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これは、パクチーによる暴力だ
思い上がってもいいだろうか……
しおりを挟む俺は今、人生において、最高に思い上がっている、と逸人は思っていた。
その日の昼までの仕事を終えても、芽以はまだ、
「いつまでもいつまでもリアルに鼻先にパクチーの匂いが蘇るんですー」
と言っていた。
「お前、実は好きなんじゃないのか? パクチー……」
「でも、パクチーって、匂い嗅ぐだけで、すごいインパクトがあるから、デトックス効果も匂い嗅ぐだけであったりしないですかね?」
どっちかって言うと、それ、デトックスじゃなくて、ストレスになってないか?
と思いながら、芽以を見つめると、芽以はちょっと恥ずかしそうに視線をそらす。
どうしたことだろう。
気のせいだろうか?
芽以が俺のことを好きなんじゃないかとか、ちょっと思ってしまうのだが。
突然、好きになるパクチーのように、芽以が突然、俺のことを好きになったとか?
いやいや、そんな。
思い上がりも、はなはなだしい、と逸人は、己を叱責する。
芽以は圭太を好きなはずだ。
全国模試で、全科目トータルで、偏差値84出したときも、思い上がって気を抜いたら、78まで落ちていった。
芽以が俺を好きとか思い上がってはいかん。
なまはげが来る……と逸人は思っていた。
こんなに思い上がっていたら、きっと、俺を戒いましめに、なまはげが来る。
だが、遠く離れた物陰から、チラッとこちらを見ているのは、なまはげではなく、芽以だった。
隠れて見ている芽以に、自分を戒めるため、頭の中で、なまはげの扮装をさせてみる。
だが、よく、箸が転んでもおかしい年頃とか言うが。
今は、なまはげを着ても可愛い時期というか。
藁を着て、お面をかぶって、包丁つかんでいても、芽以なら、やっぱり可愛いだろうと思ってしまう。
「相当、錯乱してるわね……」
と日向子や砂羽に言われそうだ、と思いながら、逸人は心を落ち着けるために厨房を磨いた。
まあ、芽以が俺を好きかはわからないが、尊敬してくれてはいるようだ。
何処を尊敬するところがあるのか知らないが。
圭太が話を振ってくれなきゃ、芽以になにも言えなかったような、こんな情けない男、と思いながら、逸人はその晩、芽以について、芽以の実家に行っていた。
また、男三人、庭の足湯に浸かっていると、聖が笑って言ってくる。
「そろそろ婚姻届を出したらどうだ?」
「でも、まだ……」
と言いかけたが、
「芽以は不安がってるぞ」
と聖は言ってくる。
そうなのか。
芽以のために出さないでいたのに。
中で水澄たちと話している芽以を見ながら、
「芽以が俺を好きだと言ってくれるまで、待とうとは思ってるんですが」
と自身も迷っていることを明かすと、
「なに言ってんだー。
俺は前から言ってるだろ。
芽以は、昔から、圭太より、お前の方が好きなんだってー」
と聖は笑って肩を叩いてくる。
調子のいいところのある聖の言葉が全面的に信用できるかはともかくとして。
聖さん、やはり、神……!
と思っていた。
聖の言葉に、迷いが晴れていく気がしたからだ。
例え、適当に言ってるんだとしても。
「どうせ、お前のことだから、まだ、芽以に指一本触れてないんだろ。
今夜辺り……」
と言いかけ、聖は、おっと、と言葉を止める。
父親が今の発言にビクついたのを見てとったからのようだった。
「そろそろ入るか」
と石造りの足湯から、聖は立ち上がる。
「出るとき寒いんだよなー」
と言ってタオルで足を拭きながら。
一緒に中に入ると、芽以たちは床に百人一首を並べていた。
芽以が顔を上げ、言ってくる。
「逸人さんたちもやりませんか?
ほぼ百人一首」
「……なんだ、ほぼ百人一首って」
と言うと、聖が、
「二枚足らないんだ」
と笑いながら、逸人が手にしていたタオルを取って、洗面所に持っていってくれた。
「逸人くんが入ったら、勝負にならんだろう」
まあ、私と呑もう、と逸人は芽以の父親に誘われる。
芽以たちが翔平と、ほぼ百人一首をやるのを眺めながら、ダイニングテーブルで、芽以の父と酒を酌み交わす。
……子どもにも容赦ないな、こいつら、と思いながら。
誰もわざと負けてやったりしないので、翔平は悔しがっては泣きわめき、
「もう一回やるーっ」
と暴れているが。
みな、それを笑って眺めている。
鍛えられてるな、翔平……と思っていると、芽以の父がまた、酒をそそいできた。
「さあ、呑んで。
ああ、この間、お年賀でいただいたのもあった」
とまた、立ち上がる。
どうも、さっきの聖の発言により、酔いつぶれさせようとしているようだ、と思いながらも、芽以の父からの酒なので、全部受けた。
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