眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

お前が美味しそうに呑んでくれれば、それでいい

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 いや、お弁当って……

 どうやって渡したらいいんですかね?



 次の日、図書館でつぐみはお弁当の本を読んでいた。

 うーむ。
 どんなのにしましょうかねー?

 そして、それをどうやって社長室に持っていきましょうかねー?

 この間のお茶持って行きたいんですけど、のときみたいに、西和田さんに、
「お弁当はいかがですか」
と訊いてもらうとか?

 ……駅弁か。

 そのとき、斜め下にあったカクテルの本が目についた。

 いろいろあるんだなあ、と思って、めくっていると、エッグノッグのページが目に入った。

 エッグノッグのノッグは、nogginと呼ばれるアルコールを注ぐための木のカップから来ているという説もあるようだった。

 ふーん。
 だから、奏汰さんは木のカップに入れてみてたのか。

 ……私もいつかカクテル作ってみたいな。

『俺は、お前が美味しそうに呑んでくれれば、それでいい』

 そんな奏汰の言葉を思い出しながら、つぐみはその本を手に取った。
 


 なにやってるんだろうな……。

 翌日のお昼前。

 西和田は、妙にコソコソしているつぐみを廊下で発見した。

 スパイとしては気になるところだ。

 左右を窺い、そっと社長室に入っていくつぐみの手には怪しげな紙袋が――。

 なんとなく後を追っていた。
 


 つぐみの気配がするな、とキーを叩く手を止め、奏汰は顔を上げた。

 ドアの向こうから、なんだか落ち着きのない気配がする。

 すると、コンコン、とドアが叩かれ、

「海……」
と声がした。

 決めてねえだろ、合い言葉。

 そして、定番は、山で川だろ。

 海……?

「カメ」
と言うと、ドアが開いた。

 いや、何故、開く。

 そして、そもそも逆だ。

 開けるの俺だろ。

 中に居るの俺なんだから……と思っている間にも、油断なく辺りを見回したつぐみが、するっと入ってくる。

「お弁当です」
と両手で差し出し、頭を下げる。

「お前……、なにかヤバイものを運んできた人みたいになってるぞ」
と言ったのだが、周囲を気にするつぐみは、誰か来る前にと思ったのか、人の話も聞かずに、ではっ、と去っていく。

 いや、お前、辺りを窺いすぎて、逆に目立っているが……。

 怪しいことこの上ないぞ、と思いながら見送る。

 まあ、見咎められたら、真実を話せばいいだけのことなのだが。

 よく考えたら、つぐみが婚約者であることを隠す理由は何処にもない。

 成り行きでそうなったが、とりあえず今、破談にしたいとは思っていないからだ。

 つぐみの方は知らないが――。

 お昼にはまだ時間があったが、なんとなく待ちきれず、そっと包みをといて開けてみる。

 お、俺の好きな肉巻きおむすびだ。

 卵焼きもある。
 ミートボールも。

 子どもの好きなものが多いな。

 自分が好きな物入れただけなんじゃないのか?

 ……俺も好きだが。

 小ぶりな桜餅まで並んでいるな。

 季節感のない奴め。

 やっぱり自分が食べたかったんじゃないのか……?

 しかし、どうでもいいが、何故、重箱に風呂敷。

 運動会か。

 ……そして食べきれん、と奏汰は三段になっている重箱を見た。
 

 しばらくすると、ノックの音がして、西和田が入ってきた。

「社長、お昼は――」

 どうされますか、と訊かれる前に、
「いや、今日はいい」
と言うと、西和田は、チラとデスクの端にある重箱を見て、

「秋名ですか。
 失礼、奥様ですか」
と言い直す。

「いや、此処では一社員だ。
 秋名でいい」

 妻どころか、婚約者であるかどうかも怪しい女だからな、と思いながら言った。

 肝心な妻の役目、なんにも果たしてないしな……。

 ふと気づくと、西和田が興味津々、重箱を見ている。

「見るか」
と蓋を開けて見せると、すぐに覗き込んでくる。

「へえ。意外に料理上手ですね」

「……食べてないのに、その根拠は?」
と言うと、

「焦げてない」
と言う。

 どんだけ、つぐみに対して想定しているレベルが低いんだ、と思った。

 小学生の調理実習か。

「一緒に食べるか? 多いから」
と言うと、

「いえいえ。
 勝手に愛妻弁当を食べたら、秋名に怒られますから」
と遠慮して言ってくる。

 いや、ひとりでは食べ切れそうにないんだが……。

 しかし、本当に他の男に食べさせたいかと言うと、そんなこともないような気がしていた。

 つぐみ、初のお弁当だからだろうか。

 朝から、
『決してこちらを見ないでください』
と鶴のようなことを言って、せっせと詰めていた。

 初のお弁当、か。

 これが最初で最後にならなきゃいいんだが、と思いながら、見た目も美しく並んだおかずを見ながら思っていると、西和田が、

「冷蔵庫に入れておいて、持ち帰られるといいですよ。
 二人なら、それで晩ご飯も食べられます」
と言ってくる。

 そうだな、と答えた。

 見れば、箸は一人分しかない。

 これ全部一人で食べられるとでも思っているのか、つぐみ、と思いながらも、なんとなく笑っていた。

「……失礼します」
と西和田が出て行った。

 少しして気づく。

 そういや、あいつ、なにしに来やがったんだ? と。
 
 

「最近、社長は楽しそうだ」
 つぐみが給湯室で湯呑みを棚に片付けていると、背後から声がした。

「うわっ、西和田さん、何処から来られましたかっ」
と茶碗を落としかけて、あたふたしながらつぐみは言う。

「いやまあ、どちらかといえば、社長をお前に夢中にさせておいた方がいいんだが」

「大変ですね、スパイも」
とうっかり言ってしまい、声がデカい、と睨まれる。

「お前の方がすごい女スパイ並みだぞ。
 身体も使わずに社長を虜《とりこ》にするとは」

 あれ……、虜になってますかね? と思いながら、

「いや、単に私が、次になにをしでかすかと思って、気になっているだけのような気がするんですけど」
と言うと、

「ところで、すごい弁当だったが、お前も弁当なのか?」
と西和田は訊いてくる。

 はい、と言って、つぐみはにんまり笑った。

「少しいかがですか?」
と訊いてみたのだが、

「……いい。社長に殺されそうだから」

 そう言って、西和田は出て行った。
 
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