御伽ヒロイック学院 ーラノベ主人公科ー

もみじ

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第二章 朏いくさと小さな怪物

三日前(その7)怪人と同棲

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 いくさの一日は新聞配達に始まり、新聞配達で終る。朝二時に起床、三時から六時まで朝刊を配り、それから学校に向かう。九時から十六時まで学校の授業。それから急いで新聞屋に戻ると今度は夕刊を配る。一九時には家に帰り、二十時頃就寝する。
 このような過密スケジュールの中、唯一いくさが一息つける時間があった。それは朝刊を配り終えてから学校に行くまでの数時間。この時ばかりは流石のいくさも肩の荷を下ろせる・・・はずだった。

 バイトから帰るといくさは驚愕する。
 レゥの股間が濡れている。

 床からアンモニア臭が漂い、レゥは顔を赤らめ申し訳なさそうに項垂れていた。

「もしかして・・・漏らしたの!?」
「うっせぇな、我慢できなかったんだよ!」
「ていうか怪人も排泄器官があるんだ?吃驚だよ」
「お前あたし等を何だと思ってる?飲み食いすんだから出すに決まってるだろ!」
「イメージ壊れるなぁ・・・意外と生物やってんだね」
「そんな事よりお前、どこ行ってたんだよ?怪我人独りほったらかすなよな」
「バイトだよ、お金稼がなきゃ生活できないじゃん」
「バイト?こんな夜中に?」
「新聞配達だよ。朝の三時から六時と夕方の四時から六時。昼間は学校だしこう見えて結構多忙なんだよ私」
「それじゃあその間あたしは独りか?ふざけんな!」
「まあそう怒らないでよ」

 いくさはドライヤーを取り、レゥの恥部を乾かす。

 はにかんでレゥは股間を閉じた。

「おい・・・お前何やってんだ?」
「見て分からない?濡れたまんまじゃ気持ち悪いだろうから乾かしてあげてるんだよ。ほら、股開いて」
「取り替えろよ!」
「そう言って足の紐解かせるつもり?そうは行かないよぉ~だ」

 なす術も無く、されるがままのレゥ。
 いくさはそんなレゥの前に一個のバケツを置く。プラスチック製の安価なバケツだ。

「いい?今度私が留守の間にしたくなったらこのバケツにしてよね、分かった?」
「分ぁってるよ・・・つうかこの紐解いてくれりゃトイレくらい自分で行くっつうの」

 相手に聞こえるようレゥが呟く。

「レゥ、何か言った?」

 いくさはまるで聞こえていないかのような素振りで白々しく言葉を返した。
 いくさは今朝方コンビニで買った弁当を袋から出す。その中の唐揚げを一つ、箸で摘まむとレゥの口に移した。尻尾を振って美味そうに頬張るレゥ。それを見ていくさは思う。

 “ホント犬・・・”

「人間ってこんな美味いもん食ってんだな」
「ただの唐揚げじゃん?今までどんなもの食べてたの?」
「鹿や猪」

 いくさはうぇっとする。

「どんだけ山育ち?レゥの故郷って・・・」
「うっせぇよ、もう一個よこせ」

 こんな調子で根幹こんかんに触れようとするとすぐはぐらかされた。いくさが「どうして戦ってるの?」と尋ねるとレゥは「ヒーローと戦うよう命令されたから」とだけ答えた。
 ヒーローを倒すために生まれてきたのだからむしろ普通の反応と言えよう。基本、怪人というのは幹部のどんな命令にも従うよう調整されている。レゥもまたそんな定めを背負った悲しき存在なのである。
 美味しそうに食べるレゥ、いくさはついつい自分の分まであげてしまう。しかしそれでもレゥは物欲しそうにした。

「もっとくれ、こんだけじゃ足んねぇよ」
「全部食べたじゃん、もう終わり。私そろそろ学校行くからね」
「おい、昼飯は?」
「わざわざ食べさせに帰って来ないよ」
「なら置いてけよ、勝手に食うからさ」
「また買いに行って戻って来る時間なんて無いよ。一食くらい抜いても死んだりしないから我慢しな」

 そう言うといくさは家を出る。

「おい!待てよ。怪人一人家に置いて行く気かよ!?信じらんね。せめて紐解いてけ。聞いてんのかいくさ!」

 レゥのわめく声が薄いドアの向こうから聞こえる。しかしいくさはその言葉に耳を傾けなかった。
 コンビニ弁当一つでは一日持たない事くらい分かっている。時が経てば否応いやおう無しにも腹は減る。本当は三食食べさせてあげたいところだが、財布の中にはもう千円と小銭しか入っていない。無駄遣いすればあっという間に無くなってしまう。
 給料が入るまで後二日、今日明日乗り切ればあの子にご馳走してあげられる。
 いくさは秋晴れの道を駆ける。不満全開のレゥを一人残して学校へと行く。しかしどんなに気をまぎらわしても、お腹を空かせたレゥの事を思うと胸が張り裂けそうになった。

         ※

 ーその夜ー
 いくさはレゥの包帯を新しい物に取り替える。傷口はふさがっていたものの、痕は未だ残っていた。しかしそれでも人間からしたら凄まじい回復力である。

「傷痕残りそうだね」
「なぁいくさ、別にお前を取って食ったりしねぇからもうこの紐解けよ」

 いくさは躊躇う。
 あれからレゥとの距離は大分縮まったように思える。しかしそれでも怪人は怖かった。
もしそれが演技だとしたら、拘束を解いて暴れられた時の事を考えると竦んでしまう。情けない話、いくさには怪人を押さえつけるだけの力が無かった。そう、彼女は何の能力も持たないただの人間だったのだ。そんな人間がヒーローを目指すなどちゃんちゃら可笑しい話だが、いくさにとっては切実な問題である。

「自分の事は信用しろっつってあたしの事は信用してくんねぇのな?まぁただの人間じゃしゃあねぇか?自分より強えぇ奴は動けねぇようにしとかねぇと怖えぇもんな」

 レゥに図星をつかれる。どんなに親密になろうと縛り縛られる関係は変わっていない。結局は上辺だけの仲なのだ。気を許してもらえる筈が無い。ただの人間と言われいくさはムッとした。
 自分こそは真のヒーロー。ハサミを手に取り、それをレゥの手首に突き立てる。刃と刃の擦れる音が二人から言葉を奪った。そしてついに両腕が解き放たれる。
 レゥは気怠けだるそうに起き上がった。手首を摩り、氷のような眼差しでいくさを見る。
差し詰め檻の中に閉じ込められた美女と野獣。いくさの心に僅かだが恐怖心が芽生える。生物としての本能が危険だと警告する。
 するとレゥは憂惧ゆうぐするいくさに手を伸ばした。
 いくさは持っていたハサミを握りしめる。つまらない意地を張ったと今更後悔する。だが時はすでに遅し、いくさの頬にその手が触れた。

「ありがと・・・」

 その言葉にいくさの思考が止まる。それはレゥを信じてあげられなかった恥ずかしさからではない。憎悪の塊であるはずの怪人・・・それなのにレゥの表情は優しさに満ちていた。その事に驚いたのだ。


 それから生活が激変したかと言うとそうでも無かった。
 次の日も、レゥは今まで通りいくさの帰りを待つ。その足音を聞くや否や玄関先で待ち構え、ドアが開くと飛びついた。お目当ては夕飯である。以前のように食べさせてあげたり、床に排尿はいにょうするなんて事はもう無い。ご飯も自分で取って食べ、自らトイレに行くようになった。しかしそれでも今のレゥを例えるならば、ようやく歩けるようになった赤ん坊。四肢の傷はまだ完全にえておらず、歩く事さえままならない。人の手を借りてようやく立てる程度でいくさがふざけて押すとレゥは意図も容易く尻餅しりもちをついた。
 世話が焼けるのはそれだけではない。ご飯を手づかみで食べるレゥ。そう、レゥははしの持ち方も知らなかった。いくさが何度箸の持ち方を教えても、レゥは面倒くさがってすぐ箸を食べ物に突き立てる。それはまるで物分かりの悪い子供のようではないか?
 さらに困ったのは風呂である。傷が痛むのかレゥは自分で風呂に入ろうとしない。仕方なくいくさが手取り足取り洗う。

「洗濯するから服脱いで」
「いいって、まだそんな臭くねぇよ」
「血生臭いっての!ついでに体も洗うから」

 そう言って嫌がるレゥを無理矢理脱がせる。手負いの怪人を押し倒すのは容易だ。力の入らない四肢などかざりにも劣る。どんなに抵抗しようともいくさにとっては芋虫同然である。髪留かみどめ、衣服、身につけている物は全て剥ぎ取る。それからパンツを脱がせようとするとレゥは痛がった。いや、そこだけではない、胸、腕、足回りの毛深いインナーが全て肌に張り付いている・・・と言うか生えている。

 まさか自前?

 レゥと人間の差異は犬耳や尻尾だけではない、陰毛の生え方も大分異なっていた。遠目で見たらちょっと変わった下着にしか見えないが地毛なのである。

 “まだ子供なのにこんな立派な陰毛で可哀想・・・”

 いくさが哀れみを込めて「剃る?」と聞くとレゥは驚きに恐怖をにじませて「やめろ・・・」と返した。
 それから嫌がるレゥのわきを抱えて風呂場に連れ込む。風呂椅子に座らせるとレゥは観念しようやく大人しくなった。
 へそを曲げるレゥ。水を引っ掛けると傷が沁みたのか悲痛な声を上げる。特に傷の辺りは嫌がる。腋を洗うため二の腕を掴み持ち上げるとすごく痛そうにする。長い髪を洗うのは一苦労、シャンプーの消費も馬鹿にならない。泡を流すとレゥは髪をぶるぶる振って辺りに飛ばした。濡れて眉根をヒクヒクさせるいくさをレゥが笑う。
 着替えはいくさのお古。インナーの上にパーカーを着させる。
 共に食べ、共に歯を磨き、共に寝る。二人は衣食住を共にした。
 新聞配達に出かけようとするとレゥは寂しそうな顔をしていくさの手を引く。

「おい、あたしも連れてけよ」
「ダ~メ、外はレゥの天敵がうようよしてるんだから家で大人しく待ってなさい。今日も唐揚げ買ってきてあげるからさ」

 “クゥゥン・・・”としょんぼりするレゥ。いつしかそれが怪人であることを忘れ、今ではすっかりペットである。いくさは配達を早々に終わらせ家でレゥとたわむれるのがすっかり楽しくなっていた。
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