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ガジュマルの男
ガジュマルの別名は――
しおりを挟むああ、なんか今日は一段と疲れたな。
そう思いながら、葉名は商店街を歩いていた。
入社してからは、職場と呑み屋とマンションを往復するだけの日々だ。
早く帰って家片付けとかなきゃ、悪王子の襲撃を受けるかも、とは思ったのだが。
たまには気分転換に違う道を歩いてみるか、と思い直し、いつもの道をちょっと外れてみた。
せっかく、新しい街で暮らし始めたのに、今まで余裕がなく、何処も探検してみていなかったからだ。
大きなマンションの横の小道を曲がると、ふいに昔ながらの商店街が現れた。
フラワー商店街とかいう可愛い名前がついている。
へえ、いいなあ、と思いながら、葉名は魚屋と八百屋の前を通った。
野菜も魚もパックやビニールに入っておらず、カゴ盛りだ。
こういうところで買うと、なんだか美味しそうな気がするよね、と思いながらも、今日の晩ご飯は、コンビニかな、と自堕落なことを考えていると、やたら店の前が緑な店舗があった。
しきみや榊がたくさんある。
それに白と黄色の小菊。
昔ながらの商店街だから、そういうものが売れるのだろう。
お花屋さんかな? と思って覗くと、店の奥には普通の花や観葉植物も並んでいた。
運気が上がるとか上がらないとかさておき、緑を見ると、気持ちが安らぐよなー、と思いながら葉名はそれを眺める。
木製の丸テーブルには幾つもの観葉植物が置かれているのだが。
その中に、ちょっと攻撃的な葉の形をした植物があった。
葉の裏が赤く、ペペロミア・ロッソという札がささっている。
ええっ?
これもペペロミアなんだ?
私のペーちゃんとは、全然、違うな~と腰を屈めて見入っていると、
「いらっしゃいませ。
なにか観葉植物をお探しですか?」
という男の声がした。
振り返ると、店の名前の入った生成り色のエプロンをつけた背の高い男が立っていた。
すっきりと整った顔で、全体的に色素が薄い感じだ。
男は何処からか戻ってきたところのようだった。
「どうも、誠二さん。
ありがとうね」
と少し先にある、砂利の敷かれた商店街の駐車場からおばあちゃんが彼に向かい、頭を下げていた。
「いえいえ」
と誠二と呼ばれたその男は振り返り、微笑んでいる。
……爽やかなイケメンだ。
昨日から、邪悪そうな濃い顔の王子にとり憑かれているので、余計清々しく見えるな、と思いながら、彼を見上げていると、
「個性的でしょ、その色のペペロミア。
結構人気なんですよ」
と誠二は言ってくる。
誠二に、あ、はい、と答えながら、葉名は、
このペペロミアは運気が上がるとかないのかな?
と思ってしまっていた。
悪王子に毒されているようだ。
……悪王子。
いや、准は直感で今の会社を選んだだけだと言っていた。
ならば、彼は、会社が傾くかもしれない情報を隠蔽していたわけではない。
ただ顔が整いすぎて胡散臭いだけの人で、悪王子ではなかったのかもしれない。
しかし、『悪』を無くすと、ただの王子になってしまうのだが……と思いながら、身を屈め、ぼんやり変わった形の観葉植物を見ていると、
「ガジュマルもいいですよね」
と後ろに立つ誠二が言ってきた。
太いニンジンが絡み合ったような根が土の上に出ている可愛らしいガジュマルが素敵な白い陶器に入っている。
「ガジュマルは幸せを呼ぶ精霊の住む木と言われています。
願い事が叶うそうですよ」
と微笑む誠二に、
「へえ、じゃあ、これも運気が上がるんですか?」
とつい、訊くと、誠二はガジュマルを見下ろし、
「そう……、運気が上がるんですよ」
と何故か思いつめたような顔で言ってくる。
いや、なんか怖いんですけど……と思っていると、彼は微笑み、
「健康や金運アップにもいいらしいですよ」
と言ってきた。
「でも……ガジュマルは生命力が強過ぎて、木やコンクリートなど、自分がとり憑いた宿主を破壊してしまうんです。
アンコールワットの遺跡もガジュマルが覆い被さって、神秘的なんだか、ホラーなんだかわからない感じになってるじゃないですか。
だから、ガジュマルの別名は、『絞め殺しの木』――」
ひい、とそう言ったときの誠二の表情に固まっていると、誠二はまた笑顔になり、
「というくらい、生命力が強いということです」
と言ってきた。
あの――
一見、爽やかなのに、ときどき怖いんですけど……と思う葉名の目の前で、誠二は、
「いらっしゃいませー」
としきみを買いに来たおばあちゃんに、また素敵な笑顔を向けている。
しかし、ガジュマルに強い生命力があるというのは確かなようだ。
悪王子に負けないように、ひとつ育ててみるか、と思いかけ、おっと、悪はいらないんだったな、と気づく。
よしっ!
王子に負けないよう、ひとつ、育ててみるかっ。
そう思ったあとで、
いや……、そこは負けてもいい気がする、女子として、と思いながらも葉名はガジュマルを手で示し、誠二に言った。
「あのー、すみません。
これください」
「はい。
ありがとうございます」
と誠二が爽やかに振り向く。
おばあちゃんの手にある、包装紙で軽くラッピングされた榊を見ながら、まあ、こっちの方が魔除けには即効性がありそうだけどな、と思っていた。
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