愛され悪女は、国外追放を望んでる!?

杵竺  タオ

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第1話 新たな世界

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ぷかぷかと、私の意識は冷たくもなく暖かくもない水の中で浮いては沈んでいた。
その景色は、意識が途切れる前に見たような眩しい光の世界ではなく、ほんのりと夜光虫のような光が周りを浮いては消えて、水の中にいるはずなのに、なぜか夜空を見上げるような、海を見下ろすような静かな輝きがあった。


「(ずっと、ここにいれたらいいのに…)」


この幻想的な、現実から逸脱したような夢のような世界で、なにも感じず、何も考えず、疲れる人付き合いもなく、無理矢理笑顔を作る必要もなく、もう誰も傷つけることも、誰からも傷つけられることのないこの場所で…。


「……この場所が、気に入ったのか」

「っ、」


ぼんやりと深く、安らかな眠りにつきそうになった頃に、鼓膜を揺らして脳に入り込んだ声に、思わず上体を起こす。


「…言葉、が」

「…ああ、この場所はハルの心の中であり、お前だけの安らぎの場所。だから、この場所にいればどんな人種でも言葉は繋がる」


心の中で呟いた言葉がこぼれ落ちて外に出る。
口から出た声は、掠れてなくていつもの私の声だった。
私の声、通じる言葉、見たことのないはずの目の前の男が、なぜかこんなにも懐かしく安心するのは、やっぱり私の夢の中だから?


「…あなたは、だれ?」

「……私の名は、無い。だが、周りの者達には、滅却の蒼き神と呼ばれている」

「…滅却…、随分と物騒なあだ名ね」

「…それ相応のことをしてきたからな」


長く伸びた睫毛を伏せ、どこか悲しみに近い感情で吐き捨てられた言葉が胸に突っかかる。
見目麗しきこんな美人な男を見たら、人を覚えるのが苦手な私でもきっと一度会っただけでも覚えていそうなのに、どんなに記憶を思い浮かべても、記憶に思い当たる節はない。
なのになぜか目の前の男から、どこか懐かしさを感じて首をひねる。


「ハル、」

「私の名前…、どこかであった?」

「…いいや、会ってはいない。しかし、お前は私の申し子…、私の魂…私の、愛しい御娘ヒト


全人が見たら一瞬で落ちてしまいそうな微笑みを浮かべながら、私の頬に手を寄せる美男に、何故か羞恥よりも安堵が胸に広がる。


「待っていた…ずっと、お前を、ハルを…ずっと、お前だけを…」

「……感動のところ悪いんだけれど、私って死んだのよね?」

「っ、」


本当に感動も感情も、冷え切っちゃってる私は、悦に浸る美男を眺める趣味もなければ、神の申し子と言われ喜ぶ質でもない。
ただただ、現状把握が一番であり、これからの自分の行く末を決めなくちゃいけないという、世間一般でいう現実主義者リアリスト


「ああ…、そうだ…。…あの世で、お前は魔導の力により死の一歩を辿り、それに気づいた私がお前の魂を掬い上げこの世に呼んだ」

「…ということは、さっき気を失う前にいた言葉が通じない世界は違う世界で、貴方はそこの神と呼ばれる存在で、私はそんな神様に選ばれてしまった異世界の住人ってこと?」

「…纏めて言えば、そうだ」


ざっくりしすぎ?でも、遠回しで言ったところで事実は変わらないし、簡潔に要件を、が仕事として大事だと思うし。


「それで、この世界に呼んで私は何をすればいいの?」

「? なにを、とは」

「え?だって、普通に異世界召喚された異世界人って大概は、神様の手違いで殺されて~とか、あと世界を救ってくれ~とか、そういうのがつきものでしょう?」

「…特に、私はハルには望んでいない。私は、ハルに死んでほしくはなかった。だから、この世界に呼んだ」

「…………」


えーと…ということは、本当にこんな初対面な普通な女を異世界に呼んだ理由は、私に生きていて欲しかったってこと?本当に?
え、だって、普通は聖女として~やら、勇者として~やら、間違って殺しちゃったから転生させてやるよ!とかそんなフラグじゃなくて?いやいや、聖女ってキャラでもなければ、勇者にされても困るんだけども…え?なにそのよく分からない召喚理由…。


「私は、ただ…ハルと一緒に居たかっただけだ。だから、不可抗力とはいえ、ハルを無理矢理連れてきてしまった責任は私に、ある…」

「ん??え、いや…こちらこそ、死にかけてた所を助けてくれたんだよね…?逆に命の恩人的な何かじゃないでスか…?」

「?ハルを助けるのは当たり前だ。ハルがいるから私もいられる。だから、ハル…願いを、いってくれ」

「(なにそのキョトン顔。可愛いんですけど何ですか私を悶え殺すつもりですかああそうですよね天然さんですかああくそ可愛いな文句ある?!)」


プチギレなのは気にしないでください。
…いや本当マジで。ちょっと年取ってキレやすくなってるのかな…あれ、私まだ20代…?


「ハル…、願いは」

「いきなり、願いと言われても…。あ、言語能力はそっちの世界順応にしといて頂いても…」

「わかった。目覚める時は、言葉や文字が読めるようにしておく」


他は…?とでも言うように首をかしげる長身の美男子神様。
ちょっとグッときた私は本当、終わっているのかもしれない…。
だって、こう…なんとも言い難い何かが…こう、グッと!グッと…来たんだもん!!!


「う~ん…そうだな、あとは…"水"かな」

「………水?」

「いつでも美味しい水が飲みたい」

「……なぜ?」

「水がまずかったら生きてけない」

「………」


いや本当まじめに。
私の地元は美味しい天然水が有名なところだったから、小さい頃からその水で育って来たもんで、本当都会の水とか飲んだ時気持ち悪くて吐くかと思ったよね…。
やっぱり暮らすなら、田舎がいいよ…うん。
空気は美味しいし、水は美味しいし、水は美味しいし!!!


「……ハル、変わってる」

「褒めてる?貶してる?」

「褒めてる…?」

「(疑問形か!)…でも!実際問題、水か綺麗とか美味しくないと、作物は育たないし、生き物は生きていけないし、自然は豊かにならないし…水って大事だよ!?」


ゲームのファンタジー系だったら、攻撃属性の火属性の方が好きだけど!
現実リアルなら断然水だね!命の水というだろう!!


「…わかった。他にも必要そうなもの、私が準備しておく。その代わり…」

「ん…?」

「ハルに、私の名をつけて欲しい」

「名前…?」

「そうだ…神々は己が選んだ申し子達に名を貰い、力を与え、共に生きる礎とする。それが、私達の生きる様であり、決められた運命…」


だから、私に名をつけてくれ。そういって、私を見下ろす美男の顔を見上げる。
長く絹糸のようにキラキラと光る青みがかった銀髪の髪に、蒼玉をはめ込んだような深い海の色をした鋭い瞳…。


「……蒼夜そうや…」

「蒼、夜…?」

「蒼い夜と書いて"ソウヤ"。安直かもしれないけど、」


まるで、決まってたかのようにポロリと口からこぼれ落ちた名前に、驚いたように目を見開いている美男を見返す。
蒼は、瞳の色から。
青色ではなく、どこか深みのある蒼色の瞳と、夜のように静かに落ち着きのある雰囲気に直感でつけてしまったわけだが…。


「蒼夜…そうか、私の名は、蒼夜。…ああ、これで、やっと、」


ぽたり。
感動したかのように高揚した静かな声のあとに、頬に落ちて来た雫の正体を確認する前に、グニャリと空間が歪んだ。


「ーーーーハル!!!」

「、っ」

「…これ…、…約が、……だ。…から…ーーー」

「(ーーーな、に…ーー?)」


歪んだ景色と同時に、安定していた地面が突然水面になったかの様に、柔らかくなってぽちゃんと水の中へ落ちたように意識が刈り取られていく。
遠くから蒼夜が手を伸ばす様子に、必死に私も手を伸ばしたが、お互いの距離が縮まる事もなく、私の意識はまた暗闇に飲み込まれた。







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