そこらで勘弁してくださいっ ~お片づけと観葉植物で運気を上げたい、葉名と准の婚約生活~

菱沼あゆ

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お前にそう言われてみたい ~クワズイモ~

リラックスできるツボ

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 結局、葉名は准に手当をしてもらった。

 痛かったが、まあ、うやむやになって、襲われなくてよかったな、と思ったのだが、准は、ふと思いついたように言ってきた。

「そうだ。
 そこ押してると、ずっとリラックスできるんだよな?」

「は?」

 葉名は、治療中もずっと合谷のツボを押していた。

 手を離すと、痛くなる気がしたからだ。

 すると、准は、
「そうだ。
 押しとけ、そのツボ。
 いや、俺が押しといてやろう」
と言って、葉名の手をつかむと、一応、ツボを押しながら、そっと口づけてくる。



 いや、あのー、片付けまだ途中なんですけどね……、とぼんやり思いながらも、



 なんとなく―― 逃げなかった。

 

「麻酔のツボがあればよかったな」
 朝、葉名が目を覚ますと、そう言い、准が笑いながら、髪をなでてくれた。

 ……どういう意味ですか、と赤くなった葉名の手の合谷ごうこくのツボに触れたあとで、准は、

「だが、お前のその往生際の悪いところも嫌いじゃない」
と言って、葉名の手の甲に唇を寄せてきた。

 ひーっ。
 やめてください、そういうのっ。

 照れるではないですかっ、とうつむく葉名を准は抱き寄せる。

 准の声が耳許で聞こえてきた。

「さっき、目を覚ましてから、お前の両親のことを考えてたんだ。

 長年連れ添ってれば、いろいろあるよな、夫婦って」
と言ったあとで、そりゃそうだよな、と准は言う。

「恋人として、付き合ってるだけなら、いつか飽きたり揉めたりして別れたりするのに。

 夫婦になったら、基本、死ぬまで、ずっと一緒にいるわけだからな。

 だから――
 なにかあって当たり前だと思って、俺たちは頑張ろう」

 葉名を抱いたまま、目を閉じ、准は言ってくる。

 こんな日が来るなんて思わなかったなー、と葉名は、ぼんやり思っていた。

 社長に笑いながら、ソリを押されて、突き落とされたときには……。

 ふいに准は葉名の顎に手をかけ、視線を合わせようとした。

「はっ、恥ずかしいので、やめてくださいっ」
と葉名が目をそらし言うと、

「どうした。
 俺の顔が見られないのか。
 ……まさか、もう、なにかやましいことがあるとか?」
と今、おのれが言った、夫婦なら、いつかなにかがあって当たり前、という言葉の罠におのれがはまってうろたえる。

「いや、昨日の夜からずっと一緒でしたよね……」
と呆れたように言いながらも、実はちょっとぎくりとしていた。

 そうだ。
 まだ、あれを捨ててない、と気がついたからだ。

 寝室を出た准は、
「そうだ。
 昨日、引き出しの中、ぶちまけたままだったな」
とあちこちに鉛筆が転がったリビングの惨状を見て言う。

「でも、結構捨てましたよ」
と言うと、

「じゃあ、残りを缶にでも入れて、しまっとけ」
と言われたので、そういえば、最近流行りの工具入れみたいなお洒落な缶ケースがあったな、とパントリーを探す。

 後ろから覗いた准が、
「お、そういや、此処に毛布があったな。
 ちょっと寒かったんだよな」
とパントリーにあった毛布を引っ張ると、なにかがぱたり、と落ちてきた。

 げっ、と葉名は固まる。

 例の交換日記だ。

 カゴの向こうに落としたつもりが、転がって、毛布の上に載っていたようだ。

「あっ、お前っ。
 捨てたんじゃなかったのかっ。

 さては、他のゴミも捨てられなくて、何処かに隠してるんじゃないのか?」
と言いながら、准はパラパラとそれをめくる。

 ひいっ、と葉名が固まったとき、准の手が止まった。

「……女子、男に点数つけるなよ」
「す、すみません」

 誰が格好いいとか、美奈ちゃんたちが点数をつけていたのだ。

「お、俺は百点じゃないか」
と気を良くした社長だったが、次のページをめくり、

「……『社長なんて、かわいいだけじゃん』」

 その視線が少し上を見た。

 上の方に、そのページを書いた人物の名前が載っているからだ。

「きりしま はな……」

 そうっと逃げようとしたとき、准があのときと同じような笑顔で自分を呼んだ。

「葉名、ちょっと来い」
 そう手招きする。

 ソリを押したときと同じ、あの笑顔で――。



 たたたたたたられました、交換日記にも。



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