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眠らせ森の恋
いいのか、バレるぞ
しおりを挟む二時間経って、奏汰が起きてきた。
呼ぶ前にリビングに下りてきた奏汰に、つぐみは言う。
「奏汰さん、食欲ないでしょうけど、食べていってください。
しょうがとスッポンの雑炊です」
「スッポン捌いたのか?」
「いや……、買ってきたんですよ。
どんな職人ですか、私」
栄養満点ですよ、と奏汰の前に土鍋を出しながら言うと、奏汰は、
「滋養強壮によかったらまずいんじゃなかったのか」
と言ってくる。
「いいんです。
食べてください。
元気になって」
そう言うと、奏汰は椅子に座りながら、
「キスのひとつもしてくれた方が滋養強壮にはいいんだが」
と呟く。
弱ってるのに、この状況で暇なこと言うなあ、と思いはしたが、れんげを忘れたので、持っていきつつ、軽く触れる程度にキスしてみた。
言っておいて、奏汰は驚いたように固まっている。
「はい、最後まで残さないで食べてくださいね」
スーツ出しておきますよ、と言って、つぐみは二階に上がっていった。
「なんだか真っ直ぐに歩けてない気がするが、気のせいだろうか」
そう呟く奏汰につぐみは、
「いえ、本当に歩けてません」
と言う。
迎えに来た車に乗るのにも手を貸す始末だ。
「一緒に乗っていいですか?」
と言うと、奏汰は、
「バレるぞ。いいのか」
と言ってくる。
「いいですよ。
西和田さんに言われて、お迎えに行ったと言いますから」
そう答えた。
今の奏汰を一人にはしておきたくなかった。
奏汰はまだ薬が効いているのか、ぼんやり外を見て言う。
「風邪とはこんなに辛いものだったのか」
死ぬかと思った、と言っている。
滅多にひかない人間がひくと、オーバーでうるさいな、とつぐみは思っていた。
さっきまで、辞世の句でも読みそうな勢いだったからだ。
今まで風邪ひいた奴らを邪険にして悪かった、と奏汰は突然、反省し始める。
まあ、このワンマン社長にはいい経験だったようだな、と思った。
父親のせいで、スタートした時点から敵が多かったから、多少強引になるのは仕方がなかっただろうが。
立ち止まる暇もないほど働き続けたこの若社長は、自分が風邪をひいたことが余程ショックだったのか、まだ、ぶつぶつと言っている。
「ああ、それにしても、この俺が風邪なんぞにかかるとは。
きっと気分の問題だ。
お前がいつまでも俺の物にならないから。
……ああ、松本部長も乗っていましたね」
人事の部長が今、手が空いていたらしく、運転手について来ていた。
「いえ、あのー。
私が一緒に家から出て来た時点で、既にかなりびっくりされているので、もうどうでもいいです」
そうつぐみは言ってしまう。
そうか、と頷いた奏汰は自分よりも随分年上の部長に頭を下げ、
「松本部長。
これが婚約者なのに、なにもさせない私の秋名つぐみです」
と紹介し始める。
「社長、私の、の入る位置が違います」
私の婚約者だろうが。
今すぐ眠りのツボを押したい、と余計なことばかり口走る奏汰に思う。
「松本部長、本日、同席されますか?」
とつぐみが助手席の松本に訊くと、未だ事態に付いていけていない松本は、ただ、こくこくと頷いてくる。
「では、社長には、あまり発言させないようにしてください。
よろしくお願いします」
と言って、頭を下げた。
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