10 / 27
新堂洸夜の誕生会
10
しおりを挟む
「お兄さん、家族でもっと話さなきゃダメです。お父さん、お母さんと……それから、彼女と」
冬木が兄に近寄り、ポケットから一枚のハンカチを取り出す。
怪訝な顔でそれを見た兄がサッと顔色を変え信じられないものを見る目つきで冬木の顔を凝視し、叫び声をあげてそのハンカチをひったくった。
そしてそのハンカチを鼻に押し当て(兄の手はみっともないくらいに震えていた)、
「なんでお前がこれを持っている」
と叫んだ。
その時、母が一人の女性を伴って部屋に入ってきた。その後ろから父が。
女性は青白い唇を振るわせ、兄のことを睨んでいる。
彼女が一歩近づくたびに兄はうなだれ、逃げるように顔を背けた。
オレの前を彼女が通った時覚えのある香りがした。一週間前、帰宅した冬木がまとわり付かせていた香水の匂いだ。
オレがそれに気づくのと、パチンと音がしたのはほぼ同時だった。
女性が兄の頬を張ったのだ。
「あなたは、私をバカにしているんですか」
「君の将来を守るためだ」
「わたしの未来は私のものです。勝手に貴方が決めるものじゃないわ……私の気持ちを、何だと思っているの!」
「ご両親と外に出たら、彼女がいたんです。ずいぶん立っていたみたいですよ。お兄さんに会いたくて。可哀想なくらい震えながら」
と言った冬木にうちの兄が、
「俺は君の兄ではない。家族ヅラするな」
と言う。うなり声に近い低音は、部長として社員の肝を寒からしめてきた必殺の技なのだろう。だか、冬木の表情は微動だにしない。
(こいつの肝の太さは小学生の頃から変わっていないな……)とつい口元が緩んでしまう。
石橋を叩いて叩いて、叩いてたたきこわすくらい臆病者なオレの嘘で冬木を傷つけた幼い頃の記憶がよみがえった。
思えば小学生だったあの頃……すでにオレは冬木に陥落していた。
「すみません……じゃあ、浩暉さん」
冬木は悪びれずに兄の下の名前を呼んだ。
兄がギロリと冬木を見る。
視線と視線がぶつかり合う。
だが兄は、母に肩を抱かれて立つ彼女に目を向けると、いからせていた肩をがくりと落とし、
「……お兄さんでいい」
と言った。
冬木の口角がゆるく持ち上がる。
短いやり取りで二人の間でなんらかの勝敗が決したらしいことはわかったのだが、それがなんについての勝ち負けなのか、オレはさっぱり分からなかった。
様子を見ていた母がカラカラと笑った。父が片手をあげると様子を見ていたお手伝いさんが、いそいそと近づいて女性のコートやバッグを受け取った。
兄が盛大に舌打ちし、女性の手を取る。
「まだ君とのことを受け入れたわけじゃない」
苦々しく言う兄に、
「往生際が悪いわよ」
と、母。兄は多分反論しようとしたのだろう……口を半開きにして……また閉じた。
母は機嫌が良いし、父はいつも通りの泰然自若な雰囲気で余計な質問をするのはためらわれた。兄はすっかり不貞腐れ……でも玄関で会った時のわざとらしい、見せかけだけの機嫌の良さはなくなっていた。
こうして、オレの二十三歳と言う中途半端な年に行われた誕生会はお開きになった。
なぜならこの後彼女を交えて急遽家族会議をすることになったからだ。
冬木が兄に近寄り、ポケットから一枚のハンカチを取り出す。
怪訝な顔でそれを見た兄がサッと顔色を変え信じられないものを見る目つきで冬木の顔を凝視し、叫び声をあげてそのハンカチをひったくった。
そしてそのハンカチを鼻に押し当て(兄の手はみっともないくらいに震えていた)、
「なんでお前がこれを持っている」
と叫んだ。
その時、母が一人の女性を伴って部屋に入ってきた。その後ろから父が。
女性は青白い唇を振るわせ、兄のことを睨んでいる。
彼女が一歩近づくたびに兄はうなだれ、逃げるように顔を背けた。
オレの前を彼女が通った時覚えのある香りがした。一週間前、帰宅した冬木がまとわり付かせていた香水の匂いだ。
オレがそれに気づくのと、パチンと音がしたのはほぼ同時だった。
女性が兄の頬を張ったのだ。
「あなたは、私をバカにしているんですか」
「君の将来を守るためだ」
「わたしの未来は私のものです。勝手に貴方が決めるものじゃないわ……私の気持ちを、何だと思っているの!」
「ご両親と外に出たら、彼女がいたんです。ずいぶん立っていたみたいですよ。お兄さんに会いたくて。可哀想なくらい震えながら」
と言った冬木にうちの兄が、
「俺は君の兄ではない。家族ヅラするな」
と言う。うなり声に近い低音は、部長として社員の肝を寒からしめてきた必殺の技なのだろう。だか、冬木の表情は微動だにしない。
(こいつの肝の太さは小学生の頃から変わっていないな……)とつい口元が緩んでしまう。
石橋を叩いて叩いて、叩いてたたきこわすくらい臆病者なオレの嘘で冬木を傷つけた幼い頃の記憶がよみがえった。
思えば小学生だったあの頃……すでにオレは冬木に陥落していた。
「すみません……じゃあ、浩暉さん」
冬木は悪びれずに兄の下の名前を呼んだ。
兄がギロリと冬木を見る。
視線と視線がぶつかり合う。
だが兄は、母に肩を抱かれて立つ彼女に目を向けると、いからせていた肩をがくりと落とし、
「……お兄さんでいい」
と言った。
冬木の口角がゆるく持ち上がる。
短いやり取りで二人の間でなんらかの勝敗が決したらしいことはわかったのだが、それがなんについての勝ち負けなのか、オレはさっぱり分からなかった。
様子を見ていた母がカラカラと笑った。父が片手をあげると様子を見ていたお手伝いさんが、いそいそと近づいて女性のコートやバッグを受け取った。
兄が盛大に舌打ちし、女性の手を取る。
「まだ君とのことを受け入れたわけじゃない」
苦々しく言う兄に、
「往生際が悪いわよ」
と、母。兄は多分反論しようとしたのだろう……口を半開きにして……また閉じた。
母は機嫌が良いし、父はいつも通りの泰然自若な雰囲気で余計な質問をするのはためらわれた。兄はすっかり不貞腐れ……でも玄関で会った時のわざとらしい、見せかけだけの機嫌の良さはなくなっていた。
こうして、オレの二十三歳と言う中途半端な年に行われた誕生会はお開きになった。
なぜならこの後彼女を交えて急遽家族会議をすることになったからだ。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる