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彼女は、性別「女」
しおりを挟む「…………え?」
幻聴だろうか。
それとも、今目の前にいる栗原は幻覚なんだろうか。
信じられない言葉に、まず俺はドッキリの企画なんじゃないかと疑った。
周りに瀧と二階堂が隠れて待機して、俺が間に受けた瞬間に出て来るんじゃないか。なんならテレビのバラエティ番組の企画――?
冴えない男子高校生が、ずっと憧れていた学校のアイドルから告白されたら、信じる? 信じない? みたいなクソみてぇな企画、全然ありそうじゃん。
――でも今周りに隠れられる場所なんてない。誰かがいる気配も全くない。ていうかテレビ番組も俺みたいな奴にわざわざドッキリ仕掛けるほど暇じゃないか。
一瞬真っ白になった頭の中に、一気にいろんな考えがぶわっと押し寄せる。
信じられるワケがない。
栗原が、俺のことを好きだったなんてそんなことある筈がない。
しかも中学時代からずっと、なんてそんなこと。
でも今俺の前にいる栗原は、顔を真っ赤にして、手は微かに震えていて。
嘘で告白しているとは、到底思えなかった。
そして何より、栗原がおふざけで人に告白するような奴じゃないということを俺は知っていたからだ。
「麻丘くんは、覚えてないかもしれないけど……私がサッカー部のマネージャーになったばかりの時、大量のタオルを運ぶのを、麻丘くんが手伝ってくれたことがあったの……」
栗原は当時のことを思い出しているのか、恥ずかしそうに頬に手を当てながら、必死に胸の内を俺に伝えてようとしてくれている。
「優しい人なんだなあって……単純だけど、すぐ好きになっちゃって……それからずっと……麻丘くんがサッカー部辞めちゃって、関わりが全くなくなっても、ずっと目で追いかけてた」
――大丈夫? これ、栗原台本とかカンペとか読まされてないよな?
いや、わかってるよ! わかってるさ俺もさすがに! 今はふざけてる場合じゃないってことくらい!
でもどうしてだ? 栗原が想いを伝えてくれる程、こんなこと有り得ないって感情が増していくんだよ……
だって――あの栗原葉菜子だぞ。
学校中でモテまくって、誰もが付き合いたいと思うような完璧女子。
そんな彼女の大きく潤んだ瞳が、俺みたいな奴を追ってただって? 有り得ないだろうが!
「高校生になって、麻丘くんに会えなくなって……ああ、私の恋は終わったのかなって思ったりもしたんだけどね……だから図書館で偶然会えた時は嬉しくてたまらなくてっ……これって運命なんじゃないかって……だとしたら、もう突っ走るしかないなって……!」
「――だから、俺に、連絡してくれたのか?」
「そうだよ。全部、麻丘くんが好きだから。瀧くんじゃない。私はっ……」
――麻丘くんが、好き。
二回目の栗原からの“好き”は、俺を追っていたという大きな瞳で俺の目をしっかりと見つめて、さっきよりも力強く聞こえて、俺の心にもズシンッと重く響いた。
マジだ。これ。
わかってたけど、マジなやつ。
栗原葉菜子が、麻丘伸也を好きだとマジで言っているのだ。
「え、えっと……えっと……俺……」
自分でそのさっきまで有り得ないとしか考えられなかったことを認めてしまうと、いきなり物凄くテンパってきて、何を言えばいいのか全くわからなくなった。
えっと、としか言えずに後ろ頭をボリボリ掻いて、その肝心の頭の中は空っぽで。
そんな自分でも見たくないくらいダサすぎる俺を見て、栗原は愛想を尽かして嫌な顔をするどころか、申し訳なさそうに眉毛を下げる。
「ごめん……急にこんなこと言って。困らせちゃったよね」
「い! いやいやいや! ただ突然すぎてイマイチ状況をちゃんと把握出来てないというか……信じられないっていうか」
「――返事は、今はいらないから」
「へ?」
「今すぐ、答え出さなくていいの! 今度でいい……私、待ってるから!」
「あ、おい栗原!」
「今日は有難う! すっごく楽しかった! ま、またね!」
栗原はそのまま逃げるように走り去って行った。
この空気に耐えられなかったのかもしれない。多分、元々栗原も今日俺に告白するつもりなんてなかったんだろうし……
俺は栗原を追いかけることも出来ず――つーか追いかけたところで俺何言えばいいかわかんねーし!
俺はそのまま走り去る栗原の後ろ姿を呆然と眺めながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
****
家に帰って、鞄と一緒にベッドにドサッと自分の体ごと放り投げる。
天井を見つめながら、ひたすらさっき起きた奇跡ともいえる出来事――いや、最早事件だなこれは。計画的じゃなく突発的に起きた事件を思い返す。
中学時代、想い、焦がれていた。
男子から大人気だった、彼女を。
当たり前のように、彼女に想いを寄せる大勢の一人になっていた。
瀧と付き合っていると聞いた時はその日ご飯も全然食べられなかったし、結局世の中顔なんだと理解した次の日はやけ食いして腹を壊した。
彼女の視界に入ることなんかなかったんだと諦めて、つまらない中学時代を過ごし、高校生になったらまた彼女みたいな人と出逢えるかもという期待をしていた。
入学式で既にその期待は消え去ったんだけどな。はは。
でもそのかわり――彼女、栗原葉菜子本人にまた出逢えた。
そして何より、栗原は正真正銘の“女”だ。
だから悩むことなんてない。他校生と付き合っちゃいけないなんて校則はなかった。つーかそんなんあってたまるか!
今すぐ返事をしたらいい。栗原の気が変わるかもしれない。断る理由がないだろう!?
――なのに、どうして。
「俺は、一体、何を悩んでんだよ……」
俺は結局そのまま一睡も出来なかった。
二階堂から来た連絡も無視して、寝てないからか隈が酷い。そんな形相のまま今日も今日とてキャラが濃い奴らの集まりみたいな学園へ登校しなければならないこの苦痛といったら……
一晩中考えても、答えは出ないまま。
ずっと恋い焦がれていた筈の栗原からの告白。
本気だと受け入れるまでに時間がかかり、状況を把握することに時間がかかり、答えを出すことに時間がかかり。
最終的には、何に悩んでいるのかすらわからないまま。
「おはよーアサシン!」
「……おー」
「アサシンおっはよー!」
「……おー」
俺とは正反対で元気に登校し、求めてないのに元気な挨拶をしてくるクラスメイト達。適当な返事をする俺を気にもせず、相変わらずキャッキャと楽しそうにしている。呑気な奴らだ。
「麻丘くん、おはようっ!」
「……おー」
「……麻丘くん?」
「……うわっ! さ、佐伯か!」
さっきの流れで同じように適当に返事をしていると、急に目の前にドアップの佐伯の顔があってあまりの近さに俺は驚いて今日初の大きな声を出した。
「むー……麻丘くん、なんか顔色よくないよ」
「ああ……ちょっと眠れなくてさ。ただの寝不足だから大丈夫」
「眠れないって、何かあったの?」
「何かあったっていうと、あったから眠れなかったワケで――まぁ、心配いらないから! うん!」
「…………」
佐伯は腑に落ちない顔をしてまだ俺の方を見てたけど、俺はそれに気付かないふりして、そのまま自分の机に突っ伏した。
そのまま寝落ちしそうだったけど、HRでしののんに容赦なく叩き起こされクラス中から笑われた。クソッ! 平和な日常の一ページみたいにお前ら楽しそうにしやがって!
何とか頑張って授業を受けてたけど、案の定先生の言っていることが全く頭に入って来ない。
ていうか、こんなに眠れないほど悩んでる理由って何なんだ?
栗原と付き合うことを、俺はもしかして躊躇しているのか?
しているから、心がどこかもやもやしてんのか?
そうだったとしてもだ。
どうして躊躇しているかも、わからない。
わからないことがわからない。
いや、俺何言ってんだ。わけわかんねー。
わかんねーついでになんだか顔が熱い気してきた。頭もちょっとガンガンする。いやちょっとっていうか結構ガンガンしてんなこれ。
視界もぼやけてきたし、とにかく熱い。何だこれ。病気? まさか恋の病ってこういうこと?
「ははっ――なーんて……な」
自分のサムい発想に呆れて笑うと、一気に目の前が真っ暗になった。
ガタンと大きな音がして、全身が床にぶつかる感覚――
「麻丘くん!? 大丈夫!? 麻丘くんっ!」
近くで佐伯の声が聞こえる。
返事をしたいけど声が出ないし目も開かない。
そんでもってめちゃくちゃ眠いし体が重くてしんどい。
「麻丘くん!」
薄れていく意識の中で俺を呼ぶ佐伯の声を聞きながら
そういえば俺を“麻丘くん”って呼ぶのは、佐伯と栗原だけだな――なんてくだらないことを考えていた。
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