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とんだ不運のはじまりです ~ペペロミア・ジェイド~
ペペロミアが呼んできたのは……
しおりを挟む「育ちの良さそうな娘さんだな」
葉名が出て行ったあと、閉まった黒い扉を見ながら、会長、東雲将司はそう言ってきた。
「そこらの庶民だそうですよ」
とやはり、扉の方を見ながら、准は素っ気ない口調で答える。
葉名が居るときには、厳しい顔つきをしていた将司だったが。
彼女が居なくなった今、目を細めて、笑い、言ってくる。
「美人じゃないか。
ばあさんに似ておるな。
お前、ばあさんっ子だからな」
「……似てませんよ」
と言ったあとで、准は、
「一般的には綺麗な顔かと思われますが。
私の好みではありません」
と言って、
「……なんで結婚したいんだ? お前」
と言われてしまった。
さあ? と答えたあとで、ふと壁際を見ると、葉名が運んできたお茶はまだそこに残されたままだった。
一体、なんだったんだ……と思いながら、葉名が秘書室に戻ると、
「できたっ」
と涼子が束にした資料を手に、立ち上がるところだった。
「ありがとう。
お疲れっ。
もう帰っていいわよっ」
と言いながら、涼子は資料を確認していた。
そこで、はた、と気づいた葉名は、
「……あ」
と声を上げる。
その不穏な「あ」に気づいたように、涼子が目を上げ、こちらを見た。
「すみませんっ。
お茶、サイドテーブルに置いたまま、忘れてきてしまいましたっ」
「あん……っ!」
と叫びかけ、涼子は社長室を気にし、慌てて声を抑える。
「あんた、なにしに行ったのよーっ」
と小声で叫んでくる。
「すみませんっ。
テーブルの上が物でいっぱいだったのでっ」
見合い写真で、などと言ってはまずいかと思い、そこのところは伏せておいた。
「汚してはまずそうなものだったので、サイドテーブルに置いて戻ってきたんです」
「そう。
じゃあ、まあ、いいわ」
後ろを向いた涼子は、壁に造り付けの細長い鏡で身だしなみを確認しながら、
「社長には、ちゃんと止むを得ず、そこに置くこと、断ったんでしようね?」
と訊いてくる。
「……えーと、たぶん、伝わったと思います」
「なにそれ、以心伝心っ!?」
と叫びながらも、それ以上構ってはいられないっ、と思ったのか、涼子は急ぎ足で、社長室に向かい、ノックする。
だが、
「入れ」
と准に言われ、
「はい」
と答えときには、ちゃんといつものしとやかな涼子に戻っていた。
さすがだ……、と思いながら、葉名がそちらを見つめていると、
「はい、お疲れ様」
と浅田室長が、ころんとした可愛らしいガラス瓶に入ったカラフルな金平糖をくれた。
細くなった瓶の首のところには、赤い組紐がかけられている。
「あ、可愛いですね」
と言ったときにはもう、資料を渡し終えたらしい涼子が社長室から出てきていた。
「お疲れ様、桐島さん」
とすっかり普段の落ち着いた秘書の顔に戻り、涼子は言う。
「別に会長たちもお怒りではなかったわよ。
ありがとう。
はい。
冷えても温ぬくもってもないけど。
自分でいいようにして飲んで」
と涼子らしい物言いで、テーブルの上にあった缶コーヒーを渡してくる。
葉名は、金平糖と缶コーヒーを抱え、
「ありがとうございます。
お茶運んだだけで、こんなにすみません」
と頭を下げたが。
いや、危うく、お茶運んだだけで、悪王子と結婚させられるとこだったんだよな、と気づく。
金平糖と缶コーヒーの対価にしては高すぎるっ、と思ったとき、
「桐島さん」
と室長に呼びかけられた。
「はいっ」
と慌てて返事をしたとき、金平糖と缶をつかんだ腕に、ポン、とバインダーを載せられた。
そうだ。
室長の印鑑もらいに来たんだったと思い出し、葉名は苦笑いする。
そこらのデスクに放り投げていたのを見て、室長が印鑑を押してくれていたようだ。
「あっ、ありがとうございますっ」
と深々と頭を下げ、葉名はようやく秘書室を出た。
デスクに戻り、ペペロミアの白い鉢の横にそのカラフルな金平糖の小瓶を置く。
「ほうら、ペーちゃん。
金平糖もらっちゃったよー。
幸運を呼ぶ君のおかげかな」
いや、ぺーちゃんが呼んできたのは、強引でマイペースな悪魔の王子様だったのだが。
このときの葉名はまだ気づかず、呑気に、
三浦さんにもらった缶コーヒー冷やして飲もうかなあ。
まだちょっと寒いよなあ、などと考えながら、備品伝票を整理していた。
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