55 / 58
眠らせ森の恋
いいのか、バレるぞ
二時間経って、奏汰が起きてきた。
呼ぶ前にリビングに下りてきた奏汰に、つぐみは言う。
「奏汰さん、食欲ないでしょうけど、食べていってください。
しょうがとスッポンの雑炊です」
「スッポン捌いたのか?」
「いや……、買ってきたんですよ。
どんな職人ですか、私」
栄養満点ですよ、と奏汰の前に土鍋を出しながら言うと、奏汰は、
「滋養強壮によかったらまずいんじゃなかったのか」
と言ってくる。
「いいんです。
食べてください。
元気になって」
そう言うと、奏汰は椅子に座りながら、
「キスのひとつもしてくれた方が滋養強壮にはいいんだが」
と呟く。
弱ってるのに、この状況で暇なこと言うなあ、と思いはしたが、れんげを忘れたので、持っていきつつ、軽く触れる程度にキスしてみた。
言っておいて、奏汰は驚いたように固まっている。
「はい、最後まで残さないで食べてくださいね」
スーツ出しておきますよ、と言って、つぐみは二階に上がっていった。
「なんだか真っ直ぐに歩けてない気がするが、気のせいだろうか」
そう呟く奏汰につぐみは、
「いえ、本当に歩けてません」
と言う。
迎えに来た車に乗るのにも手を貸す始末だ。
「一緒に乗っていいですか?」
と言うと、奏汰は、
「バレるぞ。いいのか」
と言ってくる。
「いいですよ。
西和田さんに言われて、お迎えに行ったと言いますから」
そう答えた。
今の奏汰を一人にはしておきたくなかった。
奏汰はまだ薬が効いているのか、ぼんやり外を見て言う。
「風邪とはこんなに辛いものだったのか」
死ぬかと思った、と言っている。
滅多にひかない人間がひくと、オーバーでうるさいな、とつぐみは思っていた。
さっきまで、辞世の句でも読みそうな勢いだったからだ。
今まで風邪ひいた奴らを邪険にして悪かった、と奏汰は突然、反省し始める。
まあ、このワンマン社長にはいい経験だったようだな、と思った。
父親のせいで、スタートした時点から敵が多かったから、多少強引になるのは仕方がなかっただろうが。
立ち止まる暇もないほど働き続けたこの若社長は、自分が風邪をひいたことが余程ショックだったのか、まだ、ぶつぶつと言っている。
「ああ、それにしても、この俺が風邪なんぞにかかるとは。
きっと気分の問題だ。
お前がいつまでも俺の物にならないから。
……ああ、松本部長も乗っていましたね」
人事の部長が今、手が空いていたらしく、運転手について来ていた。
「いえ、あのー。
私が一緒に家から出て来た時点で、既にかなりびっくりされているので、もうどうでもいいです」
そうつぐみは言ってしまう。
そうか、と頷いた奏汰は自分よりも随分年上の部長に頭を下げ、
「松本部長。
これが婚約者なのに、なにもさせない私の秋名つぐみです」
と紹介し始める。
「社長、私の、の入る位置が違います」
私の婚約者だろうが。
今すぐ眠りのツボを押したい、と余計なことばかり口走る奏汰に思う。
「松本部長、本日、同席されますか?」
とつぐみが助手席の松本に訊くと、未だ事態に付いていけていない松本は、ただ、こくこくと頷いてくる。
「では、社長には、あまり発言させないようにしてください。
よろしくお願いします」
と言って、頭を下げた。
あなたにおすすめの小説
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!