11 / 28
祈り
街灯とたそや行灯
しおりを挟む牛乳とパンと、おとぎが珍しがった知育菓子を買って、家へと急ぐ。
街灯はもうついているが、夏の夜はまだうっすら明るい。
「この街灯というのは便利だな」
明るくて歩きやすい、とおとぎは上を見上げて歩きながら言う。
「江戸の町は暗いんだ。
みんな、提灯持って歩いてた。
昔は提灯じゃなくて、行灯だったらしいが」
自分にとって昔の人であるおとぎが、『昔の人』と更に過去に生きていた人たちのことを言うのが不思議な感じがした。
「でも、吉原は、かなり明るいぞ。
道には『たそや行灯』というのが用水桶と交互に置いてあって、一晩中明るいんだ。
見世の中も、天井のあちこちにあかりが吊るしてあるから。
夜でも手燭を持たずに移動できるくらい明るい」
「なんで、たそや行灯なんだ?
『黄昏』と同じ感じで、『たそや』なのか?」
黄昏とは『誰そ彼』。
薄暗く、人の顔の見分けもつきにくいので、あれは誰? と思ってしまうから、黄昏というのだと聞いた。
だから、たそや行灯も同じような理由から名付けられたのではないかと思ったのだ。
「そうだという話もあるし。
『たぞや』って遊女が暗がりで殺されて、そのせいで、行灯が置かれるようになったから、『たそや行灯』なんだって話もあるな」
「たぞやって、変わった名前だな。
そういえば、おとぎって、吉原でつけられた名なのか?」
「そうだ。
元の名はもう忘れたが」
そんなはずもないだろうに、おとぎはそう言う。
「吉原に引き取られた子どもたちは、禿と呼ばれるんだが。
禿の名は、ひらがなで三文字、と決まっている。
渉、お前の名もひらがなにすれば、禿になれるな」
と言って、おとぎは笑う。
「普通は、新造になるとき、名前、変わるもんなんだが。
私は、引込み禿から引込み新造になったんで、ずっと引っ込んだままだし。
おとぎという名前が気に入ってるから、まだこのままなんだ」
「そのまま、御伽太夫とかいうのになるのか?」
そう言いながら、そんな名前の有名な花魁はいなかったな、と渉は思う。
有名な花魁と言えば、高尾とか滝川とか――。
こいつが花魁になったら、有名になりそうな気がするのに。
吉原はそんな甘い場所ではないということだろうか?
そう思ったとき、おとぎが言った。
「御伽太夫か。
いいな、それ」
と。
「でも、『太夫』の称号はもう使われていないから。
勝手に名乗ってやろうかな」
そう言っておとぎは笑っている。
21
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶
菱沼あゆ
キャラ文芸
冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。
琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。
それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる