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まるで、嫁入りです
きっと、これが初デートです
しおりを挟むうわー、社長の車だ。
ガレージにある奏汰の車は、会社でいつも見る大きな国産車だった。
仕事のときは、さすがに会社の車で運転手付きだが、行き帰りは、奏汰はいつもこの車を自分で運転して帰っている。
つぐみが、乗るとき、何処に乗ればいいんだ、と固まっていたら、
「早く乗れ」
と先に乗っていた奏汰が、助手席に手をついて身を乗り出し、助手席側のドアを少し開けてくれた。
しゃ、社長、自ら……申し訳ございません、と思いながら、つぐみは助手席に乗る。
助手席か。
緊張するな。
嗅ぎ慣れないこの車の匂いにも緊張する、と思っていると、エンジンをかけた奏汰が、前を見たまま訊いてきた。
「何処か行きたいところはあるか」
行きたいとこ……行きたいとこ、行きたいとこ……。
「えーと……雑貨屋さん?」
とつい、いつも行っているところを告げると、すぐに、
「却下だ」
と言われる。
そうですよね。
社長が女の子ばかりの雑貨屋さんで所在なげにしているところ、想像つきませんもんね、と思っていると、
「他にないのか」
と威圧的に言われる。
いや、あんた、考えないのか、と思いながら、反射的に、
「じゃ、ゲーセン」
と言ってしまうと、
「却下だ。高校生か」
と言われた。
だから、お前が考えろ、と内心思いながら、
「じゃあ、本屋さん」
と言うと、今度は返事はなかった。
そのまま、車は走り出す。
近くの大型書店に車は入って行った。
社長的には、休日過ごすの、書店でオッケーなんだな、と初めて知った奏汰の好みに少し笑ってしまった。
結局、二人で書店でウロウロして、また何処に行くかで少し揉めてから、奏汰の行きつけレストランで食事をし、帰ってきた。
普通に楽しくないこともなかったな、と思いながら、つぐみは、こっそり買った料理の本などを自分の部屋に隠す。
食事は明日からは自分が作るようだ。
レパートリーが多くなくて、困っているところを知られたくない、と思っていた。
ちょっとした乙女の恥じらいだ。
父親と話していたのを小耳に挟んだのだが、社長の家は仕事の付き合いで建てたばかりらしく、まだ新しい。
いや、しばらくの間とはいえ、自分が過ごす家のことを小耳に挟んだだけ、というのも問題がある気がするのだが。
それでも、新しい家の真新しいお風呂に入ったりすると、それもまた、楽しくないこともない。
ぼちぼち機嫌のいいまま、
「では、おやすみなさい」
と見覚えの無い箪笥やなにかでいっぱいになったおのれの部屋に向かおうとすると、
「待て」
と腕をつかまれた。
「婚約者っぽく振る舞うために此処に住んでるんだろうが。
このまま、では、おやすみなさいで済むと思っているのか」
と言われる。
申し訳ございませんっ、教官っ、と言いたくなるような口調だった。
「い、いや、あのフリなんですよね?」
と硬いまま、確認するように言うと、そんなつぐみを奏汰も扱いかねているようで、腕をつかんだまま、なにか迷っているようだった。
だが、ふいに、
「キスでもしてみるか」
と言ってくる。
「え、嫌です」
と言うと、奏汰は渋い顔をし、
「まあ、俺もこの状況でしたら、キスひとつで強姦したような騒ぎになりそうだから遠慮したいところなんだが」
と言う。
少し、ほっとしていると、
「そうだな。
じゃあ、酒でも呑んで少し話すか」
と言ってきた。
前から思っていたのだが、社会人になった途端に、
『じゃあ、今度呑みましょう』
が挨拶になるのは何故なのか。
お茶を飲んで語り合ったり、星を見て語り合ったりしたのではいけないのだろうか、と常々思っていた。
だが、今日に関してだけは、一緒に酒を呑むだけで解放していただけるのなら、願ったり叶ったりだ、と思ってしまう。
「はいっ、そうですねっ」
と勢い良く返事をし、解放された嬉しさから、父親に習ったとっておきのツマミまで用意してみた。
ちょうど母親が冷蔵庫に詰めておいてくれた食材の中に、材料があったのだ。
チーズを餃子の皮で巻いて揚げたやつだ。
何処がとっておきだと突っ込まれそうな簡単さだが、それを見た奏汰は、ほう、と言う。
「料理ができたのか」
いや、何処で感心してくれてんですか……と思う。
だが、奏汰が、
「じゃあ、酒は俺が用意してやろう」
と立ち上がってくれた。
意外にマメだな、と思う。
社長なんだから、ふんぞり返ってなにもしないのかと思っていた。
うちの父親など、自分が気の向いたとき、それ、何処の国の料理ですか、というようなのを作る以外、なにもしないのだが、と思いながら、流しとカウンターが一緒になっているキッチンに立つ奏汰を見ていた。
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