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運命の舵輪編

エルヴスヘイム事件2

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 エルヴスヘイムは、現実世界の何処にも存在していない、この世を覆うように重なる多次元宇宙ーいわゆる“平行世界”に存在しているエルフ族の一大拠点だった。

 人間族の時間で凡そ500年くらい前までは、二つの世界は意識的にも物質的にも交流を持ち、お互いを行き来していたそうだが、“ある事情”があってそれが出来なくなってしまった。

 最後の交流の日。

 人間族の善意で、“ジガンの妙薬”の処方箋が、その元となる草花の苗木共々渡されたそうだが、それを最近になって奪われたと言うのだ。

「奪ったのはダークエルフ族のカイン。ここから遥か南東の方角にある鍾乳洞を塒(ねぐら)にしていて、周辺の街や村々も荒らして回っているみたいなの」

「・・・それでなんで人間族の力が必要なのさ」

「大婆様によるとね。その中でも特に“導き手”となる者の力が必要なんですって。何でも“調和をもたらす者”って言うのがいてくれるらしいんだけど・・・。とにかく、詳しい話は大婆様に聞いて?絶対にちゃんと応えてくれるから!!」

 そんな話をしている内に、二人はエルフ族の里の内でも最も古いであろう巨木の前に立っていた。

「・・・でっかいな」

「これはね?“長老の木”って言うのよ。この村落では1番大きくて頑丈な木なの。大婆様達もここにいる・・・」

 サリナの話が終わるか終わらないかの内だった、巨木の中から数名の女性エルフが現れて二人に近付いてきたのだ。

「お帰りなさい、サリナ」

「人間族の戦士を、連れて来たのですね?」

「懐かしい。それに最近では珍しいわ、まさか“大和民族”の戦士を連れて来るなんて・・・。最後に来たのって、確かに10000年くらい前だったかしら」

「・・・・・」

(い、10000年・・・?それに大和民族って・・・!!)

「いけない!!こんな事をしている場合では無いわ。サリナ急いで、大婆様がお待ちよ?」

「はい、姉様方・・・。行きましょ?蒼太」

「う、うん。それじゃあ。・・お邪魔します」

 そう言うと蒼太は“長老の木”の内側へと入っていった。

 中は空洞になっており存外に広くて風通しも良い。

 壁伝いには螺旋階段が備え付けられており、そこから上へと昇れそうである。

「・・・・・」

「緊張しなくても、大丈夫よ。大婆様はとっても優しい方だから」

 そう言ってサリナは率先して歩き始めるモノの初めて来たよそ様の家の中を歩き回る感覚というのは、何度味わってもそうそう慣れるモノでは無かった、周囲はエルフ達で満ち溢れており、皆久方ぶりの人間を一目見ようと詰め掛けて来ていた。

「随分可愛い戦士ね」

「まだ子供じゃないか」

「当たり前だろう?子供じゃなければならない、と言うのだから」

 皆口々に好き勝手な事を言うが全体的には温和な感じで歓迎してくれている感じである、彼等が霊性の高い種族であることが、蒼太にもハッキリと感じ取れた。

「ここよ!?」

 やがて螺旋階段を昇り切って明るい大広間のような場所に出た蒼太はそこを突っ切って更に奥に設置されていた螺旋階段を再び昇り、今度は狭い廊下の通路伝いに、幾つもの部屋が並んでいる階層へと案内される、そこの。

 三番目の入り口の前で立ち止まるとサリナはゆっくりと此方へと向けて向き直り、目的地に着いた事を告げて来た。

「・・・ここに?」

「そうよ?大婆様が居られるわ」

 “さあ早く中に入って”と言うが早いかサリナはそのドアの取っ手へと手を伸ばし、ノブをガチャリと開放させた。

「失礼します、婆様・・・」

「こ、こんにちは、と言うよりもこんばんは・・・?」

「・・・入りなさい、人間族の戦士、蒼太・・・」

 まだ完全に姿が見えた訳では無かったが、それでも視界には入ったために、蒼太が慌てて挨拶をすると、予想に反して向こうからは少し高い声域の透き通った感じのする、しかし落ち着き払った若々しい女性の声が響き渡って来る。

「初めまして。私はフォルジュナ。ファールディア・エズワイス・ジュセリアーナ。よろしくね、綾壁蒼太・・・」

「・・・初めまして。綾壁蒼太です」

 ようやくドアが開け放たれて中へと通された蒼太は礼儀作法に注意しつつも彼女ー、長老フォルジュナの前へと進み出る。

 そこで直立不動のまま会釈をした蒼太は改めてフォルジュナの顔を見るが、その姿はとても老婆には見えなかった、齢(よわい)はまだ30代半ばと言った所か、上品で温かな知性を感じる美しい女性(ひと)だった。

 台座に腰掛けているために、実際の背丈がどれくらいあるかは解らないけれど、多分、父と同じくらいの身長だろうか、鼻筋は高くクッキリとしており、シンメトリー左右対称な整った、美しい顔立ちをしている。

 その髪の毛は一際眩く煌めく金髪の長いストレートロングであり、メリアリアの髪の毛に近い色合いとボリュームを誇っていた。

「夜の夜中に済みませんね、蒼太。ですがどうしても緊急の要件があり、あなたにこうしてお越し願いました・・・」

「・・・サリナから、聞きました。“ジガンの妙薬”と言われる薬を捜して来て欲しいと」

「そうです」

 その言葉に満足そうに微笑んで頷くフォルジュナを眺めつつも、蒼太は頭の片隅で思い出していた事があった、“そう言えば前にメリーがそんな話をしていたっけ”と。

 あれは確か、彼女が例の三人組に絡まれているときの事だったか、自分はあの時廊下にいて、その一部始終を聞いていたのだが(と言うか“聞こえてしまっていたのだが”)確かに、メリアリアの口から“かつての錬金術師達はどんな病も治せると言う、万能特効薬の調合を行う事が出来た”旨の発言があったのだ。

(あれが“ジガンの妙薬”だったのか・・・)

 迂闊だったと思った、こんな事ならば、もっと詳しく彼女に話を聞いて置くべきだった、メリアリアはその調合方法を調べていたみたいだったから多分、聞けば自分の知っている限りの知識は授けてくれた筈だ。

「ですが・・・」

 とそこまで蒼太が思い至った時、不意にフォルジュナの表情が曇る。

「元々は、ここの宝物庫に大切に保管してあったのですが・・・。一ヶ月ほど前に、ある者の手により盗み出されてしまいました、それも万が一の時に備えて人間が渡してくれていた、調合用のリスト諸共に」

「あの、こんな事を言ったら切りが無いと言うか、失礼な事かも知れないけれど・・・。ご自分達で調合の仕方を発見する、と言う事は出来ないのですか?もしくはそれを他に知っている人は」

 その問い掛けに、しかしフォルジュナは悲しそうに頭(かぶり)を振って応えた。

「本来ならば、とても幸いな事なのですが・・・。この数百年の間に病に倒れたエルフはいません、少なくとも“ジガンの妙薬”が必要な程の大病に冒されたエルフはいなかったのです。なので特に研究はなされておりませんでした。それにあれは必要があれば、かつてはいつでも人間族の錬金術師達が調合してくれたために、私達が特に自分達で開発を試みる事は無かったのです」

「・・・・・」

「お願いします、人間族の戦士、蒼太よ。どうかカインの手から薬の処方箋を取り返して下さい。あれが無いと、陛下のお命が・・・」

「陛下?」

「エルファサリア・セラフィニ・シルリマリル七世陛下です、この国を治めている、大切な国王様です」

 重病に、冒されているのです、とフォルジュナは続けるがそれを完治させるためにはどうしても、“ジガンの妙薬”が必要なのだという。

「お話は、解りましたけど・・・。どうして人間族の、それも子供の力が必要なのですか?」

「それは・・・」

 と、その質問を受けたフォルジュナの答えは、まだ幼かった蒼太を驚愕させるのに充分すぎるモノだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
 エルフ族は長命であり、最低でも20000年位は軽く生きられます(ただし不死ではありません、残念ながら)。

 霊的にとても進化した種族であるために、争いが起きることは滅多に無く、死後もこの世に未練を残すような者も殆ど居りません。

 ちなみにフォルジュナは今現在13000と365歳です、それでもまだまだお若いのですが(エルフ族は基本的に、若い姿のまま一生の大半を過ごす事が多いので)、もっと年下のエルフ達から見たら“大婆様”と呼ばれています(変な意味じゃありません、尊敬を持って呼ばれているのです)。
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