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書き初めに新年の野望として書こうと思っていた

リアル、オレオレ詐欺

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 昼過ぎ、客が途切れたので、逸人は少し休憩していた。

 芽以は二階で、慌てて脱いだままだった着物を畳んでいるようだ。

 あとで実家に持って帰って干すらしい。

 此処には衣桁いこうも着物用のハンガーもないからだ。

 時計を見、お茶でも淹れるか、と逸人が立ち上がりかけたとき、電話が鳴った。

 芽以より先に下で取る。

『あ、俺、俺』

 ガチャンと電話を切った。

 だが、またすぐに鳴り出す。

 今度は、芽以が取らないように、音が鳴るか鳴らないかのうちに取った。

『俺、俺、俺だってばっ』

「オレオレ詐欺なら間に合っている」

 そう言い、切ろうとした。

『いや、俺だよっ。
 切るなよっ』

 お前だよ。
 だから、切ってんだよ、と逸人は思う。

 電話線を引き抜いてやろうか。

 いや、客からかかってきたら困るしな、と思ったとき、相手が叫んだ。

『なんなんだよっ。
 なんで正月来ないんだよっ。

 年末年始に、せめて、芽以に会えるように、芽以をお前と……っ』

 あれから一週間も経つのに、まだ錯乱中らしい、と思う。

 何故、かけてくる。

 どういう神経をしてるんだ。

 正月早々、小吉どころか、大凶だ、と思いながら、圭太からの電話を叩き切ろうとしたとき、圭太の後ろから女の声がして、なにか揉め始めた。

 日向子か? と思ったが、姉、砂羽さわだった。

『私が様子見てきてあげるからー』
と言っている。

 そういえば、親がなんか取りに来いとか持ってくるとか言うから、砂羽に来させろと言ったんだったな、と思いながら聞いていた。

 いや、砂羽は砂羽で、厄介な奴なんだが……と思ったとき、
「逸人さん、今、電話かかりませんでした?」

 お問い合わせのお電話ですか? と言いながら、芽以が二階から下りてきた。

 逸人は無言で電話を切ると、
「ああ。
 問い合わせの電話だった。

 もう済んだ」
と言う。

 なんで会いに来ないんだという圭太からの『お問い合わせ』だった、と思いながら。

 そこで芽以が少し顔をしかめた。

「……下に下りてくると、パクチーの匂いがしますね」

「パクチー専門店だからな」

 少し息を止めている風な芽以を見ながら、逸人は思っていた。

 ――俺がパクチーを克服しようと思ったのには訳がある。

 だが、それをこいつに言うつもりは、まだない。

 ……そして、今、圭太から電話がかかってきたことを話すつもりも、さらさらない。

 逸人は、顔をしかめながらも側に来てくれる芽以を見、ほんの少しだけ笑ってみせた。




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