そこらで勘弁してくださいっ ~お片づけと観葉植物で運気を上げたい、葉名と准の婚約生活~

菱沼あゆ

文字の大きさ
9 / 79
とんだ不運のはじまりです ~ペペロミア・ジェイド~

呪いの指輪の外し方

しおりを挟む


 上まで着いた葉名はなはどうしたものかなと迷っていた。

 三浦さん、別に私をお呼びじゃないようだしな、と降りないでいると、先に降りたじゅんが扉を押さえ、言ってきた。

「今、少し手が空いてるなら、社長室に来い」

 何故ですかっ?
 なにかわたくし、いたしましたでしょうかっ?

 社長室に来いと言われるのは、学校で言えば、校長室に来いみたいな感じだ、と葉名は思っていた。

 叱られるの前提というか。

 だが、社長様に逆らうわけにも行かず、ちょこまかと後ろをついて社長室とつながっている秘書室に行くと、涼子が、え? なに? という顔で見る。

 なんかやったの?
と彼女の顔には書いてあった。

 イヤ、ワカリマセン……、
と葉名も顔に書く。

「入れ」
と准が社長室のドアを開けてくれた。

「しっ、失礼しますっ」
と社長はまだ外に居るのに、社長室に向かい、礼をした。

 これだと、社長室にへりくだってるみたいだな、と思いながら、中に入ると、後ろで、パタンと扉が閉まる。

「その辺に座れ」
と窓際の大きなデスクに向かいながら、准が言ってきた。

「はっ、はいっ」
とは言ったものの、立派な革のソファに座るのもなんだか気が引けて、片隅にあった木の丸椅子に葉名は座った。

 すぐにノートパソコンを開いて、なにかしていた准が顔を上げて、
「おい」
と言う。

「なんで、そんなところに座ってるんだ」

「いえ、なんとなく……」
と言うと、まあいい、ちょっと来い、と言って、准は立ち上がった。

 そして、
「座れ」
とまた命令される。

 ソファを指差されたので、今度は仕方なしにそこに腰掛けると、横に准が座ってきた。

「石鹸はつけてみたんだな」
と言いながら、准は葉名の左手をつかむと、その包帯をほどき始める。

 そして、親指と人差し指の骨のぶつかるところより、少し人差し指寄りの場所を親指で強めに押し始めた。

「此処は合谷ごうこくというツボだ。

 親指と人差し指が出会う場所という意味で、合谷と名付けられた万能のツボだそうだ。

 肩こりやストレスにも効くから、パソコン仕事の人間にもいいらしいぞ。

 血流をよくし、指のむくみをも解消してくれるそうだ」
と言いながら、何度も押しては離している。

「どうだ。
 リラックスして、血流もよくなったか」
と准は訊いてくるが、葉名は、

 いえ、リラックスどころか、酸素不足で死にそうです、と思っていた。

 だだっ広い社長室でふたり向かい合って座っているので、葉名は緊張のあまり、息を止めてしまっていたのだ。

 そして、血流がよくなったかどうかなんて、自分ではわからない。

「はめときゃいいのにな」
と言いながら、指輪を引っ張ってくる准に、

 いやいや、社長様。

 そんな水戸黄門の印籠くらいインパクトのあるものをやって、仕事ができるはずないでしょうが、と思いながら、葉名はされるがままになっていた。

 軽く現実逃避している葉名の頭の中では、子どもの頃、学芸会で演じた『大きなかぶ』という劇が上演されていた。

 おじいさんもおばあさんも王子様も引っ張ってみましたが、やっぱり、かぶは抜けません。

 そのとき、
「じゃあ、やっぱり、あれか」
と呟きながら、立ち上がった准は、デスクの上のノートパソコンを見に行った。

 いきなりパソコンを立ち上げて、なにしてるのかと思ってたけど。

 指輪の外し方を調べてくれてたのか……、と葉名が思っていると、准はデスクの引き出しから、携帯用の裁縫道具らしきものを持ち出してくる。

「スーツ買ったときにおまけでもらったんだ。
 使うこともないと思っていたんだが」
と言いながら、指輪と指の隙間に苦労して糸を通してくれる。

 それから、指先に向かって、糸を巻き付け始めた。

 准は巻いた方の糸を指で固定したまま、指輪に通した糸を引っ張る。

 指輪がすすすっと移動した。

 准は糸をほどきながら、更に巻き付けようとしたが、指輪は太い部分を抜けたところで、するりと落ちた。

「あっ、取れましたっ」

「そうか、よかったな」
と言った准は、葉名の手にその、幾らするんだかもわからない、ごつい指輪を載せてくる。

「いや、ですから、いりませんってば」
と言ってみたのだが、立ち上がった准は、

「一度お前にやったものだ。
 返してくれなくていい。

 俺は仕事だ。
 もう出て行け」
と言い放った。

 いや、貴方が呼んだんですが……と思いながらも葉名は、さっさと仕事を始めた准に向かい、頭を下げる。

「ありがとうございました」

 うん、とこちらを見もせずに言った准だが、

「ああ、今日も家、片付けとけよ。
 もしかしたら、行くかもしれないから」
と付け足し、言ってくる。

 いや……もしかしたらのために片付けたくないんですけど、と思いながら、出て行こうとして、指輪を手のひらに載せたままだったのに気づき、慌ててスカートのポケットに突っ込んだ。

 失礼しました、と社長室を出ると、
「桐島っ、なんだったの?」
とノートパソコンから顔を上げ、涼子がすぐに訊いてくる。

「いえその……」
と言いかけ、困った。

 なんと説明したらいいのか、と迷った葉名は、

「し、新入社員にどの程度、社歌が広まっているかと訊かれまして」
とよくわからないことを言ってしまう。

 社歌? と涼子は眉をひそめた。

「そんなの私だって知らないわ」
と言う彼女に、葉名は、

「私、知ってますよ。
 歌ってみせましょうか?」
と言う。

 実は、入社試験のときに訊かれるかと思い、ネットで調べて覚えておいたのだ。

 その、結局、使う機会のなかった知識を今、披露してみた。




 気のせいだろうか。

 扉の向こうから、社歌が聞こえるような……。

 誰かが社名を激しく連呼しながら歌っている。

 ……葉名か?

 准はパソコンを打つ手を止め、入り口の黒い扉を見つめた。

 一応、あるにはあるが、式典のときにもかかったことのない社歌だ。

 俺も初めて聞いたな。
 こんな旋律だったのか、と思いながら、その社歌が消えたあとも、なんとなくそれを口ずさむ。

 朝日さす、夕陽かがやく金の社屋に金のいん……♪

 ……金の社屋じゃないんだが、誰が作ったんだ、この歌。

 しかし、不思議に頭に残る旋律で、キーを叩くのにちょうどいい。

 社歌を歌いながら、准は仕事に没頭した。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。  ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。  意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。 「あ、ありがとうございます」 と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。  あれは夢……?  それとも、現実?  毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...