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初めての告白
しおりを挟むそれからの勉強会は、瀧の妨害によりほとんど栗原と会話することが出来なかった。
自分達の学校のテスト範囲だけの話をし、俺と二階堂は蚊帳の外。俺と二階堂はお互いわけがわからない数学をわけがわからないまま必死に解いて、そしてわけがわからないまま不正解で終わった。何この時間。わけがわからない。
そしてそのまま時間は経ち、図書館を出て四人で近くのファミレスでご飯でも食べて帰ろうということになった。言い出したのは栗原なので、誰も拒否ることはなかった。
「中学時代は一度も麻丘とこうやってファミレス来たりすることなかったよな。変な感じだ。今更休日に会うような関係になるなんてなぁ?」
「そ、そうだな……」
お前が勝手に来ただけで、別に今も休日に会うような関係じゃないっての! どうせ中学時代の俺は平凡の中の平凡で寧ろ平凡以下な空気のような人間だったよそうですね瀧様みたいなサッカー部エースで天才でイケメンな人間と関わることなんてなかったですね!
「麻丘くんっ、何頼む?」
向かい合わせにいる栗原が、一緒に見ようよと言わんばかりにメニュー表を横向きに広げながら俺に見せた。
「あー、どうしよっかな……俺ここのオムライス好きなんだよなー」
「わかる! 私も!」
「だよな!? でも気分的に明太子パスタも捨てがたい……」
本当の今の気分的には一番高いステーキセットを食べたいけど、バイトもしてない高校生の小遣い事情だとここでそんな贅沢すんのはな……と思い、お手頃価格なメニューから好きなものを選ぶ。
「じゃあ私オムライス頼むから、半分こする?」
「え!? まじ? いいのか?」
「うん! そしたら両方食べられるもんね。ふふっ」
栗原から最高の提案――ってより、優しすぎない? 俺今日だけで何回栗原の優しさに包まれてんだ? 優しいのはずっと前から知ってた。知ってたけど、こんな俺にまだここまで優しくしてくれるなんて――
「おい栗原。メニューなんて隣の人同士で見た方が見やすいだろ。こっちに見せろ」
「あ、ゴメン瀧くん……はい」
「ついでにこの瀧もオムライスかパスタがいい。栗原は俺と半分こしろ」
「え? で、でも……」
「パスタはカルボナーラに変更。麻丘は隣の親友さんと半分こしてもらったらどうだ?」
そう言って瀧は鼻で笑う。隣にいる栗原が申し訳なさそうな顔で俺を見て、今日一日で栗原に何度もこんな顔をさせる瀧にイラついてしょうがなかった。
栗原が優しいから、瀧がこんなにわがままでつけあがることになるんだ。何でこんなヤツと付き合ってんだよ――
付き合ってないなら、俺も瀧に対していろいろ言えることがあるのに、今はとにかく俺が引くことしか出来ない。
「いいよ栗原。瀧と半分こしろって」
「麻丘くん……」
「なぁ二階堂、お前何頼むんだよ」
「うーん――悩んでるんだよね。あ、アサオは何がいい? 今日共に過ごしてくれたお礼に僕が奢るよ!」
「よしそれなら俺はステーキセットご飯大盛りで」
瀧の幼稚なジェラシーのお陰で、明太子パスタがステーキセットへと姿を変えた。
そんなこんなで料理が運ばれて来て、目の前でカップルの料理半分こイチャイチャを見させられると思っていると、その光景はまるでイチャイチャとはいえないもので――
栗原は黙々とオムライスを食べてるし、瀧も普通にカルボナーラを食べている。
あの~? 半分この話は何処へ……?
結局瀧はオムライスを食べたいなんて思ってなくて、ただただ俺と栗原が半分こすんのが嫌だっただけね。まぁわかってましたけど! 目の前で半分こするって会話して平然とそれをしないってどういうこと!? 後味悪い気分! まぁステーキ美味しいからいいけど!
もういい。いちいち瀧の行動を相手にしてイライラしてたら負けだ。今日一日分のストレスは与えられてるしこれ以上のストレスを感じてるとどうにかなりそう。
俺は無心でステーキを食べることに集中することにした。横で二階堂が「どう!? 美味しい!?」「ねぇアサオ、美味しい?」ってうるさいけど。お前はこのステーキ作ったシェフか。それともこのステーキの発案者か。
適当に相槌だけうっていると、何やら目の前から熱い視線を感じる。
ちらり、と目線をそっちに向けると、栗原がまだ鉄板の上でジュージューと美味しそうな音を立てている俺のステーキをガン見していた。
「……プッ!」
物欲しそうな栗原の顔を見て、俺は思わず吹き出してしまう。
「栗原、食べたいのか?」
「えっ? えぇっ!? どうしてわかったの!?」
「いや、そんな熱視線送られたら気づくって……! ははっ!」
「もう、笑わないでよ~! 恥ずかしい……だってね、すっごく美味しそうなんだもん」
「ほら、食べてみろよ」
「いいのっ!? じゃあ……」
「――――え」
目の前の栗原が、小さな口を控えめに開いて俺を待っている。
ま、ま、待て。
俺は確かに“食べてみろよ”とは言った。ああ言ったよ言ったさ!?
それに対する栗原の答えは、これなのか? 完全にあーん待ちだよな? じゃあ誰が栗原にあーんするんだ?
――そんなのこの状況で俺しかいないだろうがよ!
栗原も恥ずかしいのか、どんどん顔が赤くなってるような気がするし、挙げ句の果てにはぱっちり大きな瞳を瞑ってしまった。逆にエロ……いや、何考えてんだやめろ俺! 清純アイドル栗原葉菜子を汚すのだけはやめろ俺!
「……っ」
ごくり、と生唾を飲んで、俺は震えながらフォークを握り、栗原の小さな口に入りきるかわからない大きさのステーキに刺した。
そしてそのまま、栗原の口にそれを運ぶ。
その瞬間は、まるでスローモーションのように見え――ていたのに。
いきなり早回しになったのかと思うくらい、それは一瞬の出来事だった。
栗原の口に運ばれる前に、ステーキは横からひょいっと現れた瀧によって奪われてしまったのだ。
「フンッ! 生意気だぞ」
ステーキ泥棒は言う。俺が栗原にあーんするなど生意気にも程がある、と。
俺結果的にお前にあーんしたことになるんだけどこの感情どうしたらいい? んでもって俺は何回お前に栗原へのドキドキ感邪魔されたら許してくれんだ? ステーキだけじゃなく俺のドキドキも泥棒してるよ?
「……た、瀧くんが食べちゃったの」
「そんなに食べたいならこの瀧が栗原の分も注文してやる」
「……いいよ。そういう問題じゃ、ないもん」
「栗原! 大丈夫! まだあるから食えって! ったく瀧も欲しいなら素直に言え――」
痴話喧嘩が始まりそうな雰囲気を察して、俺はヘラヘラしながら場を和ませようとしていたところに――それもまた一瞬の出来事。
俺の横にいた二階堂が、目の前の瀧にコップの水をぶっかけたのだ。
「お、おい二階堂ぉぉぉ!?」
何してんだこいつ!? それ飲料水な!? 飲み物な!? わかってるよなお前さっきまでその水無駄に優雅に飲んでたもんな俺は見てたぞ!
いきなり水を浴びた瀧は、何が起きたのか把握するのに少し時間がかかったようでしばらく放心状態になっていた。
隣にいた栗原も、状況を把握出来てないみたいだ。つーか俺も出来てない。
二階堂、お前何考えてんだよ!?
「何するんだ顔だけ男ォオ!」
瀧はバンッと両手でテーブルを叩き立ち上がると、そりゃあもうガチギレ状態で二階堂を睨みつけた。確かに理由もなく水ぶっかけられたら俺でもこうなると思う。
あー……そういや俺も刹那に水鉄砲で顔面から水ぶっかけられたことあったな……
「わぁ! ごめん! 盛大に手が滑ってしまったみたいだ!」
「なっっ!? 手がす、滑っただと? そんな言い訳――」
「いやぁ申し訳ない申し訳ない! 一度僕の持ってる高級ハンカチで拭いてあげよう! とりあえず一度トイレで身だしなみを整え直した方がよさそうだね! 行こうか!」
「おい!? 何なんだお前は!? 引っ張るな! 人の話を聞け!」
人の話を聞かないことを特技としているのが二階堂という男であって――そのまま瀧は二階堂とトイレへと消えて行った。
――いやいや! 今のは一体!? まじで事故だったのか!?
でも明らかに水かけてたよな? あんな手の滑り方ありえる? 二階堂ならありえちゃうのか?
「えーっと……栗原は大丈夫だった? 飛び火ってか、今の場合だと飛び水食らってない?」
「あ、私は全然大丈夫だよ! ちょっと……というか、だいぶ驚きはしたけど」
「それは俺も一緒」
「ふふ、だよね」
「笑ってる状況じゃないって! その――彼氏が水ぶっかけられて気分いいワケねぇし? 栗原的には」
「…………彼氏?」
「いや、中学時代から付き合ってるって噂、俺も知ってたからさ……瀧と栗原が」
「…………そっか。麻丘くん、そんなふうに思ってたんだ」
「え?」
そんなふうにって――どんなふうだよ?
栗原は何も言わずに俯いた。笑ってる状況じゃないって言ったのは俺の方だけど、今の空気はよくない気がする。前言撤回。笑ってくれ栗原。
そう思いながら何をすることも、言い出すことも出来ないでいると、俺の携帯に新着メッセージが届いた。
――二階堂から?
“今の間に栗りんと先に帰って。ちゃんとアサオが今日という日を楽しんで欲しいと思う親友より”
「はっ……!?」
メッセージを読んで思わず声を上げてしまった。
「……麻丘くん?」
「へ!? いや、その」
頭の中を整理しよう。
つまりだ。二階堂はわざと瀧に水をかけてトイレに行ったってことか――今のこの、俺と栗原が二人で抜け出せる時間を作る為に。
――あの二階堂が!? そんな気が効くことが出来るのか!? いや現に出来てんだけどさぁ! 俺今その驚きの感情の方が勝ってるかもしんない!
いやいや、そんなこと考えてる場合じゃねぇ……せっかくあのアホの印象しかない二階堂が俺の為にやってくれたことだ。無駄にするワケにはいかない。
それに今のこの少し気まずい空気を変えるいいチャンスでもある。
「――あのさ、栗原!」
「!? な、何っ?」
突然前のめりになって立ち上がる俺に栗原は驚き、俺はそんな栗原のまんまるになった目を真っ直ぐ見て言った。
「――このまま、俺と抜け出して二人で帰りませんか……なんて……」
「…………!」
「と、とにかく! 最後くらいは二人で帰ろう栗原!」
断られたら恥ずかしい気持ちがあって、俺はもう疑問形で言うことをやめる。
「……うんっ!」
大丈夫かな。引かれたりしないかな。
そんな俺の不安な感情を、想像以上に嬉しそうな栗原の笑顔が綺麗さっぱり洗い流してくれた。
「な、どういうことだ!? 麻丘と栗原の姿がないぞ!」
「残念。君はまんまと僕の罠に嵌ってしまったみたいだね」
「……まさか、お前わざとこの瀧に……! 何の嫌がらせだ!」
「――僕はね、アサオを傷つける奴は誰であろうと許さないんだ」
「……どうしてお前が、麻丘の為にそこまでする! ただの友達なだけだろ! まだ知り合ってそんな経ってない分際で……」
「どうしてかって? 知りたいのかい? それは――」
「…………」
「一度愛した女性だからさ」
****
俺の隣を、栗原が歩いている。
他に邪魔者もいない。二人だけで。
これは夢か――? 栗原に再会したのはほんの何日か前なのに。
こんないきなり、何年も開いていた距離を一気に縮めるように、俺の生活に栗原が関わってくる。
中学時代は同じ校舎で、週四日会えていたのにも関わらず全然話すことが出来なかった栗原葉菜子が。
今この瞬間、俺の隣に――
「……ねぇ、麻丘くん」
「なっ、何だ!?」
栗原の存在を確かめようとチラリと横を見た瞬間栗原から話しかけられビクッとしてしまった。今日の俺全体的にどもってばっかな気が……せっかく瀧がいないんだから、今くらいラクな気持ちで残り少ない栗原と二人だけの道のりを楽しみたい……!
「私ね、瀧くんと付き合ってなんてないよ」
「――え、」
「麻丘くんさっき瀧くんのこと彼氏って言ったから……勘違いされてたんだなって悲しくなっちゃったの」
「え、えぇぇぇ!? そうなのか!? でも学校中の噂だったし、結構二人一緒にいることが多かったし――」
「噂は噂だよ。一緒にいることが多かったのは事実だけど……瀧くんは、確かに私に好意があるのかもしれない」
「いや好意があるってどころか、多分もう自分と栗原は付き合ってるって思ってると思うけど……」
「――そうなのかな?」
「いや、絶対そうだと思うけど」
栗原って、ちょっと馬鹿――じゃなくて天然?
つーか瀧と付き合ってなかった!? 今更そんな新事実発覚する!?
俺は栗原と瀧が付き合ってるって知って結局世の中スペックの高い男には敵わないんだと思っていろんなことを放り投げたのに!? 自業自得だって? うるせぇ!
「でも私、瀧くんに付き合おうとか好きって言われたことないし……」
「そうなのか? それなのにあんなに彼氏ヅラ出来るって逆にすげーよあいつ……」
「私、瀧くんにも勘違いさせちゃってるのかな」
「――栗原の方から言ったりしたことはないんだよな? その、好きとか」
「な、ないよっ! 今まで誰にも一回も、告白なんてしたことないもん」
されたことは数知れずということなんだろうけど……それより恥ずかしそうに小さく両手を振りながら否定する栗原があまりにも可愛い生き物で俺の顔まで赤くなりそうだ。
「じゃあ……栗原は瀧のこと好きじゃないってことだよな?」
「うん……」
「それなら他にいるのか? 好きな奴!」
なるべく明るく普通の会話の流れで聞いてみる。
もし今好きな奴がいないなら、俺にも一ミリくらいはチャンスがあるかもしれない。
俺の質問を聞いた栗原は、歩くのをやめてその場に立ち止まった。
「栗原?」
「――いるよ」
振り返ると、下を向いたまま小さな声で栗原はそう言って、ゆっくりと顔を上げる。
ばちっと栗原と目があった時、一瞬時間が止まったように感じた。
そして次に栗原の口から発せられた言葉は、到底俺には予想出来る筈もないもので――ていうか、こんなこと誰が予想出来たんだろうか。
「私……中学の時からずっと……麻丘くんのことが好き」
そう、学校中のアイドルだった彼女が、俺みたいな平凡以下の男に初めての告白をするなんて事態を。
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