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お前にそう言われてみたい ~クワズイモ~
一生許さないんだろ?
しおりを挟む部屋に戻り、灯りをつけると、なんだかほっとした。
帰ってきたな、という感じがする。
まだ住み始めて一ヶ月ちょいだが、もう自分の家だな、と葉名が改めて思ったとき、准が言ってきた。
「まあ、そうだよな。
馴染みのないホテルより、お前がせっせと片付けている部屋の方がいいよな、最初は」
なんの最初なんですか、と思いながら、葉名は窓辺を見る。
助けて。
なんか怖いよ、ガジュマル、パキラ、クマー、と呼びかけてみた。
鞄を持ったまま、固まっていた葉名は、唐突に、
「と、とりあえず、お片づけでもしましょうか」
と言ってみた。
「今か……」
と准は言ったが、妙に強張った葉名の顔を見たのか、ちょっと笑って、ぽんぽん、と頭を撫でてくれた。
「じゃあ、俺も手伝おう」
と微笑みかけてくる准を見て、
この人、こんな素敵な笑顔をしてたっけ?
ずっとなにか企んでそうな邪悪な笑い方だと思ってたのに、と葉名は思う。
今までずっと、フィルターがかかっていたのか。
今こそ、フィルターがかかっているのか。
「今よっ」
と敦子たちに言われそうな気はしていたが――。
よしっ。
今日はペン類いを片付けよう、と葉名は引き出しの中を床の上に引っ繰り返し、カサカサと片付け始めた。
准は、こんな時間で酒も入っているというのに、ちゃんと葉名に付き合ってくれた。
やさしいよな、こういうところは、と改めて思う。
葉名に背を向け、違う引き出しを引っ繰り返しながら、准が言ってきた。
「こんなこと言うと、お前は怒るかもしれないが、いいお父さんじゃないか」
「言うと思いましたよ」
と葉名は言う。
「まあ、他人として、客観的に見たら、そう悪くないのかな、とは思います。
でも、母は一生、絶対、許さないと言っています。
でも、そう言っているうちは、父に気持ちを残してるのかな、とも思いますが」
でも、もう言わないかもしれないな、と書けるかどうか、床の上で、一本ずつ紙に書いてみながら、葉名は寂しく思っていた。
「一生、絶対、許さない―― か。
言われてみたいな」
「は?」
「お前に一生、絶対、許さないとか言われてみたい。
それはそれで、熱烈な愛の告白のようじゃないか」
と准は言う。
そして、顔を近づけ、
「……一生許されないようなことをしてみようか」
と言ってきた。
な、なんですか、と思いながら、葉名は床に座ったまま後退しようとしたが。
葉名の両の手首をつかんだ准は葉名をカウンターに押しつけ、言う。
「今、お前になにかしたら、一生許さないか?」
そう言いながら、准はスカートの上から葉名の膝に触れてくる。
ひー、やめてくださいーっ、と葉名はカウンターにへばりついた。
准の黒い瞳がすぐそこにある。
そこに映る自分の顔が、はっきり見えそうなくらい近くに。
「一生、絶対、許さないんだろ?
――じゃあ、しよう」
と准は葉名の顎に左手をやり、囁いてくる。
「ゆっ、許しますっ。
許しますからっ」
だから、なにもしないでっ、と訴えたのだが、准は、
「そうか、許してくれるのか。
じゃあ、しよう」
と今度はケロッとした顔で言ってきた。
「話、おかしいですよっ。
いたっ!」
と葉名は手を押さえて叫ぶ。
「どうした?」
と葉名の顎にやっていた手を離し、准が訊いてきた。
「シャ、シャーペンの芯が親指に刺さりました~……」
「どうやって……?」
いや、准から逃げようと手に力を入れたときに、持っていたシャープペンシルの先を指の腹に突き立ててしまったのだ。
葉名は、急いで合谷のツボを押してみた。
「……なにしてるんだ」
「い、痛みが軽減されるかと」
「しないだろう。
まだ、刺さってるぞ……芯」
芯が少し刺さったまま折れ、ぷっくり、血の球が出来ていた。
ひいーっ。
直視したくないーっ、と思いながら、葉名はパキラの方を見た。
「パ、パキラには気を落ち着ける作用があるらしいですっ」
痛みが軽減されるかもっ、と合谷を押しながら、葉名は必死にパキラの方を見てみる。
「いや、無理だろう……、そこまでは」
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