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第二章 覗き女

咲夜という女

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 翌朝、那津は道具屋を訪ねた。

 昨日の顛末と、自分に似た与力が居るらしい話をすると、隆次は笑って言う。

「いいじゃないか。
 じゃあ、今度から辻斬りを調べたいときには、その忠信様とやらの真似でもすれば」

 こいつ、実は小平と頭の中似てんじゃねえのかと那津は思った。

 忠信とかいう与力は、あの裏茶屋の主人の知る誰かに殺されたのだろうか。

 そんな風な話を隆次にすると、

「まあ、江戸はまさかの町と言うからな。
 何処で何があってもおかしくない。

 だから、宵越しの銭を持たずに、楽しく生きるのさ、江戸っ子は」
と言う。

「そう言われてみれば、町を行く霊も何処となしに楽しそうに見える」

 おいおい、と言った隆次だったが、霊、という言葉に那津の後ろを見ていた。

 明野の憑いている背中を見つめるその表情に、
「……抱きつくなよ」
と那津が言うと、

「そのくらいの見境はある」
と言ってくる。

「それに、俺が好きだったのは、あの美しかった明野だ」

 思い出すように目を細める隆次に、死んでも結構奇麗なままなんだが、と思ったが、かえって酷な感じがしたので言わないでおいた。

「咲夜と明野はよく似ているが。
 不思議とあれにはなんの感情も湧かないんだ。

 あまりにも性格が違うからかな」

 咲夜は、明野が目指した一流の花魁にはなれそうにもない、と隆次は言う。

「あいつは男心の機微がまるでわかってない」

 確かに、と那津は笑いそうになる。

 あの使えない遊女に比べたら、その辺の町の女の方がまだ気が利いている。

「咲夜は、周五郎に偽物の玩具だと思って、死人の指を渡した女だからな。

 いや、まあ、普通に遊女がやってることだが。

 遊女のしきたりの何たるかも知らずにやったらしい。

 周五郎はさすが、それが熱烈な愛の告白ではないとわかったようだが。

 明らかに咲夜のものじゃない人間の指を押し付けられて、仕方なく家に持ち帰ったようだよ」

 まったく呆れた女だ。

 だが、隆次も自分もその間抜けさを好ましく感じているのは確かだった。


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