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青と赤を混ぜたムラサキ
しおりを挟む男を青とするならば
女を赤にするとしよう。
そしてそれを混ぜた色が紫色だとしたら、この“村咲学園”の“ムラサキ”とはそういう意味らしい――
「だからそう言われて理解出来るのかっつーの!」
この歓声と拍手の意味が全くわからない。俺みたいに慌てふためいている奴が他にいないことがまずおかしい。
そうだ佐伯は!?
チラリと横にいる佐伯を見ると、にこにことしながら他の奴らと同じように校長へ拍手喝采を送っていた。
やっぱりこの学園に来ている奴は頭がおかしいんだ。俺は常識人なのに何でここにいる!? 何であんないみわかんねー面接に受かったんだ!? 俺はそんなにあの面接官の心を射抜くような朝メシを食べていたというのか!?(ちなみにその日も今日と同じで前日の夜の残り物のカレーだった)
「みんな拍手ありがとう。ワタシのこの新しい試みに賛同してくれてすっっっごく嬉しいわ」
賛同なんかしてねぇよ!
大体これは詐欺じゃないのか? こんな学校なんて聞いてないし、知ってたら入学するか!
よし、入学式が終わったら俺は勇気を出して校長に詐欺なんじゃないかと抗議しに――――
「と、まぁここまでは入学案内の冊子に軽く書いてあったからみんな知ってたと思うけど」
知らねえええええええええええ!
ま、まじかよ!? 事前にこの学校は男も女も関係アリマセーンってお知らせしてたってことか!? だから佐伯も制服が両方送られてきたことになんの疑問も感じてなかったのか……
「さ、佐伯、入学案内にマジで書いてあったっけ……?」
「え? 書いてあったよ! もしかして麻丘くん、ちゃんと読んでなかったの?」
ハイソウデス。
制服も届いてから一回だけ見てそのまま前日までダンボールに入れておいたままで、入学案内の書類も適当にパパーッと見て終わっていた。寧ろちゃんと見た記憶もあまりない。
高校生活を楽しみにしすぎていた俺は、届いた制服や入学案内を見るだけでもう胸がいっぱいになっていたのだ。我ながらアホだと思う。
でも言い訳をさせてくれ。入学する学園が男と女が関係ないなんてこと誰が想像できる? 誰が考え付く? そんなことは受験のときに言うべきだ! そうだやっぱりこれは詐欺だ!
「ここからは大事な校則の話をするから、みんな真剣に聞いてくれるかしら?」
今までとは違う低いトーンで、校長が言う。
妙に威圧感があり、吹いてるワケがないのにどこからともなく生ぬるい向かい風が吹いて来ているかのような錯覚に陥った。
「まず村咲学園で他人の性別を無理矢理暴く行為は絶対に禁止! 自ら性別を言う行為は全く構わないけどそれが真実か嘘かは言う本人に任せるわ」
「はああああああ!?」
し、しまった! つい大声を出してしまった! 心の中で叫んだつもりだったのに!
案の定校長が大声を出した俺の方を見る。
「そこのアナタ、どうしたの? 何かわからないことでもあった?」
ニコリと笑いながら問いかけてくるが、校長の目が笑ってないことだけはわかる。
「い、いや……えっと……それだったら、本当の性別ってどうやったらわかるのかなって……」
俺がそう言うと校長のかけているメガネがキラリと光る。
「そう! そこよ! いいところに目をつけたわね!」
さっきの少し怪しげな暗い感じとは一転、校長は興奮したように大きな声を出して俺を指差した。よくわからないが褒められたようだ。うん、こんな美人を興奮させたことに悪い気はしない。
「口では男だ女だ言ってもそれが本当かなんてわからない。そんな状況で真実が刻まれているものがたった一つだけあるの……そうそれは、今日この後みんなに配られる……学生証よ!」
「学生証!?」
「そう、学生証は大事なこの村咲学園の生徒であるという証明書。さすがにそこに嘘を記すワケにはいかないってこと」
なるほど! じゃあこんな一生懸命男女が分からないようにしてたってその学生証を見れば相手が男か女かなんてすぐわかるじゃねーか。なんだ。それなら――――
「しかァーし! その学生証を自ら他人に見せる行為、そして他人の学生証を無理矢理見ようとする行為は一切禁止! これは校則です!」
「えええええ!? いや、それじゃ……!」
それならまだ何とかなりそう、と思ってたけど全っ然そんなことなかった! 寧ろすんげぇタチの悪い校則作って来やがった!
「そ、それじゃあこの学園の……今日から三年間一緒に過ごすみんなの本当の性別を知ることは出来ないってことですか!」
俺はもうどうにでもなれと思い、校長に思ったことをぶちまける。
「そんなことないわよ? 卒業したら好きにすればいいじゃない」
「卒業……したら?」
「そうよ? 少なくともこの学園の生徒である以上は、学園のルールに従ってもらうわ」
「……っ!」
校長のギロリとした鋭い目。俺はまるで蛇に睨まれた蛙状態。
なんだよルールって。聞いてねえ。そりゃちゃんと入学案内を読まなかった俺も悪いけど、ここまで徹底してるってことまではみんな知らなかった筈じゃないのか?
――――ほら、やっぱりそうだ。周りを見ると、何とも思ってないように笑ってる奴もいれば、俯いてる奴、無表情な奴……不安そうな顔をしている奴もいる。
それにこんなルール困るんだよ。俺の夢見た高校生活はどうなんだよ。
気になる女子と連絡先を交換したり、気になる女子と日直一緒になったり、気になる女子と授業中目が合ってお互い恥ずかしくなって逸らして後から「あんたさっきあたしのこと見てたでしょ!」とか言われてみたり。
仲良しの男友達ができたら、みんなで俺の家に呼んでゲームしたり好きなグラビアアイドルの話とかちょっとゲスい話とかもして、そんでもって放課後同じ人数の女子グループと一緒に帰ってグループ交際に発展しちゃったりとか。
つまりだ! 男か女かをハッキリしないと俺が高校生活で一番夢見ていたことが出来ないんだ!
「それじゃあ……」
俺は静かに口を開く。言え。言うんだ麻丘伸也。今まで何も出来なかった、意見出来なかった、そんな俺が変わる第一歩を踏み出せ。
言え! 俺はこの村咲学園で何がしたいんだ!
「それじゃあ、この学園で恋愛出来ないじゃないですか!!」
俺の魂の叫びは、さっきとは違い今度こそちゃんと体育館に響き渡った。
そうだ。俺は――彼女が欲しい(切実)
「アナタは本当に目の付け所がいいわねぇ。 確か――麻丘伸也くん? だったかしら」
「!? 名前……」
「覚えてるわ。ここにいる生徒みんな。何ていってもワタシの学園の第一期生だもの。覚えなきゃ失礼でしょ?」
ここにいる全員の名前を……!? す、すげえ。
「麻丘くんの言うとおりね。性別がわからないんじゃあ、恋愛にはいろいろな支障が出ちゃうものよね……ワタシはみんなにはたくさん恋愛してほしいって願ってるの……」
「――それじゃあ!」
ん? 校長ってもしかしたら押しに弱かったりするんじゃないのか!? 案外物分りよかったり……
「でもね、恋愛に性別って関係あるかしら? ないわよねぇ」
するわけがなかった。
「それでも、ちゃんと学生証以外で性別を知る方法を用意しているの」
!?
何だ。さっきから飴と鞭の使い方が絶妙すぎるぞこの校長は。 調教されたい校長ランキングがあれば見た目も含めて今俺の中でダントツ一位だ。
誰もが校長の次の言葉に期待しているようだった。俺も思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「この学園で生活していて、本当に心の底から好きと思える相手が出来て、告白をしたいと思った時のみ……校長室に来なさい。後は来た者、そして告白で指名された者だけがわかるわ」
何だよそのテレビ番組みたいなノリは。大体何で好きな人できたら一回校長を挟まなくちゃいけないんだよ!
「その時に、お互い本当の性別を教え合うことを許可するわ。性別を聞いて付き合えないと思ったらそこまでってことよ」
つまり? まとめるとどういうことなんだ?
告白した時、された時に初めてその相手の性別がわかるっていうことで――
ずっと好きだった人が同性の場合もあるけどその場合はもう付き合うも告白を取り消すも好きにしろと、そういうことなのか?
「め、めちゃくちゃだ……」
その言葉しか最早出て来ない。そして気になることもある。
何がそこまで、あの校長をそうさせたんだ――?
<キーンコーンカーンコーン>
誰もが言葉を失った体育館に、何かの合図のように突然チャイム音が鳴り響く。
「あーん、もう時間みたいね。ハイッ! ここでワタシの話はオシマイです。後はまた各自生徒手帳をじっくり見てくれれば助かるわ」
さっきまでとは一気に変わり、最初のようにエロ柔らかい雰囲気になった校長はこれからの進行について話し出した。
「今の時間の間に昇降口にクラス表が貼り出されてるから、それを見てまずはみんな自分のクラスに行ってちょーだい。それでは――みんなこれから楽しみましょう! 最高の学園生活(スクールライフ)を!」
両手を広げて満足げに言い放ち、校長は来た時と同じようにヒールを鳴らしながら去って行った。
学園のルールもまだ何も受け入れられてない俺は、ただただその場に立ち尽くすことしか出来ない。
母さん、入学初日にこんなことを思ってしまう息子をお許し下さい――
俺、退学したいです。
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