最初のオトコ

たみやえる

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 こま子の手の中で、口から離したグラスの湖面に小さくさざなみが立った。
「い、いつから……?」
——私のことを好きだったのだろうか?
「あのガッコ、寮があったでしょ。もちろん男女別の建物だったけど……新入生の顔合わせでの食事会、緊張のあまり腹痛起こした時、親身に助けてくれた子がいたって。それがこま子さん、あなたでしたわ」
 一目惚れって言ってましたなぁ、と女性……荒木の母親が言った。


 荒木は奇跡的に助かっていた。


 でも。今、彼は記憶を失っている。


「よう来てくれました」
と急に声がして、しんみりとした空気に浸っていたこま子は、驚いて椅子から飛び上がってしまった。ガタン、と揺れた丸椅子に座り損ねてこま子が尻餅をつく。
 あはは、と笑い声が響いた。
 開いた入り口から伸びた人影に顔を向けると、荒木が立っていた。こま子が下唇を噛んで見ると腰をかがめて上目遣いにペコリとしてくる。無言だけど……謝ってるってことだろう。手を貸してくれそうもないので仕方なしにこま子は一人で立ち上がった。
「あれ、習平が笑った。こんなん、アレから初めてです」
と、母親がエプロンの裾で目尻を拭う。そして、あぁっと声を上げると、
「お父さん呼んでくるわ」
と、母屋の方へ走って行ってしまった。年齢を感じさせない素早さだった。
 まさか、いきなり二人きりになると思っていなかった。こま子は、言葉を詰まらせながら、
「初めまして。駒井こま子と申します。農業をしたくてここにお世話になりに来ました」
と言うのが精一杯だった。
(あんたに会いに来たのよ)
と言っても、荒木には、なんの事かわかるまい。
 その証拠に、荒木は探るような、物珍しさを滲ませた目で、こま子を見てくる。
 明らかに、初対面のよそ者に対する態度にこま子は傷ついた。
(私、初めて会う女になってしまったんだ)と思い知らされ、(来るんじゃなかった)と後悔が頭をよぎる。
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