4 / 17
『人間は傲慢だよ』
しおりを挟む
接見は王の間でおこなわれた。その部屋の上座に座るは、わずか三歳の幼女。これはまるで国王の、女神に対しての謁見のようであった。
「この度は王城までお越しくださり、至上の感謝を申し上げます。女神さまにおきましてはご機嫌麗しく」
「ええ。…王というのは多忙であると前の生で嫌というほど知ったわ…。この国をつくってあげた時は、あの子が喜んでくれると思って願いをかなえたのだけれど、少し違ったのではと思わずにはいられないの」
「何をおっしゃいますやら。女神さまのおかげでこんにちまで国が栄えることが出来たのです。この国で生きられることに幸福を感じ、国民は皆、女神様を崇めております」
「…今日ここに来たのはね、宝珠を返してもらうためよ。どこにあるの?」
「はい、ここに」
侍従が宝珠をのせたクッションを抱えて来、国王とアンナの前に跪いた。
「これは…」
アンナはその小さな手を口に当てる。どす黒く濁ったその球は明らかな穢れを孕んでいた。女神の一部がそう簡単に穢れに取り込まれることはない。何か原因があるはずだと、アンナは国王を見た。
「女神様、申し訳ありません。数年前、罪人のひとりが宝珠を保管している部屋でその血を散らしてしまったのです。…その罪人は罪に向き合うことも、償うこともせずにただ拘束から逃げることだけを考えていました。脱獄途中、」
国王の言葉が止まった。苦しそうに自らの胸元を握りながら、再び口を開いた。
「…わが妃をその場で人質に取り…殺したのです。罪人を追い詰めた場所は、忍び込んだ宝珠の部屋でございました。妃の血と罪人の血が宝珠にかかってしまったのです。…本当に、本当に、申し訳ございません…」
とうとう嗚咽を漏らしてしまい、国王はその場で頽れた。その後ろに控えるアンナの父親は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
愛していた妻である妃を亡くした夫として泣き崩れる国王と父親のその表情。淡々とその場を見守るアンナだけにはただひとつの真実が見えていたから、二人の姿は滑稽にすら思えた。
『人間は傲慢だよ』いつだったか弟のアルテが言っていた言葉を思い出す。
これが傲慢な人間の姿というものかと、アンナはひっそりと納得した。
「そう、分かったわ。もはやそれは俗に染まりすぎて人間の物となってしまってるの。でも宝珠は返してもらわないと困るの。王様、何か考えがある?」
「はい。…こちらの宝珠はすでに何度も清めの水に潜らせております。いわば、わたくしどもにできる浄化は、すべて手を尽くしている状態でございます。願わくば、女神様の寛大なお心でこちらを受け取っていただけないでしょうか。ここにいる愚かな人間のひとりとして、宝珠を奉じたく思います」
「受け入れましょう。宝珠をこれへ」
侍従は頭を下げ、その上に宝珠を掲げながらアンナの前で跪く。周囲の光を吸収しているかのような淀んだ色の玉にアンナは手をかざした。
幼い手には余るほどの大きな玉は光を放ち、その光はその場を包み込んだ。眩しさに目を閉じたあとには、心地の良い静寂だけが残った。
「確かに返してもらったわ。これは奉物ね。ならば恩恵で応えましょう。何を望むの? ひとつだけ叶えるわ」
「…婚約を、切に願います。我が息子、ヴィシャール・シーリアンテとアンナ嬢の婚約を。どうかお聞き届けください」
「いいでしょう。二言はありません」
「ありがたき幸せにございます。では、書類の準備を…」
しばらくして侍従が持ってきた書類に、王は目を通してからさらさらとサインをする。その紙を受け取ったアンナも小さな手でペンを持つ。しかしその手を止める者がいた。
「アンナ。…いや、女神様。これは父として書かせてはいただけないでしょうか?」
しゃがんで目線を合わせる父親に、アンナはふっと微笑む。「ペンが少し持ちにくかったのです。お願いします。…お父様」
言葉を発して初めて娘に父と呼ばれた男、フリオ・デヴォアルテ公爵は、これが娘を持つ父親の幸せかと嬉しさに浸りながらペンを取った。
「この度は王城までお越しくださり、至上の感謝を申し上げます。女神さまにおきましてはご機嫌麗しく」
「ええ。…王というのは多忙であると前の生で嫌というほど知ったわ…。この国をつくってあげた時は、あの子が喜んでくれると思って願いをかなえたのだけれど、少し違ったのではと思わずにはいられないの」
「何をおっしゃいますやら。女神さまのおかげでこんにちまで国が栄えることが出来たのです。この国で生きられることに幸福を感じ、国民は皆、女神様を崇めております」
「…今日ここに来たのはね、宝珠を返してもらうためよ。どこにあるの?」
「はい、ここに」
侍従が宝珠をのせたクッションを抱えて来、国王とアンナの前に跪いた。
「これは…」
アンナはその小さな手を口に当てる。どす黒く濁ったその球は明らかな穢れを孕んでいた。女神の一部がそう簡単に穢れに取り込まれることはない。何か原因があるはずだと、アンナは国王を見た。
「女神様、申し訳ありません。数年前、罪人のひとりが宝珠を保管している部屋でその血を散らしてしまったのです。…その罪人は罪に向き合うことも、償うこともせずにただ拘束から逃げることだけを考えていました。脱獄途中、」
国王の言葉が止まった。苦しそうに自らの胸元を握りながら、再び口を開いた。
「…わが妃をその場で人質に取り…殺したのです。罪人を追い詰めた場所は、忍び込んだ宝珠の部屋でございました。妃の血と罪人の血が宝珠にかかってしまったのです。…本当に、本当に、申し訳ございません…」
とうとう嗚咽を漏らしてしまい、国王はその場で頽れた。その後ろに控えるアンナの父親は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
愛していた妻である妃を亡くした夫として泣き崩れる国王と父親のその表情。淡々とその場を見守るアンナだけにはただひとつの真実が見えていたから、二人の姿は滑稽にすら思えた。
『人間は傲慢だよ』いつだったか弟のアルテが言っていた言葉を思い出す。
これが傲慢な人間の姿というものかと、アンナはひっそりと納得した。
「そう、分かったわ。もはやそれは俗に染まりすぎて人間の物となってしまってるの。でも宝珠は返してもらわないと困るの。王様、何か考えがある?」
「はい。…こちらの宝珠はすでに何度も清めの水に潜らせております。いわば、わたくしどもにできる浄化は、すべて手を尽くしている状態でございます。願わくば、女神様の寛大なお心でこちらを受け取っていただけないでしょうか。ここにいる愚かな人間のひとりとして、宝珠を奉じたく思います」
「受け入れましょう。宝珠をこれへ」
侍従は頭を下げ、その上に宝珠を掲げながらアンナの前で跪く。周囲の光を吸収しているかのような淀んだ色の玉にアンナは手をかざした。
幼い手には余るほどの大きな玉は光を放ち、その光はその場を包み込んだ。眩しさに目を閉じたあとには、心地の良い静寂だけが残った。
「確かに返してもらったわ。これは奉物ね。ならば恩恵で応えましょう。何を望むの? ひとつだけ叶えるわ」
「…婚約を、切に願います。我が息子、ヴィシャール・シーリアンテとアンナ嬢の婚約を。どうかお聞き届けください」
「いいでしょう。二言はありません」
「ありがたき幸せにございます。では、書類の準備を…」
しばらくして侍従が持ってきた書類に、王は目を通してからさらさらとサインをする。その紙を受け取ったアンナも小さな手でペンを持つ。しかしその手を止める者がいた。
「アンナ。…いや、女神様。これは父として書かせてはいただけないでしょうか?」
しゃがんで目線を合わせる父親に、アンナはふっと微笑む。「ペンが少し持ちにくかったのです。お願いします。…お父様」
言葉を発して初めて娘に父と呼ばれた男、フリオ・デヴォアルテ公爵は、これが娘を持つ父親の幸せかと嬉しさに浸りながらペンを取った。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる