神は気まぐれ

碓氷雅

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『人間は傲慢だよ』

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 接見は王の間でおこなわれた。その部屋の上座に座るは、わずか三歳の幼女。これはまるで国王の、女神に対しての謁見のようであった。

「この度は王城までお越しくださり、至上の感謝を申し上げます。女神さまにおきましてはご機嫌麗しく」
「ええ。…王というのは多忙であると前の生で嫌というほど知ったわ…。この国をつくってあげた時は、あの子が喜んでくれると思って願いをかなえたのだけれど、少し違ったのではと思わずにはいられないの」
「何をおっしゃいますやら。女神さまのおかげでこんにちまで国が栄えることが出来たのです。この国で生きられることに幸福を感じ、国民は皆、女神様を崇めております」
「…今日ここに来たのはね、宝珠を返してもらうためよ。どこにあるの?」
「はい、ここに」

 侍従が宝珠をのせたクッションを抱えて来、国王とアンナの前に跪いた。

「これは…」 

 アンナはその小さな手を口に当てる。どす黒く濁ったその球は明らかな穢れを孕んでいた。女神の一部がそう簡単に穢れに取り込まれることはない。何か原因があるはずだと、アンナは国王を見た。

「女神様、申し訳ありません。数年前、罪人のひとりが宝珠を保管している部屋でその血を散らしてしまったのです。…その罪人は罪に向き合うことも、償うこともせずにただ拘束から逃げることだけを考えていました。脱獄途中、」

国王の言葉が止まった。苦しそうに自らの胸元を握りながら、再び口を開いた。

「…わが妃をその場で人質に取り…殺したのです。罪人を追い詰めた場所は、忍び込んだ宝珠の部屋でございました。妃の血と罪人の血が宝珠にかかってしまったのです。…本当に、本当に、申し訳ございません…」

とうとう嗚咽を漏らしてしまい、国王はその場で頽れた。その後ろに控えるアンナの父親は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

愛していた妻である妃を亡くした夫として泣き崩れる国王と父親のその表情。淡々とその場を見守るアンナだけにはただひとつの真実が見えていたから、二人の姿は滑稽にすら思えた。

 『人間は傲慢だよ』いつだったか弟のアルテが言っていた言葉を思い出す。

 これが傲慢な人間の姿というものかと、アンナはひっそりと納得した。

「そう、分かったわ。もはやそれは俗に染まりすぎて人間の物となってしまってるの。でも宝珠は返してもらわないと困るの。王様、何か考えがある?」
「はい。…こちらの宝珠はすでに何度も清めの水に潜らせております。いわば、わたくしどもにできる浄化は、すべて手を尽くしている状態でございます。願わくば、女神様の寛大なお心でこちらを受け取っていただけないでしょうか。ここにいる愚かな人間のひとりとして、宝珠を奉じたく思います」
「受け入れましょう。宝珠をこれへ」

 侍従は頭を下げ、その上に宝珠を掲げながらアンナの前で跪く。周囲の光を吸収しているかのような淀んだ色の玉にアンナは手をかざした。

 幼い手には余るほどの大きな玉は光を放ち、その光はその場を包み込んだ。眩しさに目を閉じたあとには、心地の良い静寂だけが残った。

「確かに返してもらったわ。これは奉物ね。ならば恩恵で応えましょう。何を望むの? ひとつだけ叶えるわ」
「…婚約を、切に願います。我が息子、ヴィシャール・シーリアンテとアンナ嬢の婚約を。どうかお聞き届けください」
「いいでしょう。二言はありません」
「ありがたき幸せにございます。では、書類の準備を…」

 しばらくして侍従が持ってきた書類に、王は目を通してからさらさらとサインをする。その紙を受け取ったアンナも小さな手でペンを持つ。しかしその手を止める者がいた。

「アンナ。…いや、女神様。これは父として書かせてはいただけないでしょうか?」

 しゃがんで目線を合わせる父親に、アンナはふっと微笑む。「ペンが少し持ちにくかったのです。お願いします。…お父様」

 言葉を発して初めて娘に父と呼ばれた男、フリオ・デヴォアルテ公爵は、これが娘を持つ父親の幸せかと嬉しさに浸りながらペンを取った。
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