文化研究部

第２２話

「残り２分ちょい……」

　時計の針を見つめ、急遽臨時顧問になった山田は小さく呟いた。
　タイムアウトを取った時、善之たちは山田へ１つ頼みごとをしていた。
　それは、残り時間が２分付近に差し掛かったところで合図をしてくれというものだった。

“パン！！　パン！！”

「んっ！？　……了解！！」

　たまたまタッチラインにボールが出た時、自分たちのベンチの方から手を叩く音が聞こえて来たため、善之たちはそちらへ目を向けた。
　それが山田からの合図だと言う事が分かり、サムズアップして返事する。
　善之が仲間に目を向けると、みんな残り時間のことを確認したと言うかのように、アイコンタクトで通じ合った。

『ただ……、時間が分かっても……』

　善之だけでなく、他のメンバーも同じことを思ったことだろう。
　同点にされてからずっと守備重視に変わり、善之たちは完全に甲羅に閉じこもった亀の状態だった。
　今も敵ボールのキックイン。
　攻撃をしかけるにも、そのチャンスを掴めるかが問題だ。

『くそっ！！　どうにかしてあの形・・・に持ち込まないと……』

　サッカー部のキックインで再開され、西尾から高田、高田から瀬田へボールが回っていく。
　パスを回し、ボールを持っていない所で動き回り、マークを振り切った状態でパスを受けてシュートを打とうと狙っている。
　しかし、そのパス回しやマークを外そうとする動きに、善之たちも必死に付いて行く。
　２分後には完全にスタミナ切れするであろう海も、何とか高田の好きにはさせないように動いている。
　ただ、このままでは時間が過ぎるだけ。
　試合終了ギリギリの逆転勝利を狙っている善之たちからすると、何とかしてボールを奪って攻撃に入りたい。
　石澤にマークに付いている善之は、この状態でも刻々と過ぎる時間に焦る気持ちが生まれてくる。

『……何かしてくるつもりか？』

　サッカー部の瀬田も、さっきの山田の合図に何か意味があるのだろうと察していた。
　自慢のドリブルも優介のマークを振り切れないため、無理をせずパス相手を探す。

「瀬田！」

「頼んます！」

　パスの相手を探している瀬田に、最後尾でパスを散らす役割をしている高田がフォローに向かう。
　他にパスを出せる相手がいないため、瀬田は安全に高田へ戻す。

「「っ！？」」

　パスを受けた高田がトラップし、足から少しボールが離れた瞬間、それを狙っていたかのように一人の足が伸びてきた。
　予想していなかったことに、高田と瀬田は目を見開いて驚いた。

「ナイス！！　海っ！！」

　ボールに触れたのは海の足だ。
　体力がほぼ尽き、パスに対してはたいして反応していなかったのだが、それはこの瞬間のためのものだったと言っても良いくらいだ。
　善之たちでもそんなことをしてくるなんて思っていなかったため、面食らったという思いが強い。
　仲間の善之たちですら予想していなかったのだから、サッカー部の連中も当然面食らった。
　海の足に当たったボールは、敵陣のコートを斜めに転がっていった。

「竜！！」「おうよ！！」

　どちらのチームの人間も予想外だったため、全員反応が遅れる。
　しかし、攻撃の機会を狙っていた善之たちの方が、このボールに反応するのは速かった。
　敵陣に転がっていくボールを取るために、善之は竜一に走るように名前を呼んだだけで指示を出す。
　竜一の方も、それが分かっていることから、返事をするとともに猛ダッシュを開始していた。

「本当にスタミナモンスターだな……」

　見学しているバスケ部員は、竜一のダッシュを見て思わず感想を呟く。
　バスケ同様に、コートを前後に走り回るフットサルはかなりの体力を消耗する。
　交代要員のいない善之たちは、前後半合わせて４０分間走りっぱなしだ。
　にもかかわらず、竜一のダッシュ速度は試合開始時とそれほど変わっていないように見えるからだ。
　竜一の足はめちゃくちゃ速いわけではない。
　しかし、なかなかの速度をずっと維持していることの有用性は、今証明された。

「……いくら何でも届かないか？」

「ぐっ！！」

　海の蹴ったボールは思いのほか強く、ボールはタッチラインへ向かって転がっていく。
　驚異のスタミナから、竜一のダッシュ速度が変わらないとは言っても、バスケ部員の言うように届くか届かないかはギリギリといったところのように思える。
　それは竜一も分かっていて、表情を歪めて足に力を込める。

「届け！！　オラッ！！」

　タッチラインを割ろうとするボールに対し、竜一は思いっきり足を伸ばした。
　スライディングのような態勢で伸ばした足は、タッチラインギリギリ手前でボールを止めることに成功した。

「と、届いた……！？」

　フットサルには主審が２人いる。
　そのことの良さが、善之たちを味方した。
　竜一の懸命なプレーは、ラインを割ったかどうかは、コートの善之たちやサッカー部員には判断できなかった。
　しかし、審判の目の前で起きたプレーであり、主審はタッチラインを割ったという反応をしなかった。

「続行！！」

　審判のその反応に、善之たちは大きな声をあげる。
　サッカー部員がタッチラインを割っていないことに戸惑っている間に、そのままゴールへ向かってボールを近付けるチャンスだ。

「でも、滑ってる間に……」

「高田さん！？」

　バスケ部員が呟いたように、そのまま竜一がゴールへ向かってドリブルを開始した頃には、最後尾にいた高田がゴール前に戻って来ていた。
　しかも、コートの左隅に近いこの位置では、シュートに持って行くのも無理が過ぎる。

「……竜！」

「優！！」

　どうするべきか僅かに停滞した竜一に、右サイドの方から声がかかる。
　いつも通り大きな声とはいかないが、優介が走り込んでいることに竜一は気が付いた。
　逆サイドに振る形になったパスが、優介の足下に届けられる。
　そのパスを受け取った優介は、そのままゴールの右下隅を目掛けてシュートを放った。

「があっ！！」

　サッカーでもフットサルでも、キーパー（ゴレイロ）が止めにくいのはゴールの４隅。
　反対に振られた上に止めにくいコースに、サッカー部のゴレイロである吉田は飛びつき手を出す。
　気合いのこもった声と共に伸ばした手は、指先がボールに届いた。
　キャッチは無理だが、弾く事ぐらいは可能。
　吉田の指はボールを弾き、ゴールラインの外へ弾くことに成功した。

「決めさせねえよ！！」

「……チッ！」

　かなりいいコースへ飛んだシュートを、反対に振られた状態で反応し、その上外へ弾きだすなんてスーパーセーブも良いところだ。
　止めた吉田はサッカー部の仲間に祝福されるように叩かれている。
　自分でも会心のプレーだと分かっているのか、優介に対してガッツポーズをとりながら吉田は声をかける。
　今のプレーは完全にゴレイロを褒めるしかない。
　敵ながらとんでもないプレーをされて、優介は舌打ちをするしかなかった。

「コーナー頼むぞ！　海！！」

「ハァ、ハァ……！！」

　コーナーのキッカーは海。
　スタミナ切れでマークを外すような動きをできないのではそうなるのも仕方がない。
　善之に頼まれた海は、息を切らしながら手を上げて了承のサインを送った。

「ゴー！！」

「黒田だ！！」

「他もニアに走ってるぞ！！」

　善之の合図と共に３人が走り出す。
　ファーからニアへと走る善之へボールが出されると判断するが、優介と竜一も同じように走り込んでいる。
　これではボールを受けてもシュートに持って行くのはかなり無理がある。
　もしかしたらボールを受けてから何かをしかけてくるのではと、マークに付いていた西尾たちはそのまま善之たちを追っていった。

「かかった……」

　マークが付いてきたのを確認して、善之たちは笑みを浮かべた。
　この瞬間、この状況こそが善之たちが狙っていた策を実行する瞬間だったのだ。