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しおりを挟むこぽり、と、水中で息を吹き出す音で目を覚ました。
「……夢、な訳ないよね…」
明らかに病室でも、自室でもない煌びやかな部屋に、久方ぶりにでも開いた様な目に光が眩しくて、思わず眉を顰めた。
「…異世界、かぁ…」
滅却の神と呼ばれる蒼夜の申し子。
申し子といえば、神の力を持った者、又は、神に選ばれた人のことを指すって言うけど、こっちでも似た様な感じなのかな…?
細かいことを聞かずに、覚めてしまった為にこの世界の情報が少なすぎて困る。
ふかふかのベッドの上で、上体を起こして唸っていると、カチャっと、閉ざされていた扉が開き、外から現れた人物と目が合った。
「…やあ、よかった!やっと目が覚めたんだな!」
シャラララン。
そんな効果音が付きそうなくらいの笑顔で、目が合った瞬間に切り替えられた笑顔に、内心顔が引きつるかと思った。
「オレの名前はイリオス・グラディウス。先程はうちの兵が悪いことをしたな」
ベッドの近くに用意してあった、簡易的な椅子に流れる様に座って、発せられた言葉は蒼夜がちゃんと取り計らってくれたらしく、きちんと私には日本語として聞こえる事に、一先ず安堵。
明らかに、一般人オーラではない雰囲気を持つ目の前の男を、気づかれない程度に観察しつつ、さあ、どうやって接しようかと考え、一先ず相手に習って自己紹介でもしようと口を開く。
「…私は、」
「ああ君のことは聞いてるぞ。ハルキ・ヒロセ。ハナブサの姉君なんだろう?」
「え?」
男から発せられた言葉に、違う意味で思考が停止する。
その後に続く筈だった言葉を、飲み込んで声を上げると、狙ったかの様なタイミングでまた部屋の扉が勢いよく開かれる。
「またここかよ、イリさん!!」
「おお!我が国の天使じゃないか!…何だ~?やっぱり寂しくなって、探しに来てくれたのか~?」
「ンなわけあるか!!!アルマさんがまた鬼化して、おかんむりだっつーの!!また仕事ほったらかしにしたな!?」
「ぐっ…!い、今は休憩中だぞ…?!」
「その言葉もう今日で16回目だけど!?」
部屋に入って来た人物を見るや否や、男は先程まであったミステリアスな雰囲気をしまい、デレデレと甘やかしに入った。
そんな男に鋭いツッコミをいれ、叱りつけている少年と、必死に仕事から逃げ出した言い訳を言う男。
そんな二人を静かに眺めていると、焦った男とぱちりと目が合った。
「そ、そんな事よりだな!ほら、喜びなさい。やっと、お前の姉君が目を覚ましたんだぞ!」
少年がいる側からぐるりと周りこみ、私の肩に手を置き、言い訳がましく私を少年に紹介する。
若干掴まれた肩がいたむのは、この際無視しておこう。
取り敢えずは紹介されてしまったので、何の音も発さなくなってしまった少年を真正面に捉えて観察する。
「…ね、姉ちゃん…?」
「……うわ、本当にハナちゃんかよ」
「酷い!でも、その辛辣さはやっぱり姉ちゃんだわ…!!!」
少年…基、姿見が大分カラーチェンジしている実弟が、意味不明なこと言ってそのまま抱きついて来た。
「…ちょ、きも。抱きつかないでくんない?臭い移るんだけど…」
「俺は汗だくのリーマンのおっさんか何かか!?臭わねーよ!臭くねーもん!ちゃんと風呂毎日入ってるつーの!!」
「愚弟に抱きつかれても嬉しくもクソもねえよ。抱きつくなら、可愛い女の子を希望します」
「…はは、やっぱり変わんねーな姉ちゃんって」
苦し紛れに吐き出されたかの様な笑い声に、無言で派手になっているその頭をパシリと叩く。
文句を言われたが、全て無視してから、ムカつくほどサラサラな髪を手で梳くようになで付ける。
そうすると、腰に回っていた腕の力が少し、強くなった気がした。
「…うんうん、いやぁ~よかったなぁ。ずっと待ってたもんなぁ、姉君が起きるのを。ずぅっと心配してたもんなぁ~…」
数分間、もっと短いかもしれない時間そうしていると、最早空気になっていた男がニコニコしながら言った言葉に、自然に口角が上がるのを感じて声が出た。
「…………………………へぇ~?」
「っ!!!してねぇーし!勝手なこと言うなしイリさん!!!」
「…ハナちゃんってば、心配してくれてたのぉ~?お姉ちゃん超絶嬉しいんですけどお~」
「してねーっつてんだろ馬鹿姉貴!!死んでも死ななそうなクセして、人生生活さぼってんじゃねぇよ!!」
「ほぉー?」
「はっ!!あ、いや、今のは…ちょっと、」
「言い残すことはそれだけか?」
言葉に表すのも馬鹿になるくらい、カッと耳まで顔を赤くさせた実弟が、えーと、グラディウスさん?に怒鳴りつけて、その勢いのまま私に暴言を吐いたところで、ニッコリ。
瞬間、状況を把握した実弟が赤くしていた顔を、今度は真っ青にして取り繕う。
そんな事すらも無視して、他の人に見えない位置にある実弟の腕のツボを無言で力一杯押す。
「…あとは、姉弟で積もる話もある事だし。オレはこの辺りで、退散「してどこに行く気ですか?」ヒッ…」
実弟の痛がる姿に内心爆笑しつつ、表面上は人よけの良さそうな笑顔を浮かべていたら、いつのまにか退出しようとしていたグラディウスさんの後ろには、少し小柄な男性が一人、黒いオーラを纏って立っていた。
「あっ、アルマさん!すいません、俺…」
「ハナブサ君、お仕事ありがとうございました。ああ、君はそのままで構いませんよ、僕が用があるのはこの阿呆なので」
「…ア、アルマくぅ~ん?ちょ、痛い!イタタタタタ!!!!腕!腕がすごい方向に曲がってるって!!!折れる!腕折れるから!!」
「折れません」
「いや、だって、めちゃくちゃ痛いよ!?痛い痛い痛い痛い!!!!」
「ちょっとうるさいですよ、イリオス王」
「え?これオレが悪いの?オレが悪いの?!」
「ええ、全て貴方の責任。貴方さえ仕事から逃げ出さなければ、僕が仕事に追われることも、貴方が腕をへし折られることもなかったのに…」
「ちょ、今、腕へし折るって…!!ちょ、アルマ君!?いや、アルマさん!!!まっ、」
「待ちません」
先程の実弟のように顔を青くさせたグラディウスさんを他所に、満面の笑みで腕を掴んだまま絞め技を繰り出したアルマさん。
無情にもグラディウスさんの制止の声は、途中で途切れ、なんとも人の体から聞こえて来なさそうな音を鳴らして、グラディウスさんは魂が抜けたような顔のまま地に伏した。
「では、僕とイリスは仕事に戻りますね。ハナブサ君はこれから休憩時間しときます。"お姉さん"と話したい事もたくさんあるでしょうから…」
ひきづられていくような形で、意識のないグラディウスさんと消えたアルマと呼ばれた男性。
「(…うわ、同じタイプだあの人…)」
同じタイプというのは、まあ、私と同種の人間ってことで、それはまあ、だいぶ面倒臭い人間だということである。
退出前に実弟に投げかけられた言葉の中は、私に対しての牽制の意味として言われた言葉もあったのだろう。
…やだなあ、面倒臭いことになりそう。
「…あの、さ…姉ちゃんは、」
「…あれ、いたの?」
「いたのッ!!!ねえ何で姉ちゃんそんなに落ち着いてんの!?状況わかってる!?」
「わかってるわかってるぅー」
「投げやり!!姉ちゃん知らないかもしれないけど、ここは俺達がいた世界じゃないんだよ…?」
「あ、うん。そうだね」
「軽いッ!!!ねぇ、他に俺に聞きたい事とかないの!?もっとなんかあるでしょ!普通!!!?」
「えー…」
というか、何で当事者の私より実弟のほうが興奮してんのよ。
聞きたいことねぇ、聞きたいことって言っても蒼夜に大まかにはどういう経緯で来たか聞いたしなぁ…。
「んー…、…………じゃあさ、」
「なに?!」
「アンタの頭、何?異世界で不良デビューですかー?超ウケるんですけど」
「ッそうじゃないだろおおおおお!!!!!?」
相変わらずのツッコミ担当で、盛り上がってるところ悪いけど、だって質問どうのっていうよりさ、私はとりあえず二度寝がしたいんだよね気づけ馬鹿。
あ、馬鹿だから気づかないのか。
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