51 / 101
あの人も来ました……
お困りの際にはぜひっ
しおりを挟むな、なんということをしてしまったんだ……。
芽以はモップを手にしたまま、ホールで固まっていた。
今朝、目を覚ますと、逸人が髪を撫でてくれていて、
「おはよう」
と微笑みかけてくれた。
ええええええーっ。
そ、そういえば、昨夜、逸人さんに泣きついたまま寝たようなっ、と固まり。
固まったまま、ぺこりと頭を下げ、温かい逸人のベッドを出て、自分への戒めのために、エアコンもつけずに寒いまま、部屋で着替え、朝食の支度をして、食べ、また着替えて、今、ホールでモップがけをしているわけなのだが――。
いや、もう信じられない~っ、と昨夜の自分に対して思っていると、逸人が厨房に下りてきた。
ひいいいいいっ、と芽以はモップの柄を握りしめる。
恥ずかしさと申し訳なさで、逸人を撲殺してしまいそうだった。
撲殺はまずいっ、と思った芽以は慌てて、モップから手を離す。
カン、と音がして、逸人がこちらを振り向いた。
芽以はあまり顔を見ないようにして、逸人の許にダッシュした。
「もっ、申し訳ございませんっ、逸人さんっ」
とコメツキバッタのように何度も頭を下げる。
いや、コメツキバッタがほんとうにこのようにするものなのか、見たことはないので知らないのだが……。
「昨夜は逸人さんにあのように甘えてしまいましてっ。
ぜひっ、逸人さんもなにかお困りの際には、わたくしにお甘えくださいっ」
とちょっと可笑しな日本語でまくしたてたあと、二階へと走り去る。
掃除はどうした、と言われそうだな、と思いながら。
どんな顔したもんかな、と朝から逸人も思っていた。
今朝の芽以は自分とは目も合わせず、二倍速くらいの勢いで動いている。
まあ、仕事が早く終わっていいのだが。
一階に下りると、モップを手にしていた芽以が突然、石像のように動かなくなった。
かと思うと、モップを倒す。
カン、という音ともに、こちらを振り向いた芽以が、いきなり猛スピードで突っ込んできた。
イノシシかと思う、その勢いに、思わず、逃げそうになったが、逸人は、ぐっとこらえ、なにも思っていない風を装った。
だが、そんな風にしなくとも、芽以はそもそも、自分とは目を合わせようともしなかった。
ペコペコ頭を下げながら、
「ぜひっ、逸人さんもなにかお困りの際には、わたくしにお甘えくださいっ」
などと言ってくる。
それは、俺にもお前のベッドに入ってこいという意味か? 芽以っ!
それとも、ただ、なんとなく言ってみただけなのかっ?
ああ、芽以の気持ちがわからないっ! と芽以が消えたあと、表情も変えずに苦悩していると、いきなり、背後で、
「甘々だね」
と声がした。
振り向くと、茶髪でいまどきのイケメン風な男が立っていた。
この間、祝いに来てくれたメンバーのひとりだ。
「静」
産まれてすぐ、ぎゃあぎゃあ泣き続けて父親が、
「うるさいっ、静まれっ」
と叫んで、『静』になったという、嘘かほんとかわからない逸話のある男だ。
「この間、一個渡すの忘れてた」
と小箱を渡してくる。
「羽ペン。
電話で注文受けたとき、こういうので、サラサラッと書いてたら、お洒落じゃん。
あの上品で美人なお前の彼女とか」
と言ってくる。
「……芽以のことか」
確かに、注文を受けた芽以が伏し目がちにメモを見ながら、サラサラッと書く姿は美しいだろうが。
それは、その手許で書かれた字を見なければの話だ。
何語ですか、とか常連さんに微笑まれて言われそうだ、と思っていると、静は、
「じゃ」
とあっさり帰ろうとする。
「待て。
お茶でも飲んでいけ」
と逸人が言うと、
「いや、いいよ。
開店前で忙しいだろ。
っていうか、今の甘々な会話聞いてたら莫迦莫迦しくなったから、その辺でナンパしてくる」
と手を挙げ、あっさり静は出て行った。
かなりマイペースだと思う自分でも、どうかと思うくらいマイペースな男だ。
「ありがとう」
と言ってみたが、
「いやいや」
というセリフはもう、裏口の戸の向こうから聞こえていた。
1
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?
希羽
キャラ文芸
数合わせで皇帝の後宮に送り込まれた田舎貴族の娘である主人公。そこでは妃たちが皇帝の「寵愛ランク」で格付けされ、生活の全てが決められる超格差社会だった。しかし、皇帝に全く興味がない主人公の目的は、後宮の隅にある大図書館で知識を得ることだけ。当然、彼女のランクは常に最下位。
他の妃たちが寵愛を競い合う中、主人公は実家で培った農業や醸造、経理の知識を活かし、同じく不遇な下級妃や女官たちと協力して、後宮内で「家庭菜園」「石鹸工房」「簿記教室」などを次々と立ち上げる。それはやがて後宮内の経済を潤し、女官たちの労働環境まで改善する一大ビジネスに発展。
ある日、皇帝は自分の知らないうちに後宮内に巨大な経済圏と女性コミュニティを作り上げ、誰よりも生き生きと暮らす「ランク最下位」の妃の存在に気づく。「一体何者なんだ、君は…?」と皇帝が興味本位で近づいてきても、主人公にとっては「仕事の邪魔」でしかなく…。
※本作は小説投稿サイト「小説家になろう」でも投稿しています。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
