさそうだ、と思いながら、階段を上がるが。

 まただ。
 何処まで上がっても階段がある。

「もう十二階くらい来てないか?」

「数えてるんですか?」
と七月が言うと、

「足の疲労具合から言ってだ」
と言ってくる。

「七月」
「はい?」

「なんで、踊り場に昇降口がある」

 え? と七月は、高岡の方を見ていた顔を正面に向けた。

「ほんとだ……」

 本来踊り場であるはずの場所に突然、昇降口の扉があった。

「開けてみろ」
「私がですかっ?」

「冗談だ。退け」
と高岡は、七月を下がらせる。

「いいですよ。
 霊現象に対しては、貴方の方が経験値が低いんですから」
と言い、七月が前に出ようとすると、

「そういう言い方をされるとムカつくな」
と言って、高岡は更に、ずい、と前に出てきた。

 子供かっ。

 そういえば、ひよりを追っていたんじゃなかったか、と思ったときには、二人、争うようにノブを握り、開けていた。

 冷たい夜風が吹き付けてくる。

「……七竃」

 いつの間にかドアも消え、二人は、グラウンドの七竃の前に立っていた。



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