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風呂上がり、Tシャツにパジャマ代わりのスウェット、首にバスタオルをかけ西條家のリビングに出ると、冬木のお母さん、サヤさんがキッチンで洗い物の片付けをしているところだった。

「お風呂先にいただきました。ありがとうございました」
と言いながら、オレはサヤさんの隣で洗い終えた皿を拭いて食器棚に戻すのを手伝った。

「ありがとう、洸夜くん。助かっちゃった」

見上げてくるサヤさんは身長百五十五センチくらいだろうか。そういえば冬木も昔はおチビだった。背が伸び始めたらあっという間にデカくなって驚かされたものだ。

「お父さんはまた出張ですか」

冬木の父は出張が多い人で年中日本各地を飛び回っており、なかなか会うことがない。
中学二年くらいまではよく冬木の家にお泊まりに来ていたけれど、その時でも片手の指の数くらいしか会っていない。
寡黙で、でも優しい人だ。

「歳をとったから前より出張は減ると思っていたのにね。かえって増えてるみたい」

「すみません、急に。しばらくお世話になります」

オレは用意していた白い封筒をスウェットの尻ポケットから取り出して、サヤさんに手渡した。

中には現金を入れている。

これから数日間寝泊まりさせてもらう電気代とか食費……諸々オレが泊めてもらうことで発生する出費を賄ってもらうつもりで用意したんだ。
急に押しかけて悪いなって気持ちがあったからさ。

封筒の中身を覗いたサヤさんは、

「え。え……何? え? お金? ダメよぉ。受け取れない」

とオレに押し戻してきた。

でも、オレだって簡単にそうですかって戻してもらうつもりはなかった……んだけど。

「受け取ってください。オレお世話になるんで。しかもウチの実家には黙ってもらわなきゃだし」

サヤさんにはオレが大学を休んで帰省したことを白状していた。
「ふふ、サボりだものね」
と、目を細めて笑う顔が冬木そっくりだ。

結局、オレが用意した金は受け取ってもらえなかった。


テーブルを拭き終えたオレがシンクを掃除しているサヤさんのところに行くと、

「冬木はもう部屋に行ったわよ。洸夜くん、本当に冬木の部屋でよかったの?」

と言われる。

「冬木に会いたくてきたので。むしろ冬木の部屋でなくっちゃきた甲斐がないんです」

「ありがとう、ウチの冬木のことホント気に入ってくれて。冬木もあなたのこと頼りにしてるみたい。頼りにしてる、親子共々ね」

こういうのは本人から言われるより他人経由からの方が素直に嬉しいんだよな。
オレは照れて、

「はは、買いかぶり……」

と、鼻の頭をかいた。

「洸夜君が高校卒業した今でも冬木が話すのはあなたのことばっかりなんだから」

「は、はは……っ」

「社会人になっても仲良くしてもらえたら嬉しいって、私思ってるくらいよ? これからも仲良くしてね」

と、何気なく言われたサヤさんの一言にオレはどきりとした。


そうだ、社会人。
オレも冬木も今は学生で社会の目から一枚隔てた学校や親の庇護の中にいる。
だけど、社会人になったら。

男同士って……どうなんだ?

いや、オレの気持ちは昔から決まってる。オレにとっては一生一緒に居たいのは冬木だけだから。

でも、冬木は? 今はオレに懐いてる。オレが冬木のこと囲い込んできたからな。他のヤツに盗られないように。オレだけを見ているように。

ただ、冬木だって一人の人間で、意志ってやつがある。

いつかオレの腕の中から飛び立っていかなきゃならなくなる。

そして、結婚して家庭を持って、自分の子供が欲しいって……それが普通の成り行き、幸せってもんだと思う。

オレがイレギュラーなだけで。


――きっと、何年かしたらオレは冬木の人生の障害でしかなくなる……。
その時、オレはちゃんと冬木のことを手放してやれるだろうか?


そう考えたら、ガッツリ落ち込んだ。




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