オトシモノ

たみやえる

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オトシモノ

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 その日も深見はアンパン片手にその階を見下ろしていた。


 視線の先は隣接するビルの廊下。ドアが一つ。


 終業後、小腹が空くから深見は毎日ここで菓子パンをかじる。残業があっても間食は欠かさない。


(今日で一週間、よくもまあ……)

と心の中ひとりごちていると。


 青白いLEDに照らされたそこに、一人の女子社員が小走りよりはもう少し早い勢いでやってきた。サイズが合っていないのかいつも深見が目を向けるガラス窓の一つ前で、

(ほら)

パンプスが脱かける。彼女はもどかしそうに立ち止まる。気を取り直して近寄るその部屋のノブに手をかけることはない。外開きのそれが開いて出てきた人間が足を踏み出すだろう、そこ、深見から見てドアの斜め左の床に彼女は首にかけている自分の社員証を落とすのだ。


「また、こーんなとこで、喰ってやんの」


 ぴと、と冷たい缶コーヒーを頬に押し当てられて深見は飛び上がってしまった。


 薄く疲れを張り付かせた相沢がいつの間にか隣に来ていたのだ。


 こいつは足音を立てない。気配ゼロで近づいてくるから、毎日こうして驚かされている。


「……ばか。冬なんだからさ、ホットにしろよ!」


「お疲れ、お疲れー。おっ、彼女今日も健気だね。毎日張り込みよろしくそれを見てるお前も健気だよな。惚れた?」


——ホレタ?


 その言葉の下の甘く隠美な響きに深見はドキッとしてしまう。どうして、こいつが言うとこういやらしく聞こえるのだろう?


 鼻で息を吸う自分を意識しながらゆっくりプルタブを押し上げる。


「ああ。惚れてる」

と応えた。缶に口をつける。上下する自分の喉仏を相澤が食い入るように見つめてるとは深見は思ってもいない。


 面白そうな顔して、相沢が窓に張り付く。ぐり、と肩を押し当てられて負けじと押し返すから二人はまるで体を寄せ合うように窓外を見た。


「ああやって、毎日わざと落として……」


「部署から出てきたあの男が彼女の社員証を拾う」


「で、帰り掛けを装う彼女の背中に声をかけて一緒に帰るんだよな」

というなり、相澤が深見の手から食いかけのアンパンを奪い取り食べ切ってしまった。


「何するっ」


 呆気にとられて顔を跳ね上げた深見は、相沢の顔が思ったより近かったことに息を飲む。後ろに下がりかけた深見の肩を抱き寄せて相澤が耳元でささやく。


「なああの二人、デキるかな? それとも、もうデキてるのに、フリでやってるとか?」


 相澤の距離感がバグっている……。


 深見は朱を頬に散らせながら視線をさまよわせ、

「くっついたなら、女の方があんなまだるっこしいことしねーだろ」

と、やや乱暴に答えた。


 相澤は喉の奥を震わせる。


「そうだよな。俺だったらさあ」

と言葉を止める。黙ったまま数秒過ぎるから、深見はなんだよと相澤を見上げる。


「こんな風に、一気に攫う」


 唇がぶつかった。


 深見は、


押し開けられて交わる甘さに茫然と、


されるがまま。







<了>

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