御伽ヒロイック学院 ーラノベ主人公科ー

もみじ

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第二章 朏いくさと小さな怪物

三日前(その8)決意

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 今日は待ちに待った給料日、いくさは通帳を見てにんまりする。
 途中弁当屋に立ち寄り、唐揚げのオードブルを買った。骨付き肉に手羽先、衣揚げに竜田揚げ。一番高い物を選んだだけに種類は豊富である。しかも五人前、これで足りないとは言わせない。レゥの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

「よう朏、奇遇だな」

 日暮れの繁華街、買い物客に紛れて誰かがいくさを呼ぶ。
 声のする方を見るとそこにはキム兄がいた。

「あれ、キム兄どうしたの?」
「夕飯買いに来た。今日は給料日だからな、俺も贅沢(ぜいたく)しようと思って」
「そんな事より朏、お前それ一人で食うのか?太るぞ」
「い・・・いいじゃんか別に」

いくさは咄嗟に買い物袋を後ろに隠した。


 繁華街を出ればそこはもう別世界。同じ町とは思えないほど暗い闇に包まれている。
 いくさとキム兄は街灯を頼りに塀に囲まれた夜道を歩く。しかしこれと言って話す事もなく、いくさはただ黙ってキム兄の後を追いかけた。

「なぁ朏、お前誰か家に連れ込んでね?」

 人の気配が途切れたのを見計らってキム兄が沈黙を破る。

「な、何の事?」

 いくさはおどおどしながらとぼけた。

「俺、お前の隣に住んでるから分かるんだよ。夜遅くまで誰かと話してるだろ。ここ最近眠たそうにしてるのはそのせいじゃないのか?」
「あれは電話で・・・」
「電話の声が隣まで聞こえるかよ」

 いくさの表情が曇る。

「ごめん・・・いつから気づいてた?」
「ずっと前から、最初は友達かなんかが来てると思って目を瞑(つむ)ってたけど、流石に三日も居座ってたら気になるだろ?」
「あのアパートはうちの人間しか住めない事になってるんだぞ。店長に知られたら追い出されるぞ」
いくさはすかさずキム兄の前に回り込む。

 キム兄は足を止めた。

「キム兄、お願いだからこの事は誰にも言わないで」
「言わねぇよ、だけどあそこに住んでるのは俺だけじゃないんだぞ。他の奴に気づかれたらどうするんだ?」
「バレないように気をつけるから」
「いけないと分かってて何で匿うんだよ。そいつお前の何なんだ?」
「友達」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ!?」
「朏、俺の能力忘れたか?」
「・・・動作分析アクティブアナライザ
「そう、それは全てをとらえる究極の洞察眼。見抜く事において完全無欠の能力。声色や仕草で嫌でも嘘だと分かっちまうんだよ。今のお前・・・いや、新聞不配したあの日からずっとそれを感じてた」

 いくさは俯いて口を閉ざす。
 それを見てキム兄は残念そうに目を瞑った。

「俺にも言えない事なのか?正直ショックだぜ」

 嫌な空気が二人を包む。すると聞いた事のあるハスキーな声が気まずくなった空気を裂いた。

「いくさぁ~!」

 いくさの心臓が止まりそうになる。振り向くと塀の影からレゥが顔を覗かせている。
 “あのバカ!”いくさはキム兄を置いてレゥの下に走った。

「何外に出てるんだよ!人に見つかったらどうするんだ!?」
「あの狭い部屋にずっと閉じ込められてる方の身にもなれよ。お前の足音が聞こえたから待ちきれなくなって迎えに来たんだよ」

 犬の聴覚は人の何倍も優れていると聞く。犬型怪人ともなれば尚更遠くの物音も聞き分ける事が出来るのであろう。しかし今は間が悪い。キム兄に見つかったら他人を同居させてたどころの騒ぎではなくなる。怪人と知れればヒーロー沙汰にまでなるだろう。

「外はレゥの天敵が一杯だって言ったじゃん!人が居るんだから早く耳隠・・・」

 いくさはレゥに違和感を感じた。

 “犬耳が・・・無い!?”

 目を丸くして恐る恐る指をさす。

「み・・・みみ・・・みみ・・・」
「へへぇ~、驚いたろ?」
「耳どうしたんだよ!鼠にでもかじられた?」
「馬鹿言え、ちゃんとあるわ!」

 そう言うとレゥは髪をかきあげる。そこにあったのは紛れもなく人の耳。

「今時人間に化けられない怪人なんて生き残れねぇぜ」

 自慢げに言うレゥ。というか人間に化ける怪人などテレビでごまんと見てきた。いくさはする必要もない咳をして気を取り直す。

「別に驚いてないよ」
「何だよ、つまんねぇな。それよりいくさ、あいつ誰?」

 レゥは茫然と立つキム兄を指さした。

「ほら、前話したキム兄」
「へぇ~、あいつが・・・何かすっげー顔でこっち見てるけど大丈夫か?」

 ふといくさはキム兄の方を見る。
 鬼の形相で睨むキム兄。眉をひそめ、歯を食いしばるその様はまるで親の仇でも見つけたかのよう。想像を絶する顔に思わず怯む。

「朏逃げろ!そいつ人間じゃねぇ!!」

 キム兄は大きく叫ぶと荷物を投げ捨てて拳を構えた。

「はい?」

 今のレゥはどっからどう見ても人間である。

「へ~、驚いた。何で気がついたんだ?」
「へ~・・・じゃないよ!そっこうバレてんじゃん?どゆ事?」

 レゥはやれやれと言った様子で首を振る。

「たま~に居るんだよな。かんの良い奴」
「そんな事言ってる場合か!このままだとキム兄に殺されるよ?」
「なはははは、殺される気しねぇ~」
「笑い事じゃないよ。キム兄凄く強いんだから。鉄砲の弾だって避けるんだよ」
「それだけじゃないぜ。俺の動作分析は分子、電子、光子さえも洞察出来る。文字通り動く物全てを見切る。霊子だって例外じゃない、その体に纏わりついてる悪霊の姿だってハッキリと見えてるんだぜ」
「キム兄!?いつの間にそんなデタラメな能力になったの?昔はそんなんじゃなかったよね?都合良くパワーアップさせんな!」

 いくさは遠くからキム兄を小突こづいた。

「ハッタリかましてんじゃねぇぞキムチ野郎」
「誰がキムチだ!誤解を招くような呼び方辞めろ!!」
「だったらあたしが何考えてるか当ててみな」
「俺の唐揚げ弁当見て“唐揚げくいてぇ~”とか思ってんじゃねぇよ。くだらない読心させんな!」
「いくさ、あいつすげーよ。あたしの考えてる事当てやがった」
「レゥ!?今から殺されるかもしれないってのにそんな事考えてたの?」

 いくさは呆れた顔でレゥを見る。

「つかあいつアホだろ?敵前で自分の能力べらべら喋りやがって。おかげで対策打てるわ」
「レゥたんま!対策自体見切られちゃうから対策打ったって意味ないよ。もう一方的にやられるレゥの姿しか目に浮かばない」
「キム兄お願いだからここは見逃して、レゥは私が責任もってしつけるから!」
「朏!怪人を躾けるなんて正気かよ・・・まさか、そいつが例の同居人なのか?」
「それは・・・」
「朏。もう答えなくていいぞ」

 口ごもるいくさをキム兄は冷たくあしらった。彼の“もう答えなくていい”と言う言葉がいくさの胸を抉る。

「そうか、そいつが怪人だと知ってたんだな。そのうえでかばってたのか」
「キム兄、辞めて・・・」

 まるで心の中を見透かすかのような眼光にいくさは自分の心が読まれている事を悟る。少しでも読心を妨げようと両手でキム兄の視線を遮った。しかしその行動にどれだけの意味があるだろうか?いくさとて知られたくない事はある。頭の中を覗かれるという事は裸を見られるくらいの恥辱だった。

「馬鹿野郎!ずっと隠してたんだな。そいつがどれだけ人間に不幸をまき散らすか分かってるのか?怪人は悪だ。だから俺が今ここで倒す!」

 大切な人の信用を失い、いくさは今にも泣きだしそうになる。

「どいてな・・・」

 安心する声がいくさの背を押した。
 体勢を崩し、よろけるいくさ。
 レゥの長い髪がいくさの涙をぬぐう。

「いくさ、約束覚えてるか?」
「何でも力ずくで解決しようとする分からず屋にこの世の不条理を教えてやるって言ったよな?」

 冷気がレゥを包む。アスファルトに霜が降り、空気中の水分が凍ってキラキラ光る。

「借りは返すぜ」

 冷たい風と共に、隠していた野獣の耳と尾が剥き出しになる。
 全身に鳥肌が立つ。身の毛が逆立よだつのが分かるくらいにいくさは恐怖した。猛獣を前にした時のような威圧がそこにはあった。そして思い知る。いくら知性があるとはいえ、気軽に助けていい存在ではなかった。どんなに飼いならそうと狼は狼なのである。決して犬になる事は無い。見た目は同じでも全く別の種である事を忘れてはならなかった。

 レゥは身を屈め、獣のように唸り出す。

 キム兄はこっちに来いと挑発するように手で招いた。

「かかって来いよ、化物」

 そしてそれは一瞬だった。地面が砕ける。ただ一歩踏み込んだだけでキム兄との間が寸前まで詰まった。秒速360m、時速にして1296㎞。この速さは音の方が後にやって来るレベル。人間大のそんなものがこちら目がけて飛んでくるのだ。人が思考して避ける時間など到底無い。例え見えていても脳の処理が追いつかない、ならばそれは見えてないに等しい。キム兄は迫りくる脅威に気づかぬまま、ただ一方的に殴られ・・・



 “ない!”



 見るよりも早く、キム兄の拳はカウンターを入れていた。これが動作分析の本領である。その予測は未来視にも匹敵する。呼吸、心拍、筋肉の動き、その他僅かな情報から相手がどのタイミングでどんな攻撃をしてくるか感覚で分かるのだ。ならば手の打ちようなどいくらでもあろう。
 “見抜く”事に特化した能力。先程見せた読心など動作分析のほんの一端にすぎなかった。
 レゥの拳は僅かに届かず、キム兄のクロスカウンターが顎骨あごぼねに決まる。

 勝負はついた・・・

 “!?”

 キム兄の腕がひしゃげる。
 「んっ!?」と疑問を投げるキム兄。

 だが動作分析は痛みの信号が脳に達するよりも早く次の行動に出ていた。
 レゥの音速を超えるブローを防御する。
 それは大砲の弾を素手で受け止めるようなもの。キム兄の腕がメキメキとへし折れ、その勢いで塀に叩きつけられる。

「ぐあぁぁぁ!・・・腕が!!」

 彼の左腕はもう一つの関節が出来たかのようにあらぬ方向へ曲がっていた。一方レゥはまるで効いていないようである。何事もなかったかのように殴られた頬を拭う。

 足早に近づくレゥ。
 次の瞬間キム兄のハイキックがレゥの左側頭部に炸裂する。
 しかしレゥはそれを左手でいなして相手の腹部に狂拳を突き立てた。

「ぐはぁっ!!・・・」

 キム兄の体が衝撃で宙に浮く。肉袋が裂けるような音、そして腕が体を貫通する。キム兄の目が魚眼のように飛び出した。口から体内の物をぶちまける。生臭く、粘り気のあるそれは恐らく人が生きるために必要な物であろう。それがレゥの顔に勢いよくかかる。だがレゥは顔色一つ変えない。ただ淡々と相手が死にゆく様を見届ける。

 強すぎる・・・力の差は歴然れきぜんだ。素人目にもそれは分かる。
 暫く、キム兄は自分の体に突き刺さった腕を殴り続けるが・・・次第に力尽きる。
 動作分析でどんなに反応できても、その動きには人間の限界が常に付きまとう。分かっていても、極限まで強化された化物のパワーとスピードにキム兄の体が追いつかない。それでも防御の姿勢をとれたのは動作分析のおかげと言えよう。たった数秒の出来事。人並み外れた動体視力を持つ彼等にはスローモーションのように見えたであろう。
 しかしただの人間であるいくさには何が起きたのか皆目見当もつかない。まさに一瞬である。

 キム兄の口からかすれた声がこぼれる。

「そんな・・・」

 レゥは涼しい顔でその様を観察した。
 確かにキム兄は強い。その実力はプロにも匹敵する・・・と思っていた。プロのヒーローが怪人を容易く倒すのだから、キム兄だって同じ事をやってのける・・・そう疑わなかった。しかし現実は違った。怪人の強さを目の当たりにし、いくさはクラスの皆を過剰評価していた事に気づく。しょうこりもなく毎回倒される怪人が弱いのではない。本場のヒーローが強過ぎるのだ。テレビで一般人が些細な切欠でヒーローの力に目覚めるように、自分も少し努力すればヒーローになれると錯覚した。いくさは心のどこかで怪人を馬鹿にし、勝手に弱い存在だと決めつけていたのだ。
 しかしそれは頂点を極めた人間があたかも生物最強と勘違いし、猛獣に勝てる妄想をするのと同じくらいの愚かさである。
 ラノベ主人公科第二位の男が一般怪人にモブの如く倒される姿にショックを受ける。
 それより弱い自分が本当にヒーローになれるのか疑問さえいだく。

「気はすんだか?」
「くそぉ・・・何でだ?何で俺の攻撃が効かない?」
「お前も人間の中じゃ相当強い方なんだろうな、反撃してきて驚いたわ。だけど虫ケラに突かれたところで悶える程の痛みには何ねぇだろ?」
「これが、学校に行かなかったつけか・・・」

 キム兄は諦めたかのように脱力した。

「まだ分かってねぇのな。あたし等の力ってのはコンクリの壁を軽くぶち抜くし、体も銃弾をはじくほどにかてぇ。てめぇら人間が鍛えたところでどうこうなるレベルじゃねぇんだよ、アホ」

 まるで品の無いチンピラのようにガンを飛ばすレゥ。
 キム兄の胸倉を掴んで壁に打ち付けた。そして引いては打ち付ける。さらに引いて打はち付ける。何度も引いては打ち付ける。壁がどす黒い赤に染まる。

「もう辞めろよ!キム兄殺す気か!?」

 割って入るいくさ。両腕でレゥの片腕を羽交はがい絞めにする。

「はぁぁぁ!?何言ってんだ?死人に口無だろ。こいつ生かしたらもうあそこにいられねぇじゃん?」
「誰がそんな事頼んだ!」

 心火しんかを露わにするいくさ。
 キッ!と叱りつけるような目力にレゥはたじろぐ。
 “チッ…”と小さく舌打ちすると、半ば死に身と化したその体を乱暴に放した。
 いくさは重力にあらがえなくなったキム兄の体を支える。

「キム兄!」
「朏・・・逃げ・・・」

 キム兄の声が途絶える。その目は死んだ魚のように生気(せいき)を失っていた。

「キム兄ぃぃぃぃ!!!!」

 腹にぽっかり開いた穴からは血が滝水のようにしたたり落ちている。
 いくさは上着を脱ぎ、それでキム兄の傷口を塞ぐ。止血しても止血しても止まらぬ血。その勢いはとどまる事を知らない。返り血で顔を染めるいくさ。無我夢中だった。大事な人を死なせたくない一心で叫ぶ。

 その声に人が集まって来た。
 寂しげに言うレゥ。

「そういやお前のモットーは不殺だったな・・・悪かったよ・・・」

 振向くとそこにレゥの姿はなかった。

 ここでキム兄を甲斐甲斐しく介抱していれば全ての責任をレゥに押しつけ悲劇のヒロインになれる。凶悪な怪人とその被害者としてレゥといくさは元の生活に戻るのだ。

 しかしそれで良いのか?それはいくさが求める真のヒーローなのか?

人だかりをかき分けレゥを探す。

“何のためにオトヒロに入った?この酷く偏った世界を変えるためじゃないか”

 急いで部屋に戻るとトランクに荷物を押し込んだ。

“保身なんて考えてたら何時まで経っても変わらない”

 新聞屋の店長に電話をかける。

“証明するんだ、怪人だって心が通じる事を”

 携帯のアプリを起動すると行先を指し示した。
 いくさは部屋を飛び出し全力で駆ける。心臓の鼓動を高鳴らせ、小刻みに息を吐き、何度もつまづきそうになりながらひたすら走る。

 それがどんなに馬鹿げた事だとしても、進むべき道も、答えも出ていた。
 
 “何もかも元通りなんて許さない。どんなに悪に染まろうとレゥ、君と・・・友達になりたいんだ!”
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