おとぎ ~花魁候補の少女がやってきて、突然はじまる江戸ライフ~

菱沼あゆ

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祈り

街灯とたそや行灯

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 牛乳とパンと、おとぎが珍しがった知育菓子を買って、家へと急ぐ。

 街灯はもうついているが、夏の夜はまだうっすら明るい。

「この街灯というのは便利だな」
 明るくて歩きやすい、とおとぎは上を見上げて歩きながら言う。

「江戸の町は暗いんだ。
 みんな、提灯持って歩いてた。

 昔は提灯じゃなくて、行灯だったらしいが」

 自分にとって昔の人であるおとぎが、『昔の人』と更に過去に生きていた人たちのことを言うのが不思議な感じがした。

「でも、吉原は、かなり明るいぞ。
 道には『たそや行灯』というのが用水桶と交互に置いてあって、一晩中明るいんだ。

 見世の中も、天井のあちこちにあかりが吊るしてあるから。
 夜でも手燭を持たずに移動できるくらい明るい」

「なんで、たそや行灯なんだ?
 『黄昏』と同じ感じで、『たそや』なのか?」

 黄昏とは『かれ』。

 薄暗く、人の顔の見分けもつきにくいので、あれは誰? と思ってしまうから、黄昏というのだと聞いた。

 だから、たそや行灯も同じような理由から名付けられたのではないかと思ったのだ。

「そうだという話もあるし。
 『たぞや』って遊女が暗がりで殺されて、そのせいで、行灯が置かれるようになったから、『たそや行灯』なんだって話もあるな」

「たぞやって、変わった名前だな。
 そういえば、おとぎって、吉原でつけられた名なのか?」

「そうだ。
  元の名はもう忘れたが」

 そんなはずもないだろうに、おとぎはそう言う。

「吉原に引き取られた子どもたちは、禿かむろと呼ばれるんだが。
 禿の名は、ひらがなで三文字、と決まっている。

 渉、お前の名もひらがなにすれば、禿になれるな」
と言って、おとぎは笑う。

「普通は、新造になるとき、名前、変わるもんなんだが。
 私は、引込み禿から引込み新造になったんで、ずっと引っ込んだままだし。

 おとぎという名前が気に入ってるから、まだこのままなんだ」

「そのまま、御伽おとぎ太夫とかいうのになるのか?」

 そう言いながら、そんな名前の有名な花魁はいなかったな、と渉は思う。

 有名な花魁と言えば、高尾とか滝川とか――。

 こいつが花魁になったら、有名になりそうな気がするのに。

 吉原はそんな甘い場所ではないということだろうか?

 そう思ったとき、おとぎが言った。

「御伽太夫か。
 いいな、それ」
と。

「でも、『太夫』の称号はもう使われていないから。
 勝手に名乗ってやろうかな」

 そう言っておとぎは笑っている。

 


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