8 / 9
8
しおりを挟む
こま子の手の中で、口から離したグラスの湖面に小さくさざなみが立った。
「い、いつから……?」
——私のことを好きだったのだろうか?
「あのガッコ、寮があったでしょ。もちろん男女別の建物だったけど……新入生の顔合わせでの食事会、緊張のあまり腹痛起こした時、親身に助けてくれた子がいたって。それがこま子さん、あなたでしたわ」
一目惚れって言ってましたなぁ、と女性……荒木の母親が言った。
荒木は奇跡的に助かっていた。
でも。今、彼は記憶を失っている。
「よう来てくれました」
と急に声がして、しんみりとした空気に浸っていたこま子は、驚いて椅子から飛び上がってしまった。ガタン、と揺れた丸椅子に座り損ねてこま子が尻餅をつく。
あはは、と笑い声が響いた。
開いた入り口から伸びた人影に顔を向けると、荒木が立っていた。こま子が下唇を噛んで見ると腰をかがめて上目遣いにペコリとしてくる。無言だけど……謝ってるってことだろう。手を貸してくれそうもないので仕方なしにこま子は一人で立ち上がった。
「あれ、習平が笑った。こんなん、アレから初めてです」
と、母親がエプロンの裾で目尻を拭う。そして、あぁっと声を上げると、
「お父さん呼んでくるわ」
と、母屋の方へ走って行ってしまった。年齢を感じさせない素早さだった。
まさか、いきなり二人きりになると思っていなかった。こま子は、言葉を詰まらせながら、
「初めまして。駒井こま子と申します。農業をしたくてここにお世話になりに来ました」
と言うのが精一杯だった。
(あんたに会いに来たのよ)
と言っても、荒木には、なんの事かわかるまい。
その証拠に、荒木は探るような、物珍しさを滲ませた目で、こま子を見てくる。
明らかに、初対面のよそ者に対する態度にこま子は傷ついた。
(私、初めて会う女になってしまったんだ)と思い知らされ、(来るんじゃなかった)と後悔が頭をよぎる。
「い、いつから……?」
——私のことを好きだったのだろうか?
「あのガッコ、寮があったでしょ。もちろん男女別の建物だったけど……新入生の顔合わせでの食事会、緊張のあまり腹痛起こした時、親身に助けてくれた子がいたって。それがこま子さん、あなたでしたわ」
一目惚れって言ってましたなぁ、と女性……荒木の母親が言った。
荒木は奇跡的に助かっていた。
でも。今、彼は記憶を失っている。
「よう来てくれました」
と急に声がして、しんみりとした空気に浸っていたこま子は、驚いて椅子から飛び上がってしまった。ガタン、と揺れた丸椅子に座り損ねてこま子が尻餅をつく。
あはは、と笑い声が響いた。
開いた入り口から伸びた人影に顔を向けると、荒木が立っていた。こま子が下唇を噛んで見ると腰をかがめて上目遣いにペコリとしてくる。無言だけど……謝ってるってことだろう。手を貸してくれそうもないので仕方なしにこま子は一人で立ち上がった。
「あれ、習平が笑った。こんなん、アレから初めてです」
と、母親がエプロンの裾で目尻を拭う。そして、あぁっと声を上げると、
「お父さん呼んでくるわ」
と、母屋の方へ走って行ってしまった。年齢を感じさせない素早さだった。
まさか、いきなり二人きりになると思っていなかった。こま子は、言葉を詰まらせながら、
「初めまして。駒井こま子と申します。農業をしたくてここにお世話になりに来ました」
と言うのが精一杯だった。
(あんたに会いに来たのよ)
と言っても、荒木には、なんの事かわかるまい。
その証拠に、荒木は探るような、物珍しさを滲ませた目で、こま子を見てくる。
明らかに、初対面のよそ者に対する態度にこま子は傷ついた。
(私、初めて会う女になってしまったんだ)と思い知らされ、(来るんじゃなかった)と後悔が頭をよぎる。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる