眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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眠らせ森の恋

お前はロクな魔女じゃない

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 退出したつぐみを英里たちが待っていた。
「社長、大丈夫?」
と訊かれ、はい、たぶん、と振り返りながら言う。

「で、結婚するわけね」

 聞いていたのか、そう言ってきた。

「……はい、弾みで」
と言うと、

「なに渋い顔してんのよ。
 社長のなにが不満なのよ」
と睨まれる。

「いや、不満、というわけではないのですが。

 なにかこう、結局、社長の思惑と策略にはまったようなというか」

「あら、はまりたいわ。
 そういう策略なら」
と英里は言い、正美は笑っていた。

「あんた、社長が嫌いなの?」
と正面切って英里に問われる。

 つぐみは、うーん、と考えた。

 一緒に写真を撮られてからの様々なことが思い出された。

 強引で勝手な人だとは思うが、一緒に暮らしていて楽しくなかったかと言うと、そんなこともない。

 そういえば、いつぞや、お父さんが、
『あのくらい強引な男じゃないと、お前、結婚まで話進まないだろう』
と言っていたが。

 まあ、それはそうかもな、とも思う。

「でも、始まり方がおかしかっただけに釈然としないというか」

 そう呟いて、
「あんた、さっき、始まり方は関係ないって、大演説してなかった?」
と呆れたように言われる。

「あれは、あの場をまとめるためですよ」
と言っていると、すっかり歩けるようになった奏汰が出て来て、

「ロクな魔女じゃないな」
と言ってきた。

「……魔女?」

「かぼちゃのパンツまで持って逃げる強欲な魔女だからな」
と奏汰はよくわからないことを言って、眉をひそめる。

「そういう物語だよ。

 お姫様を捕まえたと思ったら、魔女で。

 毎晩、人を眠らせようとしては、自分が寝るんだ。

 それでしょうがない、オオカミはいつも魔女をベッドまでお姫様抱っこで運んで差し上げるんだ」

 なにもさせてはくれないのにな、と奏汰が言うと、英里が、
「……あんた社長になにさせてんのよ。

 っていうか、なにしてたのよ。
 一服盛ってたの?」
と訊いてくる。

「まあ、いい会合だったんじゃないですか」

 いきなり、真後ろで声がして、うわっとつぐみたちは振り向く。

 専務が立っていた。

「社長は今まで隙がなさ過ぎて。
 常に上から物を言ってくるし。

 形だけ頭を下げても、下げてる感じなかったし」
と笑った顔のまま専務は言う。

 奏汰さん……。
 専務にまでそうだったんですね、と思いながら、つぐみは聞いていた。

「今日は会議としてはどうかと思いますが、初めて社長の人間味が見えてよかったんじゃないですか?」

 幾ら仕事が出来ても、隙のない、機械みたいな人間じゃ、応援しようという気にならない、と言う。

「そこのお嬢さんの言う通りですよ。
 考えてみれば、いいところもないでもないでもない」

 奏汰はその程度なんですか、という顔をしていたが、専務は、ははは、と笑う。

「会社なんて呉越同舟ごえつどうしゅうで当たり前。
 まあ、頑張っていきましょう」
とポン、と奏汰の肩を叩く。

 専務、と奏汰の側に居た西和田が呼びかける。

「私ももう歳だ。
 そう長くは会社に居ないでしょう。

 君を社長につけたのは、君の今後のことを考えてのことだよ。

 君が私につきたいと言ったから、スパイしろと言って社長の許に行かせたが。

 スパイしているつもりで、眺めていたら、社長のこともよくわかって重宝されたろう」

 ……専務。
 立派な人だ。

 悪人ヅラだが、奏汰さんより、よっぽど、と思っていると、奏汰に、
「つぐみ、思ってることが顔に全部出てるぞ……」
と言われる。

「第一、君はもう立派な社長の秘書だ。
 秋名くんのことを私に報告しなかったろう」

「ご存知でしたか」
と言うと、前社長から聞いていた、と言う。

「息子に気に入った子が出来たらしくて、結婚したいと言っている、と」

 西和田くん、と微笑み、専務は、彼を見上げて言う。

「あのときの唐揚げ、美味しかったよ。
 君が急いで揚げてくれた唐揚げ。

 進学のために家を出る孫と、旅立つ前に、一緒に食べられて嬉しかった」

 専務っ、と西和田は感涙にむせんでいたが、奏汰は、
「唐揚げ……。
 俺は唐揚げの恩で雇われた西和田にスパイされてたのか」
と呟く。

 横で、つぐみは、
「美味しいですよ、コンビニの唐揚げ」
と笑って言った。



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