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そういえば、いつからそう呼んでいたんだろう
取材の人が来ました
しおりを挟む夜の営業中、芽以は厨房に入るたび、こちらには目もくれずに黙々と調理している逸人の横顔を眺めた。
こんな良くできた人が私を好きとか。
……いや~、ないない。
そのとき、彬光がホールから呼んできた。
「芽以さん、ちょっとー。
取材の人らしいですよー」
取材? と小首を傾げながら行くと、若い男女がテーブルに居て、地元タウン誌の者だが、取材させて欲しいと言ってきた。
えっ、と芽以が詰まっていると、
「この界隈でパクチー専門店って初めてなので、ぜひ、特集させていただきたいと思うんですが」
と言ってきた。
でも、逸人さん、最初は広告打たずにじっくりやって足場を固めたいって言ってたから、お客さん増えすぎるのは困るんじゃ、と名刺を手にしたまま、芽以が固まっていると、カメラを持った男性が言ってきた。
「いや、お宅のシェフ格好いいですよねー。
ぜひ、シェフの写真をバーンッと載せてですね――」
「のっ、載せないでくださいっ」
と芽以は思わず叫んでいた。
写真が雑誌に出て、逸人さんが人気になって、浮気して―― まで、妄想が広がっていたからだ。
「えーっ。
なんでですか?
もったいないー」
とボブの髪にゆるくパーマをかけた女性の方が言ってくる。
「せっかくイケメンシェフなんだから、前面に出して売り出したらいいのにー」
「そ、そんなことしたら」
逸人さんが人気になって、浮気して……
「離婚してしまいますっ」
「は?」
ああ、いや、まだ、結婚してないけどさ、と思う芽以の後ろから逸人がやってきて、
「すみません。
まだ店の体制が整っていないので。
お話、ありがとうございました」
と言って、さらりと断ってくれた。
よ、よかった、と思う芽以の前で、女性の方が、
「えーっ。
残念ですー。
私、パクチー好きなんですよねー。
この店にみんな来てくれたら、パクチー好きが増えるかと思ったのにー」
と言い出す。
芽以の頭の中では、何故か、荒廃したこの町の中をゾンビがパクチーを求めて彷徨いながら、増えていた。
なにかこう、爆発的に増えるイメージだからだろうか。
それとも、パクチー好きが増えると、世界がパクチーの匂いで汚染されそうな気がしたからだろうか。
「私、パクチーをもっともっと世に広めたいんですよー」
と笑顔で彼女は言ってくる。
奇特な人だ……。
でも、私もいい加減、パクチーを好きになって、お店に来る人と楽しくパクチー談義とか出来るようにならなきゃな。
逸人さんのためにも、と息を止めて、料理を運びながら、芽以は思っていた。
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