上 下
50 / 79
私の後宮に入れてやろう

焼き菓子が届きました

しおりを挟む
 

 花咲き乱れる庭園の西洋式東屋あずまや、ガゼボでアローナはジンたちとお茶を飲んでいた。

「そうですか。
 娼館にレオ様は情報を得に行ってらしたんですね」
とアローナは呟く。

 脚付きの銀の器に盛られているのは、エンが焼いた焼き菓子だ。

 例の鷹が届けてくれたのだ。

 兄に誘拐されたが、元気にやっているようだ、と懐かしい味のする焼き菓子を頬張りながら、アローナは思う。

 口に入れると、ほろりとほどけるその焼き菓子は、透明な玻璃の器に入った花入りのお茶とよく合う味だった。

 もうひとつ、とその焼き菓子を手にとると、アローナが座る白い石のベンチに止まっていた鷹が、アローナの肩をつついてきた。

 アローナは掌に焼き菓子をひとつ置いて、鷹にやる。

「父は、なんのために情報を集めているのだろうか。

 自分が返り咲くためか。
 それとも、国のためなのか」
と独り言のように、ジンが呟く。

 アローナはあの美しい娼館の中に並ぶ、締め切られたそれぞれの部屋を思い出しながら言った。

「身を隠すのにいいから、あの娼館の中、密偵なんかもたくさん来てそうですよね。
 でもまあ、かえって都合いいですかね」
とアローナが言うと、

「都合がいい?」
とジンたちが訊き返してくる。

「エメリア様たちを抱き込んで、さもジン様が素晴らしい王であるかのように、あそこで、みなに吹聴ふいちょうしてもらうのです」

「……ジン様は、ほんとうに素晴らしい王ですからね」
と言うフェルナンに、わかってますよー、と適当に頷いたあとで、アローナは言った。

「そして、娼館に潜り込んでいるスパイを通じ、新しい王が如何に知略に富み、民の心を掌握しているかを諸国に知らしめるのですっ」

「お前が一番、謀略にまみれている気がしてきたぞ……」
と半眼の目でアローナを見ながら、ジンが言う。

「情報戦を制すれば、いくさも回避できるかもしれません。
 平和のためです」

 そうアローナが言い切ったとき、

「健康のためなら死んでもいい人みたいに。
 平和のためなら、なにしてもいい的な匂いのする人ですよね、アローナ様」
と言う声がした。

 振り向くと、シャナが立っていた。

「どうした?
 もう父の後宮を追い出されたのか?」
と言うジンに、

「いえいえ。
 レオ様からジン様にお届け物です」
とシャナは派手に装飾された黒く細長い箱を差し出してくる。

 それを受け取りながら、呆れたようにジンは言った。

「お前、ほんとうに優秀な刺客なのか。
 バレバレじゃないか」

「いやいやいや。
 マヌケな刺客と見せかけて、敵を油断させるんですよ~」
と笑って言うシャナに、

「油断させて、なにするんだ?」
と溜息まじりに言いながら、ジンはその箱を開けていた。

 中には巻物状の書簡が入っているようだった。



しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...