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2学年 後期

第165話

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「ガキがっ!!」

 先程も訂正したというのに、自分を狼ではなく犬扱いした。
 更に、人間の、しかもガキに舐めた態度を取られ、一気に沸点が上がったナタニエルは、伸の安い挑発に乗る。

「死ねやっ!!」

 柊が娘婿を呼び寄せて何を考えているのか分からないが、それをすぐに無駄だと分からせる。
 そう考えたナタニエルは、伸との距離を詰めると、上段から刀を振り下ろした。

「…………?」

 一撃で仕留める。
 そのつもりで振り下ろしたのは事実だが、いくら何でも手ごたえがなさすぎる。
 疑問に思ったナタニエルは、伸がいた場所へと振り返った。

「っっっ!?」

 振り返った途端、ナタニエルは目を見開く。
 何故なら、斬り殺したと思った伸が、刀を構えて目の前に迫っていたからだ。

「シッ!!」

「ぐっ!!」

 距離を詰めた伸は、ナタニエルの顔目がけて突きを放つ。
 ナタニエルは首を捻り、その攻撃を必死になって躱す。
 魔人特有の反射神経と言って良いだろう。
 直撃を避けることに成功した。

「ガアァ……」

 直撃は回避したが、無傷ではない。
 頬をざっくりと斬られ、少なくない量の血が流れた。
 そして、傷の痛みに呻き声を上げた。

「バカな……」

「……?」

 驚愕の表情のナタニエルに、伸は首を傾げる。
 というのも、ナタニエルが何に驚いているのか分からないからだ。

「さっき斬ったはず……」

 手ごたえはなかったが、たしかに斬ったはずだった。
 それなのに、伸は全く怪我を負っている様子がない。
 では、さっき斬ったのは何だったというのか。
 訳が分からず、ナタニエルは混乱しているようだ。

「……フッ! お前が斬ったのは残像だ!」

 漫画などで見たことがあったが、まさかこのセリフが言える日が来るとは思わなかった。
 混乱しているナタニエルに対し、伸はドヤ顔で答えた。

「殺す!!」

 ドヤ顔が癪に障ったのか、ナタニエルは牙をむき出しにして伸に殺気を飛ばす。
 そして、刀を構えると、伸へ向かって地を蹴った。

「ハッ!!」

「っ!!」

 距離を詰めると、ナタニエルは薙ぎ払いを放つ。
 その攻撃を、伸は刀で受け止める。

「もらった!!」

 先程の攻撃は、伸に受け止めさせるためのもの。
 思った通りに受け止めた伸に、ナタニエルは笑みを浮かべる。
 片手による攻撃の自分に対し、伸は両手で持った刀で受け止めた。
 片手が空いている自分は、まだここから攻撃をすることができる。
 ナタニエルは空いている左拳を、伸の腹目掛けて打ち込んだ。

“パシッ!!”

「なっ!?」

 腹に拳を捻じ込み、この一撃で伸の内臓を破壊してやろうと考えていた。
 しかし、その拳が伸に届くことはなかった。
 何故なら、伸が刀から片手を離して、力に逆らわないように受け流したからだ。

「フンッ!!」

「そんなの…ゴアッ!?」

 受け流した手で、伸はナタニエルの胸へ掌底を放つ。
 所詮は振りかぶりもしない人間の子供の攻撃。
 そんな思いから、ナタニエルは大した威力はないと踏んでいた。
 しかし、その強力な衝撃に、言葉を言い切ることができずに吹き飛ばされた。

「くっ!! このっ!!」

 数mの距離を飛ばされたナタニエルは、体勢を立て直し、着地する。
 そして、すぐに伸へ向かって地を蹴った。

「死ね!!」

 俊夫に娘婿の体が弾け飛ぶ様を見せたくて、拳で殴りつけるつもりでいたが、殴り返される結果になってしまった。
 もしかしたら、武術系の能力が高いことで柊家に見いだされた人間なのかもしれない。
 ならば、余計なことは考えず、刀で斬って捨ててしまえばいい。
 相手は柊家の娘婿とは言っても人間の子供だ。
 力も速度も、本気を出せば自分の方が確実に上。
 先程のような、受け止めさせるための生ぬるい攻撃などではなく、受け止めただけで吹き飛ばすような剣で仕留める。
 そう考えたナタニエルは伸に接近すると共に、両手で持った刀を上段から振り下ろした。

「フンッ!」

「なっ!?」

 ナタニエルは、またも驚きの表情へと変わる。
 力を込めて振り下ろした刀が、片手で持った刀で受け止めたからだ。

「ハッ!!」

「ウゴッ!!」

 攻撃を受け止めるた伸は、すぐさま攻撃に入る。
 先程と同様に放たれた掌底が、今度はナタニエルの顎に入った。
 それにより、ナタニエルはまたも数m飛ばされる。
 だが、今度はちゃんと着地をする事はできず、地面に背中を強かに打ち付けた。

「くっ! バカな……」

 ダメージはそこまでなかったらしく、ナタニエルはすぐに立ち上がる。
 全力ではないとはいえ、自分の力と速度に対応している。
 それどころか、伸の方が余裕があるように見える。
 腕で口から流れた血を拭い、ナタニエルは信じられないと言ったような表情で伸を睨みつけた。

「くそっ! 他の奴らは何をしている!」

 最初の目的である柊と鷹藤をまだ仕留めていないというのに、こんな邪魔が入るなんて想定外だ。
 邪魔が入らないために、部下の魔人たちを配置したはずだ。
 それなのに、どうして伸がここに来れたのか疑問に思い、思わず声を漏らす。

「他も何も、残っているのはお前だけだ」

「……何を言っている? 他の会場や会場周辺にも配置していただろ?」

 伸の言葉に、ナタニエルは一瞬固まる。
 実力的にはバラつきがあるが、結構な数の魔人を配置した。
 個で止められなくても、集団でかかれば足止めくらいはできるはず。
 それに、決勝戦を行った会場には、部下の中でも上位の者たちを置いてきた。
 日向の名家の人間たちが相手とはいえ、そろそろ仕留めてこちらに来てもいい頃だ。
 それなのに、残っているのは自分だけと言われても意味が理解できないため、ナタニエルは浮かんだ疑問を伸に問いかけた。

「そいつらはもう全員やられてるよ。信じられないっていうなら探知して見ればいいだろ?」

「……そんなバカな!」

 ほぼ自分が倒したのだが、他会場にいた魔人に止めを刺したのは綾愛や名門家の者たちだ。
 近くには伸の大叔父に当たる鷹藤家の康義がいる。
 ナタニエルを倒す以上、目を付けられるのは間違いないだろうが、念のため自分が殺したとは言わず、伸は他の魔人はもう死んでいることをナタニエルに教えた。
 それを聞いたナタニエルは、焦燥に駆られる。
 いくら日向における名家の者が揃っていたとは言っても、自分の部下たちが全員がやられたなんて、とてもではないが信じられない。
 伸が嘘を言っていることを確認するため、ナタニエルは言われた通り探知を広げた。

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