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運命の舵輪編
エルヴスヘイム事件7
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ちなみにこの世界の魔物は、倒されるとどうなるのかと言えば、光の粒子になって消えます。
これは昔、霊能者の方に聞いた話なのですが、その方によりますと、“魔物を倒す際は(イメージで)炎で焼き尽くして消す”との事でした、なのでそれをフィードバックさせてみました。
ちなみにどうして今現在、魔物と呼ばれる存在が人々の目に見えないようになっているのか、と言うと一つ目は、前にお話しさせていただいたかも知れませんが、神官や修験者、陰陽師や僧侶等が命懸けの戦いの果てに鬼やそう言った存在を封印、浄化、もしくは消滅させて回ったから、そして“世界が分けられているから”だそうです。
昔は神界、霊界、幽界(魔物や幽霊がいるのはここですね)、現世がごちゃ混ぜになっていた為に、魔物はすぐ側に居て人々はその恐怖に怯えていたそうです。
今もいることはいるみたいですが、さっきも述べさせていただいた通りで世界が分けられている為に、以前のようにおいそれとは出て来られなくなったのだとか。
ーーーーーーーーーーーーーー
その日はアイリスの家に泊めて貰った蒼太は次の日の早暁、早速行動を開始して、二人で連れたって歩き始めた。
一人の時は、それでも心細かった旅路も仲間と一緒なら些か寂しさも紛れる気がした、何より話し相手がいると言うのはデカい、良い機会だから蒼太はエルフの生活様式や歴史等の気になっていた事柄を思い切って尋ねてみる事にした。
エルフの人達の主食は何なのかとか、毎月どうやって生計を立てているのかとか、遊びや勉学はどうなっているのか、とかー。
そんな取り止めの無い事を聞いては逆に人間の事も話したり、そうこうしている内に襲撃して来た魔物の群れを協力して撃退したり。
特に戦闘はグッと楽になった、彼が前衛を務め、アイリスが支援に回ってくれるため、それまでのように時間の掛かる事が無くなって行った。
特にアイリスの弓矢の腕は大したモノで百発百中、狙いを外す、と言うことが無かった、それにつがえている矢籠(しこ)も魔法のそれで、何本矢を放ってもたちどころに回復してくれる、非常に便利なモノだったから、ストックが尽きる、と言うことが無くて体力の続く限り、幾らでも矢を射掛ける事が出来たのだ。
「お疲れ様です、アイリスさん」
「ああ君もな、蒼太。しかし驚いたぞ、本当にいっぱしに闘うじゃないか」
「つい最近、デビューしたばかりです。まだまだド素人ですよ」
「いいや、それは無いな。動きを見ていれば解る、ちゃんと周囲に気を配ってもいるしな、素人にそんな事は出来ないよ」
君はもう、立派な冒険者だよ、とアイリスは褒め称えるがそれを言われて蒼太は悪い気はしなかった、自分が他人に、それも冒険者として先達の存在から一人前だと認めて貰えることは素直に嬉しかった。
ただ。
蒼太はまだ、相手の命を奪う、と言う事は出来なかった、アイリスが何度か止めを刺す場面を目撃したが、正直“よく出来るな”と思った、どう逆立ちしたって、自分には出来ないし、出来るようになるとも思えない。
「君はまだ、幼い」
そんな彼の心を読んだかのようにアイリスは言う、“なに、いずれ慣れるさ”と。
「今はまだ、良いだろう。それにここ、エルヴスヘイムは魔物の影が出始めている、とは言っても大半が低級な、使い魔クラスの雑魚ばかりだ、問題は無い」
少なくとも、と彼女は続けた、“他種族の世界のように、魔物だらけでは無いからな”と。
「他の種族の世界に、行った事があるんですか・・・?」
その蒼太の質問に、アイリスは“ある”、と短く応えて少し厳しい顔を見せる。
「他の種族の世界は、こうは行かないぞ?相手を倒さなければ自分が死ぬ、そんな極限状態に置かれた事が多分、君はまだ無いんだろう。いや君自身は“ある”と思っているかも知れないが、それは熱湯に見せ掛けただけのぬるま湯に過ぎん。君はそれを浴びて、“なんだこんなモノか”と安心している状況なのだ、いやもっと言ってしまえば第一関門をクリアして間延びしてしまっているのかも知れない」
だが、と彼女は続けた、“いずれ、このままではいられなくなるばずだ”、と。
「君はいずれ、命のやり取りをせざるを得ない状況に陥るはずだ、少なくともその覚悟をしなければならない時が、必ず来る筈なのだ。・・・少なくとも今後も冒険者としてやっていきたいのならな」
「・・・・・」
その言葉は、蒼太に重くのし掛かり、また痛いほど鋭く突き刺さった、“自分はまだ、殺し合いを経験していない”。
それは事実だったのであり蒼太が答えを出せていない領域でもあった、彼女の言葉は、まさに的を得ていた、例の三体のゴブリンとの戦闘でも、それ以外のモノでも蒼太はまだ、存在の命を奪う事はしていなかったのだ。
それらの戦闘では、蒼太の攻撃を受けた連中が逃げ出してくれたので助かった、つまり蒼太は最後の最後まで、闘っていないのである。
だけど、とアイリスは言う、“そのままではいられなくなるだろう”と。
「今後も冒険者としてやっていきたいのなら」
アイリスの言葉は蒼太の心に暗い影を落としてそれは、何度となく反復して彼を出口の無い迷宮へと落とし込んで行った。
「ただな」
落ち込む蒼太に、アイリスは続けて言葉を掛けた、“君はある意味、正しい”と。
「奪わなくても良い命を奪おうとするのは流石に罪だ、それは如何に冒険者と言えども、許されている行為では無い。それをするのはただの殺戮者だからな。人は物に、存在に命を与えられない。それなのに命を奪おうとするのは、本来であれば大罪なのだから」
「ん・・・」
蒼太はちょっと混乱してしまった、何が正解なのだろう、自分が未熟なのか、冒険者としてのアイリスが正しいのか、どっちなのだろうか、と。
「蒼太、君は優しすぎるな。だがそれで良いのかも知れない」
アイリスは少し困ったように笑うと“先を急ぐぞ”と言ってさっさと歩き出した、それに遅れないように蒼太も歩を早めて進みに進み、途中で休憩を挟みながらだが3日の道程を半日縮めて2日後の夕刻には次の街“オウンガルズ”へと着到する。
ここまで来ると、目的地である“イェレベスタ大山脈”はあと少しの距離であり、彼方には雄大なるその姿がハッキリと見て取れた。
「まずは宿屋を、見つけよう。情報収集はその後だ」
「賛成です」
その言葉に蒼太は頷くと、二人は早速その日の宿を捜すために、街中へと繰り出して行く。
オウンガルズは物資の中継基地としての役割を持つ街であり、今まで蒼太が立ち寄った街の中では1番大きくて栄えていた、その生活様式もエルフとしては珍しく、木の上では無くて地面に煉瓦や大理石、そして木やベトンで住居を作り、そこで暮らしていた。
ちなみにこの街にも城壁があり、正方形に形作られていたそれには東西南北にこれまた立派な城門があって、そこからは引っ切り無しに荷馬車やキャラバン、そして行商人達が旅立って行き、あるいは入場して来る。
「アイリスさん、ここに来た事が?」
「なんで、そう思う?」
「だって街のことを、知っている風だから」
蒼太が応えるモノのその通りで実はアイリスは何度かこの街まで依頼を受けて出向いて来た事があった、そしてその際に街の探索は一通り済ませておいたから歩く際にも迷い無く、しかも人混みにも関わらず、スッスッと進むことが出来ていたのだ。
「・・・・・」
“よく、人の行動を見ている子だな”とアイリスは思うがそれだけではない、蒼太がそう言うことを理解できたのは、それまでの冒険で自分がそう言った事を体験して来たからである。
街に着くと確かに安心するモノの、来た事が無い場所だと土地勘が働かない分、周囲をキョロキョロと見渡しながら進むしか無く、ましてや宿屋の場所等いきなり解る訳が無いのだ、蒼太はそれを何処の街でも味わって来た為に、“この街でも、同じなのだろうな”と内心、覚悟を決めていた(大きな街だと歩き回るだけでも疲れるのである)。
しかしアイリスはある程度の目星が付いているのかそんな中でも歩みに迷いが無く、平然と先を行っているのだ、だからもしかしたならそうかなと、蒼太は考えたのである。
「ここには5回ほど、来た事がある。みんな仕事関係だがな。だから地理についてはある程度、頭に入っているのだ」
歩きながら、この小さな相棒の質問に応えていたアイリスは、やがてある建物の前まで来ると歩を止めた。
「ここだ」
「ここ・・・?」
蒼太も釣られて立ち止まり、 蒼太も釣られて立ち止まり、その建物へと目を向けるが5階建てのそこはこう言っては何だがとても年季の入っている、大分草臥れた宿屋だった。
ただし1階部分は酒場になっているらしく、中からはエルフの音楽や歌、そしてちょっとした喧騒も聞こえてくる、どうやらそれなりには賑わっているようだ。
「・・・・・」
「・・・まあ見てくれは悪いんだがな。サービスは満点だぞ?それに残りの仲間に関してもちょっとした宛てがあってな。まあ万が一断られても見ての通り、ここの1階部分は酒場になっているからな、どっちみち冒険者捜しには打って付けだよ!!」
そう言って颯爽と中に入って行くアイリスの後を、蒼太も慌てて追い掛けるが中に入るとそんな不安は吹っ飛んでしまっていた、数多くのテーブル席はどれも満席であり、そこに座っているお客の誰も彼もがみんなしみじみと飲んでいる。
中央のステージと思しき場所ではこれまた良い声で歌を歌っている人や、それに合わせて楽器を演奏する人々がおり、音律に耳を傾ける人も少なくなかった。
「・・・・・」
“エルフの世界っていいですね”と、蒼太は本心からそう述べた、これがもし人間の、それもここと時代背景が同年代程度の酒場であったなら。
きっとこんなに静かでは無かっただろう、秩序も保たれていなかっただろう。
「気に入ってくれて嬉しいよ、私もこの世界は気に入っているんだ!!」
その言葉に、アイリスはちょっとだけ胸を張って応えるがやはり、彼等彼女達はみな、自分の世界に誇りと言うか、愛を持っているのだろうと、子供心に蒼太は思った、少なくともここには、酔っ払って喧嘩をふっかけてくるような輩は、他の街同様に見当たらなかったし、みんな酒に酔ってはいても暴れる事無く、それぞれがそれぞれの、思い思いの時間を静かに楽しく謳歌していた。
「・・・・・!!」
蒼太はそれを見た時に、“自由と無法は違うんだ”とハッキリと悟った、それは感覚的な答えであり、自分の中でも明文化は出来なかったけれど、自由には規律が有るんだと、規律に寄って立つモノが自由なんだと考えたのである。
もっと言ってしまえば。
良識や良心に裏打ちされているモノが自由であり、無知と暴力の意のままになされるのが無法なのだ、カオスなのだと思ったのである。
・・・それらは似て非なるモノなのだと。
「アイリスさん」
「ん?」
「ぼく、この世界に来て良かったよ、いっぱい色んな事が勉強できたもの!!」
「・・・そうか」
“君はしかし、真面目だな”と流石のアイリスも少し笑ってしまった、酒場で勉強出来る事など、一体何があるのだろうかと思ったが、本人が良ければそれで良いか、とも思った、蒼太にとって幸いだったのはアイリスはこう見えて“見守る”と言うことを知っていた事だった、だから。
蒼太が勉強した事が直ちに変な風に歪められたり、否定されて彼女風の考えに塗り直されたりと言った心配をする必要が全く無かった、勿論、ダメな時はダメだと言うし、口を出すべき時には出すモノのそれ以外の時は別に、自分から“ああしろこうしろ”と言ったりする事が無かったから、蒼太はこのエルフの世界から、自由に伸び伸びと、そして本人らしく物事を吸収する事が出来たのである。
・・・そしてそれは、彼の父清十郎が持っていた特性でもあった(もっとも鍛錬の時は人が変わったかのように厳しい指導を繰り広げる人ではあったけれど)。
「やあ、ヴェルディ」
「あらこんにちはアイリス。随分と久し振りね」
「ああ、この前来たのは30年くらいまえだったか?変わらず繁盛しているようで何よりだ」
と、酒場を通り抜けて2階への階段を上がり、宿屋の看板の掲げられている入り口を入って左側の、受付の所にいた女性エルフにアイリスが気さくに声を掛ける。
すると既知であったのだろう、向こうもそれに応じてちょっとした談笑が始まった、“レアーナは元気か?”とか“ミリスは500歳位になったのか?”とか。
「二人とも、魔法や格闘の才能があるんだから・・・。見習いじゃなくて、本格的な冒険者にでもすれば良いのに・・・」
「だめだめ、あの娘達にはちゃんと家を継いでもらわなきゃ。それにお手伝いだってしてもらわなきゃだし。やらなきゃならないことはいっぱいあるからね・・・」
「そこなんだがな・・・」
そう言ってアイリスはヴェルディ、と呼ばれた女性エルフと何やら話し込み始めた、“この世界”、“国王陛下”、“フォルジュナ”と言う単語が漏れ聞こえて来た所から、どうやら蒼太が彼女にした話と同種の話をしているらしかった。
「国王陛下がっ。うそ、ちょっとマジ!?」
「こんな事で嘘なんか付けるか!!マジもマジだ、現に彼はここにいるだろう、人間界から召喚されたんだ!!」
「う~ん・・・」
少し考え込んでいたヴェルディだったがやがて顔を起こして頷いた、“解った”とそう言って。
「ちょっと待っといて、今二人を呼ぶから・・・」
そう言うと奥へと引っ込んで言ってしまい、誰かの名前を呼んでいる。
「早く来な!!」
「なぁに!?なんなの・・・?」
「全くもぅ・・・っ!!」
程なくしてドタバタと、何人かの足音が聞こえて来て受付の右側にあった扉が開く。
すると中からは見た感じ中学生と高校生位の女子二人が出て来てアイリスと蒼太とを、物珍しそうに代わる代わる眺め始めた。
「アイリスじゃん、久し振りね」
「ああ、そうだな」
「30年くらい振り?」
「ああ、そうだな」
「ちっとも来てくれなかったね」
「ああ、そうだな」
二人から何を言われようとも表情一つ変えずに応じるアイリスだったが、そんな彼女を見て“ダメだこりゃ”と思ったのだろう、二人の視線が蒼太へと移る。
「君が、人間族の戦士くん?」
「あ、はい。そうですけど・・・」
「ねえねえ、ちょっとこれ見てくれる?これ・・・」
「・・・何ですか?」
そう言って彼女達の内、恐らく姉なのだろう女性が近付きつつも、何かを握っているらしい右手を蒼太の眼前へと突き出して来る。
出会って間もないと言うのに意味もわからず、蒼太がそれを覗き込もうと距離を縮めた、その時。
「っ!?!?」
「ち・・・っ!!」
咄嗟に後ろにジャンプして“それ”を避けるが、すると直後にビュッと言う音がして蒼太の前髪がはらりと落ちる。
彼の目の前、ほんの数センチの所を平手打ちが空を切るがまともに直撃していたなら、バチーンと言う音が廊下中に響き渡っていただろう事が伺えた一幕だった。
「でもこれを避けるんだ。良いじゃん」
私の方は合格と、女性が呟くと今度はもう一人の妹の方が前に立ち、蒼太をジッと見据えて来る、すると。
「・・・久し振りね」
「?」
「私よ、私!!チョー久し振りじゃん!!」
「!?!?!?」
「ほら、あの時会ったじゃん、セファタの街で・・・っ!!」
「うわっ!?」
ニッコリと笑ってそう言いつつも距離を詰めて来た少女は突然、足を踏みしめて型を作ると握り締めた拳を彼に向かって突き出した、それをー。
蒼太は反射的に杖で受けると再び後方にジャンプして距離を取り、姉妹に対して身構えるが、するとそんな彼を見た妹の方も“ふ~ん?”と唸って型を解く。
「反応は良いね、その後の身のこなしも中々のモノだわ」
「・・・・・」
「・・・“手合わせ”は終わったか?言った通りの戦士だったろう!!」
するとそこへアイリスが口を挟んで来たが、最初から彼女が素っ気なかったのは、どうやらこれを見越しての事らしい。
「これで解っただろう?フォルジュナの話は本当だ、つまりそこまでの緊急事態だと言うことだ!!」
「「うう~ん・・・」」
そう呻いて暫くの間項垂れた様子で何やら考え込んでいた二人だったが、やがて顔を上げて頷いた、“解った”と。
「一緒に、行くよ。王国の危機と聞いたら、放って置けないもんね!!」
「私達も、冒険は初心者じゃ無いし・・・。戦闘の怖さも知ってるつもり。だけど」
と小さな方の女子が、蒼太を見ながら言い放った、“もっと小さな子が、がんばっているんだもんねぇ?”と。
「坊や、名前は?」
「・・・蒼太。綾壁蒼太です」
「アヤカベソウタ?変な名前だね」
「どっから何処からが名前なの?」
「えっと・・・」
「彼の名前は蒼太と言う。綾壁と言うのが苗字らしい」
と横からアイリスが付け加えてくれるがどうもエルフの、と言うよりは日本人の名前そのものが外国人から見た場合はケッタイなモノに移るらしく蒼太もそれで何度か苦労した事があった。
「まあ良いや、よろしくね蒼太。私はレアーナ、“レジリアーナ・セレイア・アルヴェリア”!!」
「私はミリス。“ミリアーノ・セレイア・アルヴェリア”。よろしくね蒼太!!」
これは昔、霊能者の方に聞いた話なのですが、その方によりますと、“魔物を倒す際は(イメージで)炎で焼き尽くして消す”との事でした、なのでそれをフィードバックさせてみました。
ちなみにどうして今現在、魔物と呼ばれる存在が人々の目に見えないようになっているのか、と言うと一つ目は、前にお話しさせていただいたかも知れませんが、神官や修験者、陰陽師や僧侶等が命懸けの戦いの果てに鬼やそう言った存在を封印、浄化、もしくは消滅させて回ったから、そして“世界が分けられているから”だそうです。
昔は神界、霊界、幽界(魔物や幽霊がいるのはここですね)、現世がごちゃ混ぜになっていた為に、魔物はすぐ側に居て人々はその恐怖に怯えていたそうです。
今もいることはいるみたいですが、さっきも述べさせていただいた通りで世界が分けられている為に、以前のようにおいそれとは出て来られなくなったのだとか。
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その日はアイリスの家に泊めて貰った蒼太は次の日の早暁、早速行動を開始して、二人で連れたって歩き始めた。
一人の時は、それでも心細かった旅路も仲間と一緒なら些か寂しさも紛れる気がした、何より話し相手がいると言うのはデカい、良い機会だから蒼太はエルフの生活様式や歴史等の気になっていた事柄を思い切って尋ねてみる事にした。
エルフの人達の主食は何なのかとか、毎月どうやって生計を立てているのかとか、遊びや勉学はどうなっているのか、とかー。
そんな取り止めの無い事を聞いては逆に人間の事も話したり、そうこうしている内に襲撃して来た魔物の群れを協力して撃退したり。
特に戦闘はグッと楽になった、彼が前衛を務め、アイリスが支援に回ってくれるため、それまでのように時間の掛かる事が無くなって行った。
特にアイリスの弓矢の腕は大したモノで百発百中、狙いを外す、と言うことが無かった、それにつがえている矢籠(しこ)も魔法のそれで、何本矢を放ってもたちどころに回復してくれる、非常に便利なモノだったから、ストックが尽きる、と言うことが無くて体力の続く限り、幾らでも矢を射掛ける事が出来たのだ。
「お疲れ様です、アイリスさん」
「ああ君もな、蒼太。しかし驚いたぞ、本当にいっぱしに闘うじゃないか」
「つい最近、デビューしたばかりです。まだまだド素人ですよ」
「いいや、それは無いな。動きを見ていれば解る、ちゃんと周囲に気を配ってもいるしな、素人にそんな事は出来ないよ」
君はもう、立派な冒険者だよ、とアイリスは褒め称えるがそれを言われて蒼太は悪い気はしなかった、自分が他人に、それも冒険者として先達の存在から一人前だと認めて貰えることは素直に嬉しかった。
ただ。
蒼太はまだ、相手の命を奪う、と言う事は出来なかった、アイリスが何度か止めを刺す場面を目撃したが、正直“よく出来るな”と思った、どう逆立ちしたって、自分には出来ないし、出来るようになるとも思えない。
「君はまだ、幼い」
そんな彼の心を読んだかのようにアイリスは言う、“なに、いずれ慣れるさ”と。
「今はまだ、良いだろう。それにここ、エルヴスヘイムは魔物の影が出始めている、とは言っても大半が低級な、使い魔クラスの雑魚ばかりだ、問題は無い」
少なくとも、と彼女は続けた、“他種族の世界のように、魔物だらけでは無いからな”と。
「他の種族の世界に、行った事があるんですか・・・?」
その蒼太の質問に、アイリスは“ある”、と短く応えて少し厳しい顔を見せる。
「他の種族の世界は、こうは行かないぞ?相手を倒さなければ自分が死ぬ、そんな極限状態に置かれた事が多分、君はまだ無いんだろう。いや君自身は“ある”と思っているかも知れないが、それは熱湯に見せ掛けただけのぬるま湯に過ぎん。君はそれを浴びて、“なんだこんなモノか”と安心している状況なのだ、いやもっと言ってしまえば第一関門をクリアして間延びしてしまっているのかも知れない」
だが、と彼女は続けた、“いずれ、このままではいられなくなるばずだ”、と。
「君はいずれ、命のやり取りをせざるを得ない状況に陥るはずだ、少なくともその覚悟をしなければならない時が、必ず来る筈なのだ。・・・少なくとも今後も冒険者としてやっていきたいのならな」
「・・・・・」
その言葉は、蒼太に重くのし掛かり、また痛いほど鋭く突き刺さった、“自分はまだ、殺し合いを経験していない”。
それは事実だったのであり蒼太が答えを出せていない領域でもあった、彼女の言葉は、まさに的を得ていた、例の三体のゴブリンとの戦闘でも、それ以外のモノでも蒼太はまだ、存在の命を奪う事はしていなかったのだ。
それらの戦闘では、蒼太の攻撃を受けた連中が逃げ出してくれたので助かった、つまり蒼太は最後の最後まで、闘っていないのである。
だけど、とアイリスは言う、“そのままではいられなくなるだろう”と。
「今後も冒険者としてやっていきたいのなら」
アイリスの言葉は蒼太の心に暗い影を落としてそれは、何度となく反復して彼を出口の無い迷宮へと落とし込んで行った。
「ただな」
落ち込む蒼太に、アイリスは続けて言葉を掛けた、“君はある意味、正しい”と。
「奪わなくても良い命を奪おうとするのは流石に罪だ、それは如何に冒険者と言えども、許されている行為では無い。それをするのはただの殺戮者だからな。人は物に、存在に命を与えられない。それなのに命を奪おうとするのは、本来であれば大罪なのだから」
「ん・・・」
蒼太はちょっと混乱してしまった、何が正解なのだろう、自分が未熟なのか、冒険者としてのアイリスが正しいのか、どっちなのだろうか、と。
「蒼太、君は優しすぎるな。だがそれで良いのかも知れない」
アイリスは少し困ったように笑うと“先を急ぐぞ”と言ってさっさと歩き出した、それに遅れないように蒼太も歩を早めて進みに進み、途中で休憩を挟みながらだが3日の道程を半日縮めて2日後の夕刻には次の街“オウンガルズ”へと着到する。
ここまで来ると、目的地である“イェレベスタ大山脈”はあと少しの距離であり、彼方には雄大なるその姿がハッキリと見て取れた。
「まずは宿屋を、見つけよう。情報収集はその後だ」
「賛成です」
その言葉に蒼太は頷くと、二人は早速その日の宿を捜すために、街中へと繰り出して行く。
オウンガルズは物資の中継基地としての役割を持つ街であり、今まで蒼太が立ち寄った街の中では1番大きくて栄えていた、その生活様式もエルフとしては珍しく、木の上では無くて地面に煉瓦や大理石、そして木やベトンで住居を作り、そこで暮らしていた。
ちなみにこの街にも城壁があり、正方形に形作られていたそれには東西南北にこれまた立派な城門があって、そこからは引っ切り無しに荷馬車やキャラバン、そして行商人達が旅立って行き、あるいは入場して来る。
「アイリスさん、ここに来た事が?」
「なんで、そう思う?」
「だって街のことを、知っている風だから」
蒼太が応えるモノのその通りで実はアイリスは何度かこの街まで依頼を受けて出向いて来た事があった、そしてその際に街の探索は一通り済ませておいたから歩く際にも迷い無く、しかも人混みにも関わらず、スッスッと進むことが出来ていたのだ。
「・・・・・」
“よく、人の行動を見ている子だな”とアイリスは思うがそれだけではない、蒼太がそう言うことを理解できたのは、それまでの冒険で自分がそう言った事を体験して来たからである。
街に着くと確かに安心するモノの、来た事が無い場所だと土地勘が働かない分、周囲をキョロキョロと見渡しながら進むしか無く、ましてや宿屋の場所等いきなり解る訳が無いのだ、蒼太はそれを何処の街でも味わって来た為に、“この街でも、同じなのだろうな”と内心、覚悟を決めていた(大きな街だと歩き回るだけでも疲れるのである)。
しかしアイリスはある程度の目星が付いているのかそんな中でも歩みに迷いが無く、平然と先を行っているのだ、だからもしかしたならそうかなと、蒼太は考えたのである。
「ここには5回ほど、来た事がある。みんな仕事関係だがな。だから地理についてはある程度、頭に入っているのだ」
歩きながら、この小さな相棒の質問に応えていたアイリスは、やがてある建物の前まで来ると歩を止めた。
「ここだ」
「ここ・・・?」
蒼太も釣られて立ち止まり、 蒼太も釣られて立ち止まり、その建物へと目を向けるが5階建てのそこはこう言っては何だがとても年季の入っている、大分草臥れた宿屋だった。
ただし1階部分は酒場になっているらしく、中からはエルフの音楽や歌、そしてちょっとした喧騒も聞こえてくる、どうやらそれなりには賑わっているようだ。
「・・・・・」
「・・・まあ見てくれは悪いんだがな。サービスは満点だぞ?それに残りの仲間に関してもちょっとした宛てがあってな。まあ万が一断られても見ての通り、ここの1階部分は酒場になっているからな、どっちみち冒険者捜しには打って付けだよ!!」
そう言って颯爽と中に入って行くアイリスの後を、蒼太も慌てて追い掛けるが中に入るとそんな不安は吹っ飛んでしまっていた、数多くのテーブル席はどれも満席であり、そこに座っているお客の誰も彼もがみんなしみじみと飲んでいる。
中央のステージと思しき場所ではこれまた良い声で歌を歌っている人や、それに合わせて楽器を演奏する人々がおり、音律に耳を傾ける人も少なくなかった。
「・・・・・」
“エルフの世界っていいですね”と、蒼太は本心からそう述べた、これがもし人間の、それもここと時代背景が同年代程度の酒場であったなら。
きっとこんなに静かでは無かっただろう、秩序も保たれていなかっただろう。
「気に入ってくれて嬉しいよ、私もこの世界は気に入っているんだ!!」
その言葉に、アイリスはちょっとだけ胸を張って応えるがやはり、彼等彼女達はみな、自分の世界に誇りと言うか、愛を持っているのだろうと、子供心に蒼太は思った、少なくともここには、酔っ払って喧嘩をふっかけてくるような輩は、他の街同様に見当たらなかったし、みんな酒に酔ってはいても暴れる事無く、それぞれがそれぞれの、思い思いの時間を静かに楽しく謳歌していた。
「・・・・・!!」
蒼太はそれを見た時に、“自由と無法は違うんだ”とハッキリと悟った、それは感覚的な答えであり、自分の中でも明文化は出来なかったけれど、自由には規律が有るんだと、規律に寄って立つモノが自由なんだと考えたのである。
もっと言ってしまえば。
良識や良心に裏打ちされているモノが自由であり、無知と暴力の意のままになされるのが無法なのだ、カオスなのだと思ったのである。
・・・それらは似て非なるモノなのだと。
「アイリスさん」
「ん?」
「ぼく、この世界に来て良かったよ、いっぱい色んな事が勉強できたもの!!」
「・・・そうか」
“君はしかし、真面目だな”と流石のアイリスも少し笑ってしまった、酒場で勉強出来る事など、一体何があるのだろうかと思ったが、本人が良ければそれで良いか、とも思った、蒼太にとって幸いだったのはアイリスはこう見えて“見守る”と言うことを知っていた事だった、だから。
蒼太が勉強した事が直ちに変な風に歪められたり、否定されて彼女風の考えに塗り直されたりと言った心配をする必要が全く無かった、勿論、ダメな時はダメだと言うし、口を出すべき時には出すモノのそれ以外の時は別に、自分から“ああしろこうしろ”と言ったりする事が無かったから、蒼太はこのエルフの世界から、自由に伸び伸びと、そして本人らしく物事を吸収する事が出来たのである。
・・・そしてそれは、彼の父清十郎が持っていた特性でもあった(もっとも鍛錬の時は人が変わったかのように厳しい指導を繰り広げる人ではあったけれど)。
「やあ、ヴェルディ」
「あらこんにちはアイリス。随分と久し振りね」
「ああ、この前来たのは30年くらいまえだったか?変わらず繁盛しているようで何よりだ」
と、酒場を通り抜けて2階への階段を上がり、宿屋の看板の掲げられている入り口を入って左側の、受付の所にいた女性エルフにアイリスが気さくに声を掛ける。
すると既知であったのだろう、向こうもそれに応じてちょっとした談笑が始まった、“レアーナは元気か?”とか“ミリスは500歳位になったのか?”とか。
「二人とも、魔法や格闘の才能があるんだから・・・。見習いじゃなくて、本格的な冒険者にでもすれば良いのに・・・」
「だめだめ、あの娘達にはちゃんと家を継いでもらわなきゃ。それにお手伝いだってしてもらわなきゃだし。やらなきゃならないことはいっぱいあるからね・・・」
「そこなんだがな・・・」
そう言ってアイリスはヴェルディ、と呼ばれた女性エルフと何やら話し込み始めた、“この世界”、“国王陛下”、“フォルジュナ”と言う単語が漏れ聞こえて来た所から、どうやら蒼太が彼女にした話と同種の話をしているらしかった。
「国王陛下がっ。うそ、ちょっとマジ!?」
「こんな事で嘘なんか付けるか!!マジもマジだ、現に彼はここにいるだろう、人間界から召喚されたんだ!!」
「う~ん・・・」
少し考え込んでいたヴェルディだったがやがて顔を起こして頷いた、“解った”とそう言って。
「ちょっと待っといて、今二人を呼ぶから・・・」
そう言うと奥へと引っ込んで言ってしまい、誰かの名前を呼んでいる。
「早く来な!!」
「なぁに!?なんなの・・・?」
「全くもぅ・・・っ!!」
程なくしてドタバタと、何人かの足音が聞こえて来て受付の右側にあった扉が開く。
すると中からは見た感じ中学生と高校生位の女子二人が出て来てアイリスと蒼太とを、物珍しそうに代わる代わる眺め始めた。
「アイリスじゃん、久し振りね」
「ああ、そうだな」
「30年くらい振り?」
「ああ、そうだな」
「ちっとも来てくれなかったね」
「ああ、そうだな」
二人から何を言われようとも表情一つ変えずに応じるアイリスだったが、そんな彼女を見て“ダメだこりゃ”と思ったのだろう、二人の視線が蒼太へと移る。
「君が、人間族の戦士くん?」
「あ、はい。そうですけど・・・」
「ねえねえ、ちょっとこれ見てくれる?これ・・・」
「・・・何ですか?」
そう言って彼女達の内、恐らく姉なのだろう女性が近付きつつも、何かを握っているらしい右手を蒼太の眼前へと突き出して来る。
出会って間もないと言うのに意味もわからず、蒼太がそれを覗き込もうと距離を縮めた、その時。
「っ!?!?」
「ち・・・っ!!」
咄嗟に後ろにジャンプして“それ”を避けるが、すると直後にビュッと言う音がして蒼太の前髪がはらりと落ちる。
彼の目の前、ほんの数センチの所を平手打ちが空を切るがまともに直撃していたなら、バチーンと言う音が廊下中に響き渡っていただろう事が伺えた一幕だった。
「でもこれを避けるんだ。良いじゃん」
私の方は合格と、女性が呟くと今度はもう一人の妹の方が前に立ち、蒼太をジッと見据えて来る、すると。
「・・・久し振りね」
「?」
「私よ、私!!チョー久し振りじゃん!!」
「!?!?!?」
「ほら、あの時会ったじゃん、セファタの街で・・・っ!!」
「うわっ!?」
ニッコリと笑ってそう言いつつも距離を詰めて来た少女は突然、足を踏みしめて型を作ると握り締めた拳を彼に向かって突き出した、それをー。
蒼太は反射的に杖で受けると再び後方にジャンプして距離を取り、姉妹に対して身構えるが、するとそんな彼を見た妹の方も“ふ~ん?”と唸って型を解く。
「反応は良いね、その後の身のこなしも中々のモノだわ」
「・・・・・」
「・・・“手合わせ”は終わったか?言った通りの戦士だったろう!!」
するとそこへアイリスが口を挟んで来たが、最初から彼女が素っ気なかったのは、どうやらこれを見越しての事らしい。
「これで解っただろう?フォルジュナの話は本当だ、つまりそこまでの緊急事態だと言うことだ!!」
「「うう~ん・・・」」
そう呻いて暫くの間項垂れた様子で何やら考え込んでいた二人だったが、やがて顔を上げて頷いた、“解った”と。
「一緒に、行くよ。王国の危機と聞いたら、放って置けないもんね!!」
「私達も、冒険は初心者じゃ無いし・・・。戦闘の怖さも知ってるつもり。だけど」
と小さな方の女子が、蒼太を見ながら言い放った、“もっと小さな子が、がんばっているんだもんねぇ?”と。
「坊や、名前は?」
「・・・蒼太。綾壁蒼太です」
「アヤカベソウタ?変な名前だね」
「どっから何処からが名前なの?」
「えっと・・・」
「彼の名前は蒼太と言う。綾壁と言うのが苗字らしい」
と横からアイリスが付け加えてくれるがどうもエルフの、と言うよりは日本人の名前そのものが外国人から見た場合はケッタイなモノに移るらしく蒼太もそれで何度か苦労した事があった。
「まあ良いや、よろしくね蒼太。私はレアーナ、“レジリアーナ・セレイア・アルヴェリア”!!」
「私はミリス。“ミリアーノ・セレイア・アルヴェリア”。よろしくね蒼太!!」
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