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限りなく怪しい客
もう閉店なんですけど
しおりを挟む刹那が帰ったあと、写真を撮らせてくれと本人に言ったと言ったら、宝生さん辺りに、
「お前は馬鹿か」
と言われそうだな~と思っていたら。
虫の知らせか、遅い時間なのに、わざわざやってきた将生が話を聞いて、
「お前は馬鹿か」
と言ってきた。
「予知能力でしょうかね?」
とカウンターの中で琳は呟く。
「宝生さんがそう言うんじゃないかなーって思ってました」
と言うと、
「……それ、誰でもわかるよな?」
と将生は言ってくる。
はは、と苦笑いしたあとで、
「もう閉店ですが、なにか召し上がりますか?」
と琳は訊いてみた。
「……それは俺に帰れと言っているのか?」
そう睨んでくる将生に、
「いえ、閉店間際なので、なんでもいいですよ、という意味です。
他のお客さんがいらっしゃらないので、メニューにないようなメニューでも」
と琳が言うと、店内を見回し、
そういえば、誰も居ないな、という顔をした将生は、
「メニューにないメニューってなにがあるんだ?」
と訊いてきた。
琳が小首を傾げ、
「さあ?
なにぶん、メニューにないものなので。
私にも急には思いつきませんが」
と言うと、じゃあ、言うなよ……、という顔をする。
「ともかく、腹が減ったな。
そうだ。
この間美味そうだったカレーは?」
「すみません。
もう売り切れました」
「サンドイッチは?」
「あ、卵がもう」
「……シナモントーストは?」
「あ、シナモンが」
「メニューにあるものすら作れないじゃないか……」
そうですねえ、と小首を傾げたあとで、琳は奥を振り返り、
「あ、でも、ラーメンならありますよ」
と言った。
「ラーメン?」
「……カップ麺ですけど」
と笑ったあとで、
「あ、お金いりません。
私もちょうど小腹が空いてたんで」
と琳は言った。
夢だった。
このカウンターの内側に入るのが――。
将生は憧れの地である、カウンターの向こう側に入り、感慨に耽る。
龍哉も小柴も入っているのに、何故、俺だけ入れないのだ。
そう思っていた。
琳の祖父の残した蔵書があるというカウンター奥の小部屋。
やっと入れた……と思うと同時に。
……こういう入り方は想定してなかった、とも思っていた。
古びた棚に並んだ、いい感じに変色した本の数々。
なんだかわからないガラクタのようにも見えるものが年代物の木箱に入り、積み上げられていて、小洒落た雑誌の一ページのような、アンティークな部屋だった。
だが、今、琳が腰を屈めて、ゴソゴソ探しているのは、カップ麺だ。
なにかこう……
思っていた入り方とは違うな。
全然、雨宮との距離も縮まってないし、と思う将生に、琳が言ってくる。
「いろいろあるんですよー、種類。
いいの選んでください。
あ、ふたつくらいないと足りないですかねー?
宝生さんだと」
と身体の大きな自分を見上げ、色とりどりのカップ麺を手に琳が立ち上がる。
「いや、一個でいい」
と将生はひとつ、お腹にやさしそうな、きつねうどんをもらった。
いや、カップ麺なので、本当に、お腹にやさしいかどうかは知らないが。
カウンターに戻った琳が、カップ麺にお湯をそそいでくれる。
「あ、もうこっちで食べます?」
と丸椅子を出してくれた。
出来上がりつつあるカップ麺の匂いを嗅ぎながら、カウンターの内側から店内を眺める。
「どうしました?」
と琳が訊いてきた。
「いや……これがお前がいつも見てる風景かと思って」
と言うと、琳はちょっと笑う。
「はい、熱いですよ~」
とカップ麺を渡してくれた。
外は少し小雨が降っていて、金次郎さんは闇の中で本を読んでいる。
「目が悪くなりそうだな」
とそれを見ながら言うと、ははは、と琳は笑った。
雨と夜とで周囲を包まれているせいか。
カウンターのこちら側に居るせいか。
なにか二人だけの特別な空間に居るような気分になり、今なら、訊いてみても許されるかな、と思ってしまう。
「お前はなんの……」
なんの死体を探してるんだ?
と訊こうとした。
ときどき、琳が口走る怪しい言葉の数々が耳に残っていたからだ。
だが、そこで将生の言葉は止まった。
訊くべきか?
訊かざるべきか?
こいつ、なにを探してるんだろうな?
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