【完結】占い館のチョコレート

四季苺

文字の大きさ
38 / 38

大切な魔法

しおりを挟む
高杉たかすぎ先生」 

 コンコンというかるいノック音とともに、聞きれた声がひびく。 

「どうぞ」 

 私は書類しょるいかってペンを動かしながら、返事へんじを返した。 

「先生、そろそろお時間ですよ~」 

 白い上下の服、こしには消毒液しょうどくえきなどさまざまな道具をめたバッグを下げた若い女性が部屋へと入りながらそうげる。 

「あ、本当!教えてくれてありがとう。チョコ食べたらすぐに行くね」 

 私は急いで書類をまとめ、チョコレートの入った引き出しをる。 

「ふふ、先生、手術しゅじゅつの前には絶対ぜったいチョコ食べますよね。糖分補給とうぶんほきゅうですか?」 

「…集中しゅうちゅうしないといけないからね」 

「そうそう、スウェーデンのお土産みやげありがとうございました!ナースステーションのみんなでいただきましたよ!美味おいしかったです。日本でも売ってればいいのに」 

「よかった。また来年行くから、その時に同じお菓子かし買ってくるよ」 

期待きたいしてまーす!あ、今度こんど私もディズニー行くんで、お土産買ってきますね」 

 女性はドアへとかい、ペコリと一礼いちれいすると部屋へやから出ていった。 

可愛かわいいなぁ」 

 私にもあんなころがあったっけなぁ。 

  

 あれからたくさんの月日つきひながれた。 

 小学生だった私は、いまやもう立派りっぱなおばさんだ。ゆめかなって医師いしになって、病院でせっせとはたらいている。家に帰れば、お母さんとしてご飯を作ったり子どもの勉強べんきょうをみたり、とにかく毎日いそがしい。 

「…わらないものもあるか」 

 紺色こんいろのキラキラのつつがみをほどき、丸い形のチョコレートを口にほうむ。したの上でゆっくりとチョコレートがほどけて甘い味が広がっていった。 

 その間、私は目を閉じてこれから手術をする患者かんじゃさんのことを思いかべ、これまでの自分の努力どりょくを思い返した。 

 私は大切なことにいどむ前はいつも、こうしてチョコレートを食べる。 

  

 あらた告白こくはく返事へんじをした時。 

 大学入試だいがくにゅうしを受けた時。 

 初めての手術。 

 初めてのスウェーデン旅行。 

 結婚けっこん出産しゅっさん。 

  

 いつだって、たったひとつぶのチョコレートが私の中に眠る勇気ゆうきを引き出して、ふるい立たせてくれた。 

「よしっ!」 

 口の中のチョコレートがけてすっかりなくなったので、私は目を開きいきおい良く立ち上がった。いそぎ足で歩く後ろでは、白衣はくいのすそがひるがえっている。 

「人のえんって不思議ふしぎだなぁ」 

 思わず、ひとりごとを口にしてしまう。だって、今日私が手術をする患者さんはカリンなんだもの。 

 地元の病院に就職しゅうしょくしたから、知り合いをるのはめずらしくない。なんなら、なずなちゃんなんて結婚してしてからもわざわざ私のところに受診じゅしんしに来るし。でも、カリンに会ったのはあの発表会はっぴょうかいの日以来いらいだったから本当にビックリした。 

 最初、私はカリンだと気付かなかった。名字みょうじも見た目も変わっていたから。でも、一通ひととお診察しんさつんで「何か質問しつもんありますか?」と聞いたらカリンから切り出してきたのだ。 

「あの…鈴奈だよね?光陽こうよう小学校卒業そつぎょうした…」 

「そうですけど…?」 

「私、同級生どうきゅうせいだったカリンなの。6年の終わりごろに学校行かなくなっちゃったけど…おぼえてるかな?」 

「えっ!カリン!?」 

 そう言われても、信じられないくらい姿すがたが変わっていた。どちらかというとぽっちゃりしていたのに、今や細身ほそみだし、長かったかみもうなじがかくれる程度ていどの長さになっている。 

 カリンは発表会の後に不登校ふとうこうになって、中学校も行けずじまいだったとうわさで聞いた。田舎いなかなので外に出れば知り合いに会う状況じょうきょうで、登校どころか外出がいしゅつすらもつらかったみたいだ。 

 「あれからどうしてたの?」とたずねたら、頑張がんばって通信制高校つうしんせいこうこうを卒業したことや、そこのスクーリングで出会った優しい人と結婚したこと、資格しかくを取ってはたらいていることなどを教えてくれた。 

「…鈴奈は、私の治療ちりょうするのいやだよね?」 

 ひとしきりしゃべると、カリンはそう言った。 

「なんで?」 

「だって、私…鈴奈のこといじめたから…そんな人に何かしてあげるのは嫌でしょう?」 

「そんなこと思ってないよ。医者いしゃだもん、だれであろうと治すよ」 

 仲良くお茶しようとか、子供同士遊ばせようとか、そういう個人的こじんてきなお付き合いまではさすがに遠慮えんりょしたいけどね。また「お人好ひとよししすぎ」って新におこられちゃうし。 

「…そっか、そうだよね。鈴奈はそういう子だよね。…変わらないんだなぁ…」 

 遠くを見るように上を向いたカリンの目にはなみだがにじんでいた。 

「…もしかして、クラス中の女子に意地悪したこと、後悔こうかいしてるの?てか、なんであんなことしたの?」 

 カリンはうなずき、言葉を続ける。 

「うちさ、下に兄妹が三人いてお母さんがお世話にかかりきりだったの。一人はなんていうか、とくに手がかかる子でさ。お母さんはいっつもイライラしてて、私のことなんか見てくれなくて、辛かった」 

「…そんな理由りゆうだったんだ」 

 私は拍子抜ひょうしぬけしてしまう。 

「くだらないって思う?」 

「ごめん、そういうわけじゃないけどさ、ずいぶん大がかりないじめしてたからもっと大変な理由とかあるのかと思ってた」 

「…私は弱い人間だから…。鈴奈だったらきっと、うまくえられたんだろうし、少なくとも人に当たるような間違まちがいはしなかったと思う」 

 「…それはどうか分からないけど…。まぁとにかく、私はわざと手術失敗しっぱいしたりしないから安心して。責任持せきにんもってカリンの病気をなおすよ」 

 ドン、とこぶしで左胸ひだりむねたたくと、ネームプレートがカチャリと音をたてた。カリンはそれを見て苦虫にがむしみつぶしたような顔をする。 

「高林って…新くんと結婚したの?」 

「あ、うん。そうなの」 

 私はなんだかれくさくなりながら、ネームプレートに指でれた。 

「すごい重い男につかまっちゃったね。ご愁傷様しょうしょうさま」 

 その言葉と表情ひょうじょうに、六年生のカリンがふっと重なる。 

 意地悪で威張いばってばかりの勝気かちきな女の子。 

 あの頃はすごく強くて、にくらしい存在だと思っていた。だけど、大人になってり返ると、ちがっていたことが分かる。カリンもおさなくて弱くて、辛い気持ちや行き場のない怒りをどうにかしたくて、間違えちゃったんだろう。 

「大丈夫、私もすごく重い女だから、い取れてるよ」 

 カリンの皮肉ひにくにケロリと返すと、一瞬妙いっしゅんみょう沈黙ちんもくがあって、二人同時どうじに笑い出した。 

  

  

 そんな風に、カリンと再会さいかいした日のことを思い返しながら、手術室へと足をはやめる。 

 あの頃、だれかカリンの気持ちを分かってくれる人がいたら、あんなことにはならなかったのかもしれない。そう思うとやるせない。 

 せめて、未来は明るく楽しいものになるように、私は私にできることをしよう。 

  

 着替えて手術室のドアを開くと、看護師かんごしさん達の目が一斉いっせいに私に向いた。手術は何回経験けいけんしても緊張きんちょうする。失敗しっぱいゆるされない。 

  

 大丈夫、大丈夫。 

 私はちゃんと、カリンをすくえる。だって、魔法まほうのチョコレートを食べたんだから。 

  

 「魔法じゃないよ、おまじないだよ」とリゼさんは笑うけど 

  

 私にとっては、 

 いつまでも 

 大切な魔法。 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

【運命】と言われて困っています

桜 花音
児童書・童話
小6のはじまり。 遠山彩花のクラスである6年1組に転校生がやってきた。 男の子なのに、透き通るようにきれいな肌と、お人形さんみたいに、パッチリした茶色い瞳。 あまりにキレイすぎて、思わず教室のみんな、彼に視線が釘付けになった。 そんな彼が彩花にささやいた。 「やっと会えたね」 初めましてだと思うんだけど? 戸惑う彩花に彼はさらに秘密を教えてくれる。 彼は自らの中に“守護石”というものを宿していて、それがあると精霊と関われるようになるんだとか。 しかも、その彼の守護石の欠片を、なぜか彩花が持っているという。 どういうこと⁉

オバケの謎解きスタンプラリー

綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます! ――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。 小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。 結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。 だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。 知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。 苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。 いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。 「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」 結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか? そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか? 思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...