【R18】フェロモン -堕ちてゆく彼女ー

ちゅー

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2話

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飲み始めてからはいつもの調子だった。 郁美の彼氏との惚気話を聞き、佐藤とは仕事の愚痴を言い合う。

「林さんもいい加減彼女くらい作ったらどうです。管理部で噂されてますよ、林は実はゲイだーとか、昔とんでもなく悪い女に騙されたーとか」

「矛盾してない、それ」

何度目かもわからない話題にうんざりしながらも付き合う。

「でも先輩も三十前でしょ、どうして彼女も作らないんすか」

「作らないんじゃなくてできないんだよ、もう勘弁してくれ」

佐藤をあしらいつつも、名物の鉄板料理に夢中になっている彼女の様子を伺う。
鼻炎持ちのようで職場では間々マスクをしているようだが、今日は調子は良さそうに見える。

フェロモンは鼻から嗅粘膜を通り脳へ伝わる。入念に準備していたこともあり、今日は申し分なさそうだ。

ーーーーーーーーーー

ビールをジョッキで二杯飲んだ辺りで酔いが回って来た。

「でもねぇ、彼氏東京に転勤したんですよ」

転勤したのは二ヶ月も前の四月だが、もう三度目にもなる話を二人に聞かせる。

悠介とは大学時代から男女の付き合いで、お互い就職してからも関係は続いていた。

悠介は化学メーカーの営業として働いているが、春の異動で東京の本社へ転勤になった。

元々の育ちの良さか、大学時代から能天気なように見えて物事には真剣に取り組むタイプだった。講義は欠かさず出席をしていたし、その性格から友人が多く、一人でいるところはあまり見たことが無かった。

私も友人と呼べる数人はいたが、生粋のペシミスト具合と第一印象のとっつきにくさという点で、悠介とは反対の人間だったと思う。そういったところにお互い惹かれたのかもしれない。

大学からのカップル特有の、仕事を始めてからゴールデンウィークにはもう別れているということも無く、ここ三年私達は上手くやっていたと思う。

「うーん…」

どうしたの、と佐藤。

「最近お酒がよく回る気がして」

この飲み会自体は月に一度、定期的に開かれている。もう二年以上は続いており、部署も趣味も異なる三人組ではあるが、訳もなく気が合った。

ただここ数回はアルコールに酔いやすいと感じる。いや酔いというよりは気分が高まりやすいと言うべきだろうか。

アルコールの作用で軽く朦朧とすることには変わりはないが、一部にはむしろ冴えてくる感情がある。

頭はボーッとしてくるのと反比例して、全身の神経が高揚するような感覚。持ち上げたグラスから滴る水滴がスカート越しに太腿に触れるだけでひぅっと声が出そうになるくらいだ。

「そう言えば林さん、香水か何か付けるようにしたんですか」

「いや、何にも付けてないよ。何、急に」

意識を他に向けようと振った質問だった。

隣に座ってやっと香るような強さではあるが、仄かに甘い香りが鼻腔に漂ってきていた。

「匂いなんてしないっすけどね、だいたいそんなまめなタイプじゃないでしょ、林さんは」

佐藤がスンスンと彼の首元を嗅ぎつきながら言う。すかさず剥がされてはいたが。

気のせいかな。

女性物のパフュームのような甘めの香り、それも人工的なものでなく、頭に直接香るような香りだった。

ーーーーーーーーーー

「じゃあ僕はこの辺で」

時刻は十時を回り、人もまばらになりつつある私鉄の改札前で、佐藤が足元をフラつかせながら上機嫌に帰って行く。

普段は誰かの終電までは飲んでいるが、佐藤はどうやら明日が早いようだった。
私と林さんは地下鉄で帰るため、この飲み会の後はたいていたわいも無い話をしながら、途中まで二人で帰っている。

佐藤の後姿がエスカレーターに見えなくなると。

「…もう少し飲んでから帰ろうか」

彼が長閑に聞いてきた。

「え、良いですけど、珍しいですね」

佐藤が遅刻して暫く二人で飲むことは過去にあったが、こんなにハッキリと誘われるのは初めてだった。

「じゃあいつもの店まで歩こう」

自然に誘われたために自然にはいと答えてしまった。

二人きりは良く無いかも。

悠介の手前、男性と二人で飲みに行くのは憚られたが、いつも行く仲だ。それに今日は不思議とこのまま帰る気にはならなかった。

なぜだろう。



電球が半分は抜けている飲み屋の看板や、足元がおぼつかない酔っ払いを避けながら彼はスイスイと歩いて行く。

彼はアルコールには妙に強い上に、何より普段から歩くのが早い。

それが時折ペースを落としながら何気なく私に気を遣ってくれている様が、私は嫌いではなかった

「何かあったんですか、話なら何でも聞きますよ」

彼を追いかけながら聞いてみる。

「もしかして恋愛相談とか」

「いや、逆なんだ。青川さん、なんか悩んでるみたいだったから」

「え…」

唐突に心の奥を射抜かれ、驚いた。
今日ももちろんのこと、職場でも努めて明るく振る舞っていたはずだ。それに悠介との近況も誰にも話していない。

「匂いがね、あるんだ。異性との悩みがあるんだろうなって匂い。だから誘ってみた」

「どうせ自分からは言わないだろう君は」
と彼は付け加えた。これも図星だ。

「匂いって、冗談でもレディに対してちょっと失礼ですよ」
「まぁちょっと…考え事はありますけど」

戯けながら答えたが、きっと表情か何かで悟られたのだろうと、自己嫌悪しつつも結論づける。

それに自分の抱え込み癖を指摘されたのは良い気もしないが、悪い気もしなかった。自分のことを理解しようとしてくれている気遣いは嫌なものではない。

ーーーーーーーーーー

「実はですね…」

着いたのは雑居ビルの地下にあるよく使うバーだ。テーブル席がカウンターから少し離れた所に二つあり、静かすぎない店の雰囲気が気に入り、三人でも何度か来ている。今日は二人なこともあり、初めてカウンターに案内された。

身動ぎすれば膝が触れるような距離はやや緊張する。私もそうだが彼もパーソナルエリアには決して近づきすぎないたちだった。それが尚更非日常感を組成していた。

それに佐藤はわからないと言っていたが、やはり香水の様な香りを感じる。

席に着いてから、たわいもない話をしながら数杯飲んだ辺りで、いよいよ根負けした私は考え事を話してみることにした。

悠介の事だ。

残念なことに遠距離恋愛になったわけだが、どうも同僚の付き合いでコンパに顔を出したらしい。

共通の友人伝いに聞いた時はまぁそんな付き合いもあるだろうと気にしなかったが、どうにも引っかかった。その後悠介との連絡頻度が落ちたことも不安に拍車をかけた

「普通断りませんか」

こうやって飲みに来ている自分が言うのもとも思ったが、これはちょっとした悠介に対するリベンジなのだ。

アルコールの影響もあり、一度口に出してしまうと今まで溜め込んだ不満が溢れて来た。

「どうせあの性格だから断り切れなかったんですよ、私にはわかるんですよ」

悠介のことはよくわかっている。どうせコンパに行ったところで、その先何かあったわけでもない確信があった。連絡が減ったのも異動直後で仕事や人間関係の再構築に忙しいのだろう。

それだけの付き合いの長さもあったし、信頼もあった。

「でも、でもですよ…優しいのは彼の良いところなのはわかってますけど…」

回ってきたアルコールと、今まで溜め込んでいた不安が相まって、しどろもどろになりながらも視界が滲んでくる。

聞き上手というのだろうか。ここまで聞くだけで、自分の意見などは言わなかった彼が口を開いた。

「誰にでも寂しい時はある。彼にも、もちろん青川さんにもね」
「あとは寂寥感に心が疲れるまで耐えるか、安易に解消に走って、本末を転倒させるか、どちらかだけの話だよ」

いつのまにか触れていたお互いの膝の温かさが、妙にもどかしかった。


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