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第三章:天空の箱庭と、失われた太陽の民
第八節:神域の完成、三界の調和
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宇宙要塞『ルナ・エクリプス』は、アルトの放った概念植物によって、巨大な「花の月」へと生まれ変わった。宇宙からの略奪者は去り、成層圏を覆う「緑の結界」が、この星が二度と誰にも侵されない聖域となったことを告げていた。
だが、その奇跡の中心にいるアルトの姿は、透き通るようなエメラルド色の光に溶けかかっていた。
世界樹の心核、海龍の魔力、地上の生命力。そのすべてを一人で繋ぎ止めた代償として、アルトの存在そのものが「星の管理者(神)」という概念へ昇華されようとしていた。
「アルト様……嫌です! 行かないでください!」
シエラが、消えゆくアルトの腕を必死に掴もうとする。だが、彼女の手は虚しく光をすり抜けた。
アルトの瞳は、いまや宇宙の真理を見通すかのように凪いでいる。彼の意識は、大陸の地下を流れる水の一滴から、天空を舞う鳥の羽ばたきまで、すべてと同期していた。
「シエラ……。聞こえるよ。この星のすべての命が、ようやく安らかに息をしている。……僕は、このまま『木』になればいい。そうすれば、永遠に君たちを守っていけるんだ」
アルトの足元から、黄金の根が伸び、天空大陸の土壌へと深く食い込んでいく。彼自身が新しい世界樹の「芯」となり、三界を永遠に統べる楔となる。それは、庭師としての究極の到達点でもあった。
だが、シエラは強く首を振った。
「そんなの、アルト様の望んだ『庭』じゃない! 貴方が言ったはずです! 『みんなで美味しい野菜を食べたい』って! 神様になっちゃったら、誰と一緒に食卓を囲むんですか!? 誰が、私の淹れたお茶を飲んでくれるんですか!?」
シエラの叫び。そして、彼女の目からこぼれ落ちた一滴の涙が、アルトの光り輝く胸に触れた。
――その瞬間。
アルトの脳内に、これまでの旅の記憶が鮮烈に蘇った。
帝国を追放されたあの日、泥水をすすりながら最初に芽吹かせた小さな双葉。
デス・バレーの民と笑いながら食べたカボチャの味。
人魚のルナと海で踊った記憶。
神としての全知全能よりも、庭師としての「泥臭い日常」が、アルトの魂を現世へと引き戻した。
「……あはは。そうだね。シエラの言う通りだ。……神様になんてなったら、雑草を抜く楽しみもなくなっちゃう」
アルトが強く念じた。
「支配」ではなく「共生」を。「管理」ではなく「育成」を。
アルトの体から噴き出していた膨大な神気が、一気に収束していく。彼は自らの存在を「星の管理者」として固定するのではなく、その権限をすべて『世界樹そのもの』へと譲渡した。
「――最終定義。世界樹よ、君自身が意思を持ち、この星を愛せ。……僕は、ただの庭師に戻らせてもらうよ」
眩い閃光が走り、天空から地上まで、世界が一度白一色に染まった。
数分後。
王都アイテールの広場に、静寂が戻った。
そこには、透き通るような青空の下、大の字になって寝転んでいる一人の青年の姿があった。
服はボロボロで、魔力もほとんど空っぽ。だが、その鼻先には、一輪のどこにでもあるようなシロツメクサが、風に揺れていた。
「……アルト様?」
恐る恐る声をかけたシエラ。
アルトはゆっくりと目を開け、眩しそうに目を細めた。
「……お腹すいたなぁ、シエラ。……何か、美味しいものある?」
シエラはその場に泣き崩れ、アルトの胸に飛び込んだ。
その光景を、有翼人のイカロスも、地上のゼノスも、海のルナも、それぞれの場所で感じ取り、安堵の笑みを浮かべていた。
それから、一年の月日が流れた。
帝国アステリアだった場所は、いまや「緑の共和園」と呼ばれ、かつての貴族も平民も、土に触れ、命を育てる喜びを知る穏やかな国となった。
海はどこまでも透き通り、人魚と人間が交易を行う港が各地に築かれている。
天空大陸は、地上と空を繋ぐ巨大な「中継基地」として、世界中の旅人が訪れる観光名所となった。
そして、デス・バレー――植物魔導国の中心にある世界樹の麓。
そこには、豪華な王宮ではなく、小さな、しかし手入れの行き届いた一軒の農家があった。
「アルト! また新種のイチゴを勝手に食べないでください! それ、今日のパーティー用なんですから!」
エプロン姿のシエラが、庭先で大きなイチゴを頬張るアルトを追いかけている。
アルトは「だって、すごく甘い香りがしたんだもん」と笑いながら、さらに一粒、彼女の口に放り込んだ。
「……美味しいでしょう?」
「……。もぅ、本当にずるいです、貴方の植物は」
二人の笑い声が、世界樹の葉を揺らす風に乗って広がっていく。
アルトの隣には、かつて彼を追放した帝国の残党も、管理しようとしたギルドもいない。
あるのは、彼が愛し、彼を愛した最高の仲間たちと、無限に広がる緑の楽園だけだ。
辺境に追放された無能の植物魔導師は、いつしか世界そのものを自分の「庭」に変えてしまった。
今日もまた、彼は鍬を手に取り、土に魔法をかける。
次はどんな花を咲かせようか、と考えながら。
だが、その奇跡の中心にいるアルトの姿は、透き通るようなエメラルド色の光に溶けかかっていた。
世界樹の心核、海龍の魔力、地上の生命力。そのすべてを一人で繋ぎ止めた代償として、アルトの存在そのものが「星の管理者(神)」という概念へ昇華されようとしていた。
「アルト様……嫌です! 行かないでください!」
シエラが、消えゆくアルトの腕を必死に掴もうとする。だが、彼女の手は虚しく光をすり抜けた。
アルトの瞳は、いまや宇宙の真理を見通すかのように凪いでいる。彼の意識は、大陸の地下を流れる水の一滴から、天空を舞う鳥の羽ばたきまで、すべてと同期していた。
「シエラ……。聞こえるよ。この星のすべての命が、ようやく安らかに息をしている。……僕は、このまま『木』になればいい。そうすれば、永遠に君たちを守っていけるんだ」
アルトの足元から、黄金の根が伸び、天空大陸の土壌へと深く食い込んでいく。彼自身が新しい世界樹の「芯」となり、三界を永遠に統べる楔となる。それは、庭師としての究極の到達点でもあった。
だが、シエラは強く首を振った。
「そんなの、アルト様の望んだ『庭』じゃない! 貴方が言ったはずです! 『みんなで美味しい野菜を食べたい』って! 神様になっちゃったら、誰と一緒に食卓を囲むんですか!? 誰が、私の淹れたお茶を飲んでくれるんですか!?」
シエラの叫び。そして、彼女の目からこぼれ落ちた一滴の涙が、アルトの光り輝く胸に触れた。
――その瞬間。
アルトの脳内に、これまでの旅の記憶が鮮烈に蘇った。
帝国を追放されたあの日、泥水をすすりながら最初に芽吹かせた小さな双葉。
デス・バレーの民と笑いながら食べたカボチャの味。
人魚のルナと海で踊った記憶。
神としての全知全能よりも、庭師としての「泥臭い日常」が、アルトの魂を現世へと引き戻した。
「……あはは。そうだね。シエラの言う通りだ。……神様になんてなったら、雑草を抜く楽しみもなくなっちゃう」
アルトが強く念じた。
「支配」ではなく「共生」を。「管理」ではなく「育成」を。
アルトの体から噴き出していた膨大な神気が、一気に収束していく。彼は自らの存在を「星の管理者」として固定するのではなく、その権限をすべて『世界樹そのもの』へと譲渡した。
「――最終定義。世界樹よ、君自身が意思を持ち、この星を愛せ。……僕は、ただの庭師に戻らせてもらうよ」
眩い閃光が走り、天空から地上まで、世界が一度白一色に染まった。
数分後。
王都アイテールの広場に、静寂が戻った。
そこには、透き通るような青空の下、大の字になって寝転んでいる一人の青年の姿があった。
服はボロボロで、魔力もほとんど空っぽ。だが、その鼻先には、一輪のどこにでもあるようなシロツメクサが、風に揺れていた。
「……アルト様?」
恐る恐る声をかけたシエラ。
アルトはゆっくりと目を開け、眩しそうに目を細めた。
「……お腹すいたなぁ、シエラ。……何か、美味しいものある?」
シエラはその場に泣き崩れ、アルトの胸に飛び込んだ。
その光景を、有翼人のイカロスも、地上のゼノスも、海のルナも、それぞれの場所で感じ取り、安堵の笑みを浮かべていた。
それから、一年の月日が流れた。
帝国アステリアだった場所は、いまや「緑の共和園」と呼ばれ、かつての貴族も平民も、土に触れ、命を育てる喜びを知る穏やかな国となった。
海はどこまでも透き通り、人魚と人間が交易を行う港が各地に築かれている。
天空大陸は、地上と空を繋ぐ巨大な「中継基地」として、世界中の旅人が訪れる観光名所となった。
そして、デス・バレー――植物魔導国の中心にある世界樹の麓。
そこには、豪華な王宮ではなく、小さな、しかし手入れの行き届いた一軒の農家があった。
「アルト! また新種のイチゴを勝手に食べないでください! それ、今日のパーティー用なんですから!」
エプロン姿のシエラが、庭先で大きなイチゴを頬張るアルトを追いかけている。
アルトは「だって、すごく甘い香りがしたんだもん」と笑いながら、さらに一粒、彼女の口に放り込んだ。
「……美味しいでしょう?」
「……。もぅ、本当にずるいです、貴方の植物は」
二人の笑い声が、世界樹の葉を揺らす風に乗って広がっていく。
アルトの隣には、かつて彼を追放した帝国の残党も、管理しようとしたギルドもいない。
あるのは、彼が愛し、彼を愛した最高の仲間たちと、無限に広がる緑の楽園だけだ。
辺境に追放された無能の植物魔導師は、いつしか世界そのものを自分の「庭」に変えてしまった。
今日もまた、彼は鍬を手に取り、土に魔法をかける。
次はどんな花を咲かせようか、と考えながら。
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