眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

無理強いはしない

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 部屋に戻ったつぐみは、此処へ来るとき持って来たトランクをドアの前に置いた。

 本当なら棚とか動かして開かないようにしたかったのだが、それらを動かすような力はなかった。

 でも、これなら、奏汰さんが入って来ようとしたら、トランクが倒れるからわかるはず。

 よしっ、と思った瞬間、いきなり、ドアが外に開いた。

「つぐみ」
 足音もなく立っていた奏汰に、つぐみは、ひーっ、と息を呑む。

「……なにやってるんだ」
と奏汰は足許にあったトランクを見て言ってくる。

 ひょいとそれをまたいで、入ってきた。

 そうだ……。

 外開きだった、このドア、と自分の粗忽そこつさを呪いながら、トランクを見ているつぐみの頭の上で、奏汰が、

「逃げるな。
 無理強いはしない」
と言ってくる。

 いやっ、しましたよねっ、今っ、とつぐみは身構える。

「本当だ」
と言う奏汰は本当にそれ以上、入っては来なかった。

「始まり方が気に入らないのはわかる。

 でも、俺はお前が――」

 ……お前が?

「お前が――」
と言いかけ、奏汰は黙る。

 お前がっ!?
とつぐみは思わず、身を乗り出していた。

「お前が迫ってきてどうする」
と奏汰は溜息をつき、つぐみの額を掌で押し返してきた。

「ともかく」

 あ、話変えた。

「別に誰でもよかったわけじゃないんだ。

 信じてくれ、おやすみ」
とだけ言って、帰っていってしまった。

 お前がっ!?
とまだ思いながら、廊下に顔を覗けて、つぐみは去っていく奏汰を見送った。

 お前が――

 なんなんだろう。

 お前がめんどくさいんだ。

 お前が不気味だ。

 お前が――

 お前がなんなんだーっ!?
と飛び込んだベッドの中で、布団に頭を突っ込み、つぐみは一晩中、考え込んでいた。



 部屋に戻った奏汰は考える。

 お前が――

 なんだったんだろうな?

 思わず言いそうになったが、なにを言おうとしたのかはわからない。

 いや、素直に認めたくないというか。

 そうかなーと思いつつも、認めると負けた感じがするというか。

 つぐみ……。

 さっきまで、つぐみが座っていた場所がまだ温かい気がした。

 そこに頭をのせる。

 目を閉じると、つぐみの怪しい賛美歌が聞こえてくる気がした。

 つぐみ……。

 俺はお前が――

 その先を、夢の中、塔の上から降りてくる気のないつぐみに言いながら、奏汰は眠りに落ちていた。


「どうした? 寝不足そうだな」

 会社に行くと、つぐみは西和田にいきなりそう言われた。

「はあ、なんだかいろいろありまして」

 少し考えていた西和田は、
「秋名っ」
といきなり叱りつけるようにつぐみの名を呼んだ。

「ちょっと来い」
 その目つきに、出会った頃の西和田のようなよそよそしさと警戒心を感じて、ひっ、と思う。

 そのまま秘書室から少し離れた小会議室に連れていかれる。

 秘書室を出るとき、おっ、また、秋名が叱られるのか? とからかい半分みんなが見ているなか、英里はなんだか心配そうな顔をしていた。
 

「入れ」
と小会議室のドアを開けた西和田に言われ、

「し、失礼します」
とつぐみは緊張して中に入る。

 しかし、釈然としないな、と思っていた。

 朝の気分よりももっと。

 ちょっと寝不足だったと言っただけで、何故に私は叱られるのでしょうか、と思っていると、西和田はどっかりとホワイトボードの前に座り、

「座れ」
とつぐみにも言った。

「は、はい」
とかなり離れて、戸口付近に座ると、

「何故、そんなに離れる?」
と問われた。

 ……逃げられるようにです、と思ったが、学校の部活ではないのだ。

 叱られている途中で逃げ出したら、怒られる、では済まないだろうな、と思っていたら、西和田は、突然、いつもの口調で、

「で、なんで、寝不足なんだ?」
と身を乗り出し、訊いてきた。

 おや? と思っている、つぐみのきょとんとした顔を見、
「なんだ、俺が怒ってると思っていたのか」

 そうじゃない、と言う。

「お前を此処に呼び出すのなら、叱る感じがいいだろうなと思って」

 緊張していた分、行き倒れそうになる。

 いやいやいやっ。
 めちゃめちゃ身構えてしまったではないですかっ。

「リアル過ぎです~」
と文句を言うと、西和田は、ははは、と笑い、

「で、なんで、寝不足なんだ?」
と改めて訊いてきた。

「スパイ活動熱心ですね……」

 自分がいろいろありまして、と言ったので、いろいろとは社長のことだろうと思って訊いてきたのだろう。

「でも、これは幾ら西和田さんでも話せませんね」

 怒られないのならいいや、という安心感もあり、ぷい、と顔を背けると、西和田は、
「そうか」
と言って立ち上がり、いきなり、ドアを開けて叫ぼうとした。

「此処に社長の奥さんが――っ」

 うっ、と西和田が声を上げる。

 思わず、横から腹を殴っていた。

「なんだ、その素早さ。
 お前こそ、何処の暗殺者アサシンだっ」
と言われるその間にも、後ろからその口を塞ぐ。

 離せーっ、と叫ぶ西和田の横から、ぱたんとドアを閉めた。


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