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この国には宝珠があるでしょう?
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接見は公爵位である父親が大宰相であったから、かなりスムーズに日時が決められた。その日のうちに仕事と接見の約束をしてきた父親は、間違いがあってはならぬと、帰ってくるなりアンナを質問攻めしていた。
「アンナ、もう一度聞かせておくれ。前の生の時に君は王妃だったんだね?」
「そうよ。王太后というのにもなったわ。私の息子が王になって、かわいらしい妃を迎えていたわね」
「その娘の名前は覚えているかい?」
父親のその物言いは父親然としていたが、当の本人は床に跪いている。メモ用紙を片手に、落ちぬよう侍女に抱えられたアンナを見上げて。
板挟みとなっている侍女は、その歪さに笑いをこらえるので必死だった。
「えっと…確かマリアンヌだったかしら? どこだかの侯爵家から王家に嫁いできたの。素直で勤勉で、優秀な妃だったからちょっと贔屓したの」
「贔屓?」
「彼女ね、子どもが授かりにくい身体だったの。機能的に出来にくいのではなくて、その身体の持つ運命が生まれたときからそうと決まってしまっていて…。だからアルテに頼んで運命を少し変えてもらったのよ。アルテは私の弟よ。人間に生まれることも私のように転生することはない純粋な女神なの」
「弟なのに女神なのかい?」
「…あなたたちは私たちを神と崇めるでしょう? そのすべてを女神とするでしょう? ならば弟も女神ではなくて?」
「…」
これまでの知識をひっくり返し、どうにかこうにか返しの言葉を父親は探した。かなり格闘したがとうとう見つけることはできなかった。こてんと首をかしげる娘が、あまりにも可愛すぎて。
そこから菓子をアンナにつまませながら、いくつもの質問を続けた。マリアンヌという名前もその時の王も、前の前の生の時の記憶でさえも王国の歴史録とほとんど同じであった。生まれてから屋敷の限られた部屋でしか生活してこなかったアンナが普通は知りえないことも淡々と話す。紛れもない女神の生まれ変わりであるとそのすべてで語っていた。
「約束のことを聞いてもいいかい?」
「…これは王様と時の大宰相との約束なの。たとえこの世に生み落としてくれた父親とはいえ、言えないわ」
「今の大宰相がわたしでもかい?」
「あら…それなら大丈夫じゃないかしら。きっとダミアンも許してくれるでしょう。あくまで王様と大宰相とわたくしの約束だし」
ダミアンは当時の大宰相である。歴史録には若くして宰相に名を連ねた天才として書かれ、その生涯では妻を持つことなくすべてをかけて国に尽くしたとされている。だが、アンナに言わせてみれば、彼はただただ丸暗記とその応用に特化した頭脳をしていただけで、妻を持たなかったのはその能力の反動か、性に奔放であったからだという。
『妻帯してしまえば遊べなくなる』
これが彼の口癖であったらしい。公表していないだけで子どもは両手で足りないほどにいた、と幼い口で何でもないことのようにアンナは言う。
国の運営に携われば、公表される表向きの王国史と意図的に書かれない裏の史実とのギャップを知るが、これほどくだらない裏を父親は知りたくなかったとがっかりしていた。憧れの政治人のひとりでもあったから。
「この国には宝珠があるでしょ」
「ああ…」
多くの国民には隠されているもののひとつである宝珠。これはシーリアンテ公国を守っている神器である。それが存在することで沿岸をぐるりと囲むように結界が張られ、しかしそれは年に一回の祭りでしか見ることはできない。
「それはね、ダミアンから提案されたの。私の子供が王として治めている国の安全を保障してくれ、って。けれどこれ以上割けるほどの力はもう私には残っていなかった。あなたたちに寿命をあげたから。だから、私の眼をくりぬいたの」
「くりぬいた?!」
父親はおうむ返しに叫び、菓子を供給していた侍女はぎょっとしてその手が止まる。
「あれは貸したものよ。私の子が王となった世だけを守るために。そもそも海に囲まれているこの国に大層な結界は絶対必要ということはないでしょう? だから次に転生した時にすぐに返してもらうことになっているの」
確かに大海に囲まれたこの国には攻め入る他国も大陸のどこかに生息しているという魔族も滅多に来ない。それでも使節から伝え聞く大陸の話に恐怖するのは国民だけではない。返していいものかとも父親は逡巡した。それを読み取ってか、アンナはふっと微笑む。
「そう心配することはないわ。…予言しましょう。未来永劫、国外からの侵攻はないわ。絶対よ。これで安心できたかしら?」
「まあ、そうだね」
ふと、菓子を食むアンナの口が止まった。瞼は重そうに下がりつつある。
「ん…やっぱりまだ眠くなってしまうのね…」
こく、こくと船をこぐようになり、メモ用紙を置いた父親はアンナを抱える。片腕に収まるほどの小さな体に、これ以上ないほどの愛おしさを感じずにはいられなかった。
「ベッドの準備を」
侍女は頭を下げて部屋を後にする。二人きりになった部屋で父親はそっとつぶやいた。
「わたしが死ぬまでは、お前の父親でいさせておくれ」
すでにすうすうと気持ちよさそうに寝息を立てていたアンナが「いいわ」と言ったような気がした。そんなわけがないと苦笑し、新調したばかりのベッドにアンナを寝かせる。あふれんばかりの愛情をのせて、その額にキスをした。
「アンナ、もう一度聞かせておくれ。前の生の時に君は王妃だったんだね?」
「そうよ。王太后というのにもなったわ。私の息子が王になって、かわいらしい妃を迎えていたわね」
「その娘の名前は覚えているかい?」
父親のその物言いは父親然としていたが、当の本人は床に跪いている。メモ用紙を片手に、落ちぬよう侍女に抱えられたアンナを見上げて。
板挟みとなっている侍女は、その歪さに笑いをこらえるので必死だった。
「えっと…確かマリアンヌだったかしら? どこだかの侯爵家から王家に嫁いできたの。素直で勤勉で、優秀な妃だったからちょっと贔屓したの」
「贔屓?」
「彼女ね、子どもが授かりにくい身体だったの。機能的に出来にくいのではなくて、その身体の持つ運命が生まれたときからそうと決まってしまっていて…。だからアルテに頼んで運命を少し変えてもらったのよ。アルテは私の弟よ。人間に生まれることも私のように転生することはない純粋な女神なの」
「弟なのに女神なのかい?」
「…あなたたちは私たちを神と崇めるでしょう? そのすべてを女神とするでしょう? ならば弟も女神ではなくて?」
「…」
これまでの知識をひっくり返し、どうにかこうにか返しの言葉を父親は探した。かなり格闘したがとうとう見つけることはできなかった。こてんと首をかしげる娘が、あまりにも可愛すぎて。
そこから菓子をアンナにつまませながら、いくつもの質問を続けた。マリアンヌという名前もその時の王も、前の前の生の時の記憶でさえも王国の歴史録とほとんど同じであった。生まれてから屋敷の限られた部屋でしか生活してこなかったアンナが普通は知りえないことも淡々と話す。紛れもない女神の生まれ変わりであるとそのすべてで語っていた。
「約束のことを聞いてもいいかい?」
「…これは王様と時の大宰相との約束なの。たとえこの世に生み落としてくれた父親とはいえ、言えないわ」
「今の大宰相がわたしでもかい?」
「あら…それなら大丈夫じゃないかしら。きっとダミアンも許してくれるでしょう。あくまで王様と大宰相とわたくしの約束だし」
ダミアンは当時の大宰相である。歴史録には若くして宰相に名を連ねた天才として書かれ、その生涯では妻を持つことなくすべてをかけて国に尽くしたとされている。だが、アンナに言わせてみれば、彼はただただ丸暗記とその応用に特化した頭脳をしていただけで、妻を持たなかったのはその能力の反動か、性に奔放であったからだという。
『妻帯してしまえば遊べなくなる』
これが彼の口癖であったらしい。公表していないだけで子どもは両手で足りないほどにいた、と幼い口で何でもないことのようにアンナは言う。
国の運営に携われば、公表される表向きの王国史と意図的に書かれない裏の史実とのギャップを知るが、これほどくだらない裏を父親は知りたくなかったとがっかりしていた。憧れの政治人のひとりでもあったから。
「この国には宝珠があるでしょ」
「ああ…」
多くの国民には隠されているもののひとつである宝珠。これはシーリアンテ公国を守っている神器である。それが存在することで沿岸をぐるりと囲むように結界が張られ、しかしそれは年に一回の祭りでしか見ることはできない。
「それはね、ダミアンから提案されたの。私の子供が王として治めている国の安全を保障してくれ、って。けれどこれ以上割けるほどの力はもう私には残っていなかった。あなたたちに寿命をあげたから。だから、私の眼をくりぬいたの」
「くりぬいた?!」
父親はおうむ返しに叫び、菓子を供給していた侍女はぎょっとしてその手が止まる。
「あれは貸したものよ。私の子が王となった世だけを守るために。そもそも海に囲まれているこの国に大層な結界は絶対必要ということはないでしょう? だから次に転生した時にすぐに返してもらうことになっているの」
確かに大海に囲まれたこの国には攻め入る他国も大陸のどこかに生息しているという魔族も滅多に来ない。それでも使節から伝え聞く大陸の話に恐怖するのは国民だけではない。返していいものかとも父親は逡巡した。それを読み取ってか、アンナはふっと微笑む。
「そう心配することはないわ。…予言しましょう。未来永劫、国外からの侵攻はないわ。絶対よ。これで安心できたかしら?」
「まあ、そうだね」
ふと、菓子を食むアンナの口が止まった。瞼は重そうに下がりつつある。
「ん…やっぱりまだ眠くなってしまうのね…」
こく、こくと船をこぐようになり、メモ用紙を置いた父親はアンナを抱える。片腕に収まるほどの小さな体に、これ以上ないほどの愛おしさを感じずにはいられなかった。
「ベッドの準備を」
侍女は頭を下げて部屋を後にする。二人きりになった部屋で父親はそっとつぶやいた。
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