メサイアの灯火

ハイパーキャノン

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運命の舵輪編

セイレーン編5

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 “蒼太をセイレーンに入れる”と言う話が出たときに、メリアリアは最後の最後まで猛反対したのである、彼女は知っていた、蒼太が冒険で、どれだけ苦労したのか、と言うことを。

 “どれだけ恐い思いをしたのか”、と言うことを。

 だから。

 メリアリアは反対していた、それは蒼太から聞かされたから、だけではない、実際に自分で戦闘に駆り出されてみて、その恐怖と大変さを知ったからこその反対だったのである。

 彼女は蒼太に、自分と同じ世界へと入って来て欲しく無かった、それは望んではいけない事だった、だから。

 本当は来て欲しいと願っていた、助けて欲しいと思い、救って欲しいと祈っていたにも関わらずに、自分の心にフタをして、蒼太を入れないようにしたのだ、・・・“自分さえ堪えれば良いんだ”とそう覚悟を決めて。

 しかし。

 それを打ち明けた時に、蒼太は“そんなのは嫌だ”と言ってくれた、“メリーだけが危険な目に逢うなんて、絶対にダメだ”とそう言って。

「それだったら今の方が絶対に良い、メリーと一緒の方が良い・・・!!」

「蒼太・・・」

 メリアリアは、素直に嬉しくてどうしようもなくなった、“やっぱりこの人はそう言う人なんだ”、“自分と一緒なんだ”と心の底から感動して、感謝すらした。

 そして。

 いけない事だと知りながらも、この少年とずっと一緒に居られる事に、そして少年と、命懸けの任務を共に出来ることに、ある種の悦びを覚えて心を弾ませていたのである。

 “やっと自分もスタートラインに立てるんだ”と、“蒼太と同じ立ち位置を共有出来るんだ”と、メリアリアはそう思って、少しホッとした気持ちになっていたのだ。

 しかし。

 蒼太がセイレーンへと入隊させられてから、一月が経とうとしていた、6月のある日。

 遂にそんな二人が一緒に死線を乗り越える時がやって来た、事の発端となったのは一人の脱獄兵の存在だった、名を“アルフレッド・クランベリー”と言う今年で23歳になるこの青年は隣国である、“エイジャックス連合王国”の出身であり、そこの機密情報を手土産に、ガリア帝国へと亡命しようとしていたのだ。

「俺を裏切ったのは“国”の方だ!!」

 それが命辛々ドーバー海峡を渡りきってガリアのエージェントに保護された際のアルフレッドの言い分だった、彼が言うには“アトランティスの海”と呼ばれる荒れ狂う大洋を隔てた大国“合衆国”で密かに開発が進められている新兵器の開発情報をキャッチした、と言うのだ。

 その名を“AIエンペラー”と呼ばれているその新兵器は、なんと機械でありながらも呪いの言葉を唱えて人を異世界に送り込むことが出来る、と言う代物だった。

「それを、こっちは命懸けの綱渡り(タイト・ロープ)の末に掴んだって言うのに・・・。国の奴ら、ステイツから脅されたらしいんだ、“もしもスパイを引き渡さなければお前達にそれを使ってやる”と」

 “そしたら”と彼は続けた、“御覧の通りさ”と。

「俺は、国を追われた。いいやそんなもんじゃない、始末されようとしていたんだ!!その手前で隙を付いて、何とか逃げ出してきたって寸法さ!!」

「・・・その話、本当なのかな?」

「う~ん、解んないけど・・・」

 そんなアルフレッドには当然、エイジャックス連合王国から彼を始末する為の“殺し屋”やエージェント達が、それも複数人送り込まれて来ていた訳であり、そしてそんな連中から彼をガードするために、“ミラベル”と“セイレーン”とに出動要請が下った、と言う訳である、その任務に。

 メリアリア達も駆り出されていた、彼等は周囲に溶け込むために、敢えて普段と同じ学生服を着用していた、下手にセイレーンの正装などすれば、たちどころに自分達の正体が露見してしまうためだ。

 ただし、蒼太だけは特注品の、背中に背負った長いベースケースの中にエルフの王エルファサリアから頂戴した剣“ナレク・アレスフィア”を隠し持ってきていた、“何時いかなる時でも持っていなさい”と言うアルヴィン・ノアの言葉を、彼は忠実に守っていたのである。

 時刻は朝の8時前、街が目覚め始める時間帯であり、現に通りは仕事に向かう人波でごった返していた、その中をアルフレッド氏は先行して接触しているミラベルのエージェントに手を引かれてやって来る手筈となっている。

 それを先ずは蒼太達が迎えて引き継ぐのであるが、そう言う状況だった事も手伝ってまだ子供だった二人の内面はそれでも気力に満ち溢れており、外部に対しては感覚を研ぎ澄まさせていた、何しろ今回の任務はそれまでのモノとは訳が違う、とにかく危険極まりない非常に厄介なモノだったからだ。

 何故ならば自分達と同じようなら特殊機関で訓練を受けた戦士達(ファイター)が押し寄せて来る可能性が非常に高く、今すぐにでも戦闘が始まったって不思議では無いほどの、ある種の緊張感が立ち込めていた。

 そんな只中にあって。

 油断無く周囲を見渡しながらそれでも、蒼太とメリアリアは二人で配置に就いた後もヒソヒソ声で話しをしていた、何かしていないと気がおかしくなりそうだったのだ。

「ただし“音波”や“電磁波”も所謂(いわゆる)一つの“波動”だからね。それらを組み合わせる事によって、異界への扉を開くメカニズムを開発させたのだとしたならば・・・。コイツは凄いことだと思うよ?それに有り得ない話しじゃないし・・・」

「そうだけど・・・。でもそれじゃあ機械に人間と同じ、“意識”が存在することになっちゃうよ?だって機械でありながらも、“魔法”を発動させる事が出来るとしたら・・・」

 そこまで話していた時だった、不意に現場の空気が一変するのが、蒼太達にもハッキリと解って、次の瞬間。

「・・・・・っ!!」

「きゃっ!?」

 ビュッと言う音が聞こえて蒼太は透かさずメリアリアを抱えたままで勢いよく地面を蹴った、すると直後に元いた場所には、魔法で出来た鏃が刺さっていた、あのまま立っていたら、間違いなく首を抉られていただろう事が窺える。

 蒼太は反射的に“感覚の目”を最大に広げた、それだけではない、詠唱を破棄した状態で波動真空呪文を素早く精製させ、自身の目の前の空間に、“光の玉”として固定させるがこうすることで両手が塞がれた状態でも“敵”に向かって直ぐさまカウンターを放つ事が出来た。

 ・・・彼が“エルヴスヘイムの冒険”を通して学んだ事の一つだった。

 地面に着地した後も、蒼太は動きを止めなかった、人混みを縫うように素早く駆けて物陰を上手く利用し、そのまま元の場所から三十メートルほど離れた所にある、建物と建物の隙間へと抜け目なく巧みに逃げ込んだ。

「そ、蒼太・・・」

「・・・・・」

 そこでようやくメリアリアを降ろすと周囲を油断無く見渡した、何しろ街中である、蠢く人波と乱立するビルの雑居群とで見通しは酷く悪い。

「・・・・・」

(敵は、何処にいるんだ・・・?)

 一度ならず戦闘を経験していただけあって、その身のこなしは見事だった、だがしかし、相手の気配が読めない。

「・・・どうやら向こうは」

 と蒼太が言う、“相当な手練れみたいだね”と。

 相手の気配や動作を察知できたのは攻撃の瞬間だけだった、つまりその直前までは殺気を消すことが出来るまでに練り上げられた存在である、と言うことだ。

「・・・さっきの攻撃からして。相手は多分、アソコのビルの上じゃないかしら」

 その言葉を受けてメリアリアが冷静にある一つのビルを指差すが、そこはこの辺りでも一際高い、“マジェスティック・ビル”と呼ばれている建物だった、著名な芸術家が設計を担当したらしいそこは、直立型では無くてやや楕円形をしており確かに、そこの屋上ならば、人目に付かない、と言う意味でも狙撃にはもってこいの場所である。

 蒼太に抱かれて跳びながらも、メリアリアは攻撃された瞬間の、相手の鏃の角度と飛んできた方角から一瞬でそれを見抜いたのだ。

 それはいい、ただし。

「仮に、そうだとしてー。どうやってアソコまで行くか、だな」

 と蒼太は言うが、ここは街中である、少なくとも人通りのある地上では、堂々と“ナレク・アレスフィア”を構える事は出来ない、とするならば。

「屋上か・・・」

「それしか、無いと思う」

 メリアリアも同じ考えだった、即ち。

 建物の屋根伝いを伝ってマジェスティック・ビルへと向かうのである、・・・勿論、途中で何度も打ち込まれて来るであろう、敵の攻撃を撥ね除けながら。

「メリー、君の火炎呪文の射程距離は?」

「・・・集約させて放てば。多分、三〇〇メートルくらいは行くと思う」

「って事は少なくとも、こっちの攻撃を届かせる為には三〇〇メートルにまでは近付かなきゃならないってことか・・・」

 蒼太がごちるがここからあのビルまでは、五〇〇メートル近くは離れている、しかも。

 途中でまだ、敵の増援が来るかも知れなかった、よくよく考えてみれば相手は一人とは限らないのだ、むしろ此方と同じように集団、チームで動いている可能性の方が高い、だけれども。

「このままじゃ、アルフレッドさんが危ないな・・・」

「相手はこっちの配置も、読んでいるのかしら・・・」

 蒼太の呟きにメリアリアが応えるモノの、もしもその通りだとするのならば、相手にはこっちの人員の配置状況や護送ルート、下手をすれば作戦の段取りまでが筒抜けになっている可能性があり、仮にもし、そう言う事態になっているのであれば、ミラベルの情報管理や統制は、全く持って機能していないことになる。

 それは=で蒼太達の顔までもが相手にはバレている事となる、実に危険の度合いが桁違いに跳ね上がるし、今後の任務にも支障が出て来るだろう、極めて穴だらけのセキュリティ対策である、と言わざるを得ない。

 だが、今はそれはいい、問題なのはこの局面をどう切り抜けるか、と言う事である、どう考えてもやるしかなかった。

 取り敢えずは無線で司令部に連絡を入れて指示を待つが返って来た答えはやはりと言うべきか、なんと言うべきか“可能な限り、速やかに制圧せよ”と言うモノだった、即ち“敵を排除せよ”と言う意味の指令が与えられたのだ、“こちらも直ちに増援を送る”との一言が最後に付け加えられた。

「・・・取り敢えずは屋上まで行こうか。そこから先は」

 通信を切った蒼太達は早速動き出した、彼の言葉に気を張りながらも、それでもどこか不安そうに頷くメリアリアに蒼太は告げた、“必ず、僕が君を守るから!!”と力を込めて。

「・・・ありがとう蒼太。でも」

 とメリアリアも続けた、“私も、あなたを守るわ”と。

 その顔にはもう迷いは無く、瞳にも力が戻って来ていた。

「・・・ありがとう。それじゃあ行くよ?」

「ええっ!!」

 蒼太のその言葉を、合図にして、二人は側の雑居ビルの屋上目掛けて階段を、駆け上って行ったのだった、メリアリアをここに置いて行く、と言う考えは、蒼太の中には無かった、もし相手がチームで動いていた場合、別働隊にやられる可能性もあった、それならば一緒にいた方がいい、少なくとも彼女をこの手で守る事が出来る。

 それはメリアリアも同じ考えだったし、それに。

 それは二人とも敢えて、言葉にはしなかったけれど、何かあった場合、“一緒に死ねる”とそう考えていたのだ、だから。

 ギイイィィィッ、ガチャンッ!!と屋上に着いた二人は“解錠魔法”を使ってドアの鍵を開けると素早く屋外へと飛び出してそのままー。

 周囲に気を配りながらも前方に聳えている、“マジェスティック・ビル”目指して疾走していった。

「・・・・・っ!!」

「きゃ・・・っ!?」

「止まるな、メリーッ!!」

「は、はい・・・っ!!」

 程なくして殺気を感じたかと思ったら、直後にビュッ、ヒュンッ、と言う風を切る音がして、二本のマジック・アローが彼等目掛けて飛んできた、それを。

 蒼太は、ベースケースを振り回して弾き飛ばすと尚もマジェスティック・ビル目掛けて駆け続けた。

「メリー、身体を動かし続けろ。恐怖に負けて立ち止まったら、確実にやられる!!」

「解ってる!!」

 二人で互いを励まし合いながら、徐々に距離を詰めて行った、屋根から屋根へと飛び移り、大通りを跳躍し、障害物がある場合は途中でルートを変えてとにかく一路ビルディングへと向かう。

 途中で放たれてくる鏃(やじり)に対しては、蒼太が全て応じて叩き落としていった、まだ彼は剣を抜いてはいなかった、あくまでベースケースごと“それ”をつがい、構えては飛翔してくるマジック・アローを払い除けて行く。

 それでもナレク・アレスフィアはその役割を立派に果たして主人を傷付けさせなかった、ベースケースは穴だらけになっていったが剣本体には傷一つ、付いていなかったのだ。

「メリー、火炎魔法はまだ使わないで。他にも敵がいるかも知れないから、練り込んだ状態で取っておくんだ!!」

「解ったわ!!」

「もし相手方が逃げる素振りを見せたなら、可能な限り足止めして。上手く行けば捕縛出来るかも知れないから!!」

 蒼太は、矢継ぎ早に指示を出してはメリアリアを導いて行く。

 そのどれもが全て的確で、年上であるはずのメリアリアも思わず聞き入ってしまっていた、こういう時の彼は、凄く頼もしいと思っていた、彼はいつもこうだった、普段はボケ~ッと
した所もあるけれど、いざのさいには信じられない程の勇気と力を発揮して自分を守り、奮い立たせてくれるのだ。

 人の本性は、極限状態においてこそ発揮される。

 蒼太は本当に勇敢な人なんだと、メリアリアは感心した、それと同時に嬉しくなり、惚れ直していた、“蒼太ったらいつの間に、こんなに強くなったんだろう”、“いつの間に、こんなに逞しくなったんだろう”と考えて、思わず意識がそちらへと向いてしまう、そこへ。

 ビュッ、とマジック・アローが飛んできた、咄嗟の事にメリアリアは一瞬、判断が遅れる。

 それは致命的な隙になる筈だった、それを。

 ガキイィィィンッと、またしても蒼太が叩き落とした、彼はその言葉通りにちゃんとメリアリアを守っていたのだ。

「メリーッ、油断しない!!」

「は、はいっ!!」

 メリアリアは思わず再び、そう返事をしてしまっていた、それだけその時の彼は威厳と言うか正しさに満ちているように感じられた。

「メリー、さっきからの攻撃って・・・」

「う、うん。前から来てるっ。やっぱり間違い無いわ!!」

「じゃあ敵はやっぱりマジェスティック・ビルにいるんだね?」

 パートナーからの質問に、メリアリアもまた素早く簡潔に応じた、戦闘状態にある中で、長ったらしく話し合うのは危険である事を、二人は互いに熟知していた。

 やがて。

「敵が、動き始めた!!」

「確かか!?」

「うん、絶対!!」

 “自分では何も感じられない”と思ったけれどもしかし、メリアリアの言葉を蒼太はすぐに信じる事にした、彼女の感性は蒼太以上に鋭くて知覚能力も優れている、もしかしたなら、自分が感じ取れない何かを感じ取ったのかも知れない。

「メリー、お願い。相手を足止めしてくれ!!」

 その言葉にメリアリアは“解ったわ”と告げるとその場で手を翳しては、忽(たちま)ちの内に初級の火炎魔法を、やや強めの威力で精製した、足止めならばこれ位で充分だし、それに外れた場合でも周囲に影響を及ぼす事も無いだろう。

「“フレイム・ペレット”!!」

 名前を呼んでそれに命を与えると、直ぐさま敵に向けてぶっ放すが、それはゴオォォォッと言う音と共に集束された炎の塊が弾丸となって相手目掛けて飛んでいった、すると。

 こちらの反撃を認識したのか、相手からまた再びの攻撃が来た、発射ポイントはもはや、ビルの屋上では無かった、導き出されるその位置は間違いなく移動しており、それもちょうど自分達のいる場所からは殆ど反対方向に向かっている事が伺える。

「どうするの?蒼太」

「・・・?」

「あんまり離れると、アルフレッドの護衛が出来なくなるわ!!」

「本部に確認している暇は無いな・・・」

 メリアリアの言葉に蒼太もまた、ハッとなるが本部からの指示はあくまでも敵の制圧である。

 それも増援も送る、との事だったから多少の事なら問題は無いだろう、蒼太は決断した。

「このまま、追おう!!」

「解ったわ!!」

 そう応えるとメリアリアは再び、火炎呪文を相手へと向けて解き放つが魔法の鏃と炎の弾丸の攻防は暫く続いてお互いの間を何度となく、呪文と呪法が飛び交い合う。

 その甲斐あってか初期の頃よりは大分距離も詰まってきたように思えたが、すると途中から様相が一変した、反撃が来なくなり代わりに相手の移動スピードが飛躍的に増大したのだ。

「逃げるつもりかな・・・っ!!」

「こっちを誘う、罠かもよ!?」

「深追いは、避けた方が良いかな・・・」

 流石の蒼太もこれ以上、仲間達と離れる事には抵抗があったし、それにメリアリアの言葉も頷ける話しではある、追撃は断念しようかと思っていた、その時。

 相手の行動に、変化が起きた、逃走を止めて再び、マジック・アローによる攻撃を始めたのだ。

「・・・・・?」

(観念、したのか・・・?)

 蒼太が怪訝に思うモノの、いずれにせよこの機を逃すべきではない、相手を制圧、もしくは捕縛する事が出来ればミラベルの内情が、どの程度漏れているのかを確認する事が出来る、今後の為にも、それは絶対にやっておかなくてはならない事だった。

「メリー、行くよ!!」

「うん!!」

 蒼太とメリアリアは相手の攻撃の隙間を塗って一気に距離を詰め始めた、相手がいるのは都市部にしては珍しい、郊外型の大型スーパーマーケット“カルラール”、その三階部分に設置されている屋上駐車場の真ん中だ、確かに周囲に高い建物が無いこの場所では見晴らしが良く、また朝方の今ならばよしんば戦闘になったとしても犠牲になる人も居ないだろう、構うことは無かった。

「・・・・・っ!!」

「ふぅ・・・っ!!」

 メリアリアと蒼太は、やがてそこへと着地をすると息を整えて相手へと向き直る、そこには。

 漆黒のローブに身を包んでいる、一人の少女が立っていた、年の頃はメリアリアと同じくらいか、やや上と言った所であり顔は無表情であったが幼さの残る、可愛い系のそれだった。

 変わっているのは髪の毛と瞳の色だ、臀部にまで伸びているストレートロングなその頭髪は銀色に輝いており、そして瞳の色も銀色だった、普通の人間では有り得ない色をしている、不思議な感じのする少女だった。

「・・・・・?」

「アルビノ・・・?」

 メリアリアの言葉に、蒼太が反応するモノの、彼は明確に“違う”と思っていた、“普通のアルビノ”ならば髪の毛は銀髪になっても瞳は青になるはずだからだ、ところが目の前にいる少女は瞳の色からして銀色なのだ、一体どう言う色素を持った人間なのであろう。

「・・・君が、やっていたのか?」

「・・・・・」

 蒼太の問いに、少女はたじろぎもせずに相変わらず無表情のままで此方を見つめ続けていた。

「あの攻撃は、君がやったのか?」

「・・・・・」

 再び発せられる問い掛けにも、その少女は無反応だった、ただし。

 今度は後ろに手を回すと、何処からかハードカバーの分厚い本を取り出して、そしてー。

 両手で持って真ん中近くのページを開くと何やら呪いの言葉を唱え始めたのだ、するとそれに呼応するかのようにして本のページが勝手にペラペラと捲れていき、それが徐々に早くなる、それと同時に周囲には物凄い魔力の奔流が渦を巻き始めて駐車場全体を覆い尽くして行った。

「うわ・・・っ!!」

「きゃぁ・・・っ!!」

 蒼太とメリアリアは思わず驚きの声を挙げるがそこはもう、完全に異界であった、先程まで晴れていた空は暗くなり景色も薄ぼんやりとした、夢の残照のようなモノになっている。

 蒼太はこれと、よく似た感覚を味わった事があった、例の“トワイライトゾーン”の中でである。

(まさか、ここって・・・っ!!)

「ここは、異界・・・」

 身構えつつも蒼太が思うが、するとまるでそれに応えるかのように少女がようやく口を開いた。

 幼い見た目と同様に、声もやっぱり幼くて、しかし物凄く静かな口調であった。

「この本が開かれた場所は、一時的に異空間に飲み込まれる。貴方達も、もう戻れない・・・」

「・・・・・」

 ”君だって、戻れないだろう?と蒼太が尋ねると少女は首を振った、“自分はこの本を持っているから平気だ”と。

「それに“一時的にっ”て自分で言っただろ?あれは何なのさ」

「この本を閉じれば魔力も止まり、異空間は消滅する。元の世界に戻れるわ、でも・・・」

 少女は続けた“貴方達は帰れない”とー。

「貴方達は、ここで死ぬわ。だからもう、戻れない・・・」

 そう告げると少女は開かれた本のページを指で押さえ、再び呪文を唱え始めた、すると。

 周囲には禍々しい気が立ち込めて行き、それと同時に妖しい影が幾つも幾つも立ち上り始める。

 それはやがて巨大なモノとなり、実体化していった、そこに現れたのは泥人形ゴーレムと一つ目の巨人サイクロプス、そしてー。

 強い腐臭を放つトロルのゾンビの群れだったのだ、その数はざっと30体程は居るだろうか、大群だった、その上。

「・・・・・っ!!」

「あ、ああ・・・っ!!」

「“彼等”は不死者、ついでに恐怖もない。何処までも相手を追い詰めて、殺す。ただそれだけに特化した存在・・・」

 そんな少女の言葉など、耳に届かない程に、そのどれもこれもが凄まじい殺気を放っていた、それは本当に、人を食い物か何かにしか思っていない存在の放つ、非情なまでの凶暴性を内包した、残忍な害意の塊である。

 そしてそんな連中に向かって、少女は“行け”と合図を下した、その途端に彼等は一斉に行動を開始して、蒼太とメリアリア目掛けて、巨大な津波となって襲い掛かって来た。

 “グガオォォォォッッ!!!”と言う雄叫びと同時に建物全体が振動し、それと同時に鼻を劈(つんざ)くような猛烈な腐臭が蒼太達にも伝わって来た。

「・・・・・っっ!!?」

「やるしか、ないな・・・!!」

 もう既に、腹も覚悟も決まっていた蒼太は呟くようにそう言うと意識を今、この瞬間に集中させて行き、呪文を精製し始めた、いつかやったように最大出力で波動真空呪文を解き放とうとしていたのである、そしてー。

「メリーッ、メリーも一緒に・・・っ!?」

「あ、ああ・・・っっ!!!」

 そう言い掛けて、蒼太はメリアリアの様子がおかしい事に気が付いた、全身が硬直してガクガクと震えており、顔は青ざめていてハッキリとした怯えの色が浮かび上がっている。

 青空色のその瞳はカッと見開かれたまま、ただただ前方の空間を凝視するだけだったがそんな彼女を。

 最初は怪訝そうな表情で見つめていた蒼太は、すぐにある一つの疑惑が浮かび上がり、そしてそれは確信に変わって行った。

「メリー、もしかして・・・」

 蒼太は思った、“殺し合いをしたことが無いのか?”と。

 それは、当たらずとも遠からずだった、メリアリアがそれまで経験していたのはあくまでも1対1とか多い場合でも1対5くらいの、所謂(いわゆる)小競り合いでしか無かった、相手は大抵、人間であり勿論、時にはナイフや銃が飛び出して来たり、殺気をぶつけられた事もあったけれども、それらはメリアリアの持つ身体能力と魔法力とでなんなく“制圧”する事が出来ていたのである。

 それ以外でも一応、怪人モンスターや妖怪と呼ばれる存在等ともやり合った事も有るにはあったがしかし、それらの多くは“使い魔クラス”でその気迫も感じる脅威もそれほどのモノでは無かったし、彼女の実力を持ってすれば撃退する事は容易かった。

 だから。

 今回のように、大型かつ貪欲な、それこそ人や生き物をただただ殺す、その事だけに特化したような魔物の群れと渡り合った経験は、彼女には皆無であり、その禍々しいまでの殺意の集合体をもろに受けてしまった少女は全身が萎縮してしまい、どうして良いのか解らなくなってしまったのだ。

 それはかつて、蒼太がエルヴスヘイムで味わった感覚と同じであったがしかし、自分の力で立ち直った蒼太に対してメリアリアは思考が完全に停止してしまっている様子であり、このままでは二人揃ってやられてしまうことがハッキリと見て取れた、だから。

「メリーッ、こっちだ!!」

 彼は一度、逃げることにした、メリアリアの手を引いて室内に続くエントランス部分へと走るとそこを“解錠魔法”で開け放ち、室内に侵入する。

 中に入って施錠をし、そのまま1階部分目指して階段を駆け下りて行くがその途中の踊り場にソファが設置されており、取り敢えずはそこに腰掛けて二人は息を整えた。

「はあっ、はあっ。げほっ、おえぇ・・・っ!!」

「・・・・・」

 堪らず嘔吐(えず)いて蹲(うずくま)ってしまうメリアリアを、蒼太は優しく介抱してあげた、手を握ったまま背中をさすり、彼女の気持ちが落ち着くまでただひたすらに待ち続ける。

「はあっ、はあっ。はあぁぁ・・・っ!!ご、ごめんなさい、蒼太・・・っ!!」

「・・・平気?」

「・・・うん、もう大丈夫」

 何とかそう応えるメリアリアだったがまだ顔色は悪くて瞳の力も弱々しい、とてものこと、大丈夫な状態には見えなかった。

「本当にもう、平気だから・・・」

「・・・・・」

 そんな彼女の様子をみながら、蒼太はそれでもどうしようか、と迷っていた、こうなった以上、自分だけの力で波動真空呪文を精製させて、一気に解き放ってみようかと考えたが、途中で頭(かぶり)を振ってその考えを撥ね除けた、恐らく、それだけではとてものこと足りないだろう、この危機を乗り越える為にはどうしてもメリアリアの力が必要である、彼女の加勢が無ければあの、不思議な少女の魔力を撃ち破る事が出来なかった。

 だがしかし。

 メリアリアはとてものこと、戦える状態では無かった、殺気に飲まれない為には自らも殺気を纏うしか道は無い、もしくはそれを“受け流す”かだが、まだ本格的な戦闘が初めての彼女に、そう言った技術や心得を強いるのは酷と言うモノだった。

「・・・・・」

(もし。あの大群を、一網打尽にするためには。やっぱり自分の命を懸けるしかない。命の灯火を、全て魔法力に変換させて解き放つ事が出来たなら!!)

 そこまで考えた時に。

 蒼太の腹は決まった。

「メリー・・・」

「・・・・・?」

「君だけは、絶対に守ってあげる、絶対に、絶対に・・・っ!!」

 そう言うと蒼太はナレク・アレスフィアをボロボロのベースケースから取り出すと、両手で柄の部分を握り締め、天高く翳した、そして。

 その場で意識と精神と、そして魔法力とを極限以上にまで高めて行き、それを剣の“刃”の部分へと向けて一気に集約させて行く。

 周囲には凄まじいまでのプラズマと魔法力とが渦を巻き、眩いばかりの白い光が少年の身体から放たれて周囲に拡散して行った。

「・・・・・っ!!そう、た・・・?」

 メリアリアはそんな彼氏の姿を最初、キョトンとした顔で見つめていたが、しかし。

 やがてそのただならぬ様子から彼の真意を察した少女は途端に少年に向けて鋭く叫んだ。

「だ、だめぇっ。蒼太、だめえぇぇぇぇっっ!!!」

 そう叫んで蒼太に縋ろうとするモノの、手が触れる前に見えない力によって“バチンッ”と弾かれてしまった。

 既に蒼太の周囲にはしっかりとした法力の力場が形成されており、それが彼女の手の触れるのを拒んだのだ。

「あうぅぅぅ・・・っ!!」

「我に宿りし灯火よ、大いなる宇宙に流れる息吹となりてこの世界を駆け巡れ・・・っ!!」

「・・・・・っっ!!!や、止めてぇ、蒼太あっ。そんな事しないで!!」

 少女の必死の呼び掛けにも、少年は耳を貸さなかった、ただひたすらに精神を高めて命を燃やし、その全てを魔法力へと還元して行く。

 そしてー。

 あと少しで、全ての命の灯火が魔法力に吸収され尽くす、と言う段階にまで至った時に、奇蹟は起きた。

「だめえぇぇぇぇっっ!蒼太お願い、死なないでっ!!死んじゃダメえぇぇぇぇっっ!!!!!」

 メリアリアが叫ぶと同時に彼女の全身からも眩いばかりの七色に輝く明るい光が漏れ始めてそれが少年の身体を包み込んで行く。

 すると次の瞬間、蒼太の剣がそれに反応したかのように黄金色に輝き出したかと思うとそれまでそこへと向けて溜め込まれていた魔法力と命とが、蒼太へと向けて逆流し始めたのだ。

「・・・・・っっ!!?」

(な、なんだ?何が起きてる・・・っ!!)

 自らの身体に暖かさと力が回復して来たことに驚いた蒼太の呪文の詠唱はその場で中断された、彼を覆っていたエネルギーはその中心を失って拡散して行き、やがてあるモノは元の主の中へと、またあるモノは宇宙(おおぞら)へと還って行くモノの、事態はそれだけに止まらなかった。

 メリアリアの身体から猛烈なまでの魔法力が溢れ出しており、それは先程までの蒼太がそうだったようにプラズマを伴って強固な力場を形成して行く。

 それは、少年の命を懸けた行動を目の当たりにしたメリアリアの、心の奥の奥の奥の底、その更に先の領域にある自らの真我、所謂(いわゆる)“魂”から迸った“願いのエネルギー”そのモノだった、命の火が萎んでゆく少年に対して一心不乱に叫び続ける内に彼女の心の内からは不安や恐怖と言ったモノは一切合切消え失せていた、この時少女にあったのは、ただただただただ“彼の命を助けたい”、“死なせたくない”と言う、祈りにも似た純粋な気持ちである。

 不要な想念が除去された事により、頭の中が限りに無くクリアーになっていった彼女の意識は“今”、“この瞬間だけに”集中し尽くして行き、やがては“それ”と直結したのだ。

「・・・蒼太」

「メリー・・・?」

 何が起きたのかが解らなかった蒼太はしかし、“この機を逃してはならない”と思った、今一度剣を構え直すと今度はメリアリアと一緒に法力を集中させて行き、“刃”の部分へと纏わせて行く。

 それは“波動真空呪文”とメリアリアの持つ火炎呪文とをミックスさせた、全く新しい呪文である、それを。

 天井に向けたまま、二人は詠唱を始めた。

「「宇宙を創りし“創造の火”よ、その御心と法則とを掻き乱す輩に対して裁きの鉄槌を降ろし給え」」

 それが終わると同時に。

 剣に宿った魔法力は極限以上にまで高まって行き、もはや溢れんばかりになっていた。

「メリー、行くよ?極大のやつ・・・」

「うん・・・っ!!」

 蒼太の言葉に頷くとメリアリアは彼氏と同じタイミングで剣をクンッと突き出して、二人で一緒に名を叫び、呪文に命を吹き込んだ。

「“インフィニテッツァ・テンペスタ”!!」

 瞬間。剣がカアァッと光ったかと思うと大地が激しく揺れ動き、そして。

 天井が、根刮ぎ吹っ飛んだ、そこに蠢いていたモンスターの大群も、あの不可解な少女も全て纏めて吹き飛ばしたのだ。

 周囲にはプラズマ波動を纏っている、荒れ狂う巨大な炎の竜巻が出現しておりそれは空中へと吹き飛ばされた魔物の群れを一瞬で焼き尽くしては光の粒子へと還元させて行った。

 やがて。

 それが収まる頃になると周囲には静寂が戻っていた、禍々しいあの気配は消えて無くなり、ただ虚無の空間だけが、破壊され尽くした天井部分から覗き見えている。

「・・・・・っ!!」

「やった、の・・・?」

 戸惑うメリアリアの肩を抱いたまま、蒼太は尚も周囲に気を配って何が起きても良いようにと身構え続けた、所謂(いわゆる)“残心”を取ったのである、しかし。

 “敵”の気配は、一向に感じられなかった、そうこうしている内にもっと不思議な事が起こった、何と吹き飛んだ筈の天井が一瞬で修復されて建物全体が元に戻り、空気が清浄になって行く。

 室内には人の気配が戻り、開店前でごった返している様子が窺えた。

「・・・・・っ!?」

「そ、蒼太。これって・・・っ!!」

「どうやら、帰ってこれたみたいだね・・・っ!!」

 事態が終息した事を確認した蒼太達は、次に急いでその場を離れる事にした、自分達がここに居ることが、周囲の人間にバレると些か拙(まず)い事になる。

 蒼太は“フッ”と一息着くと、側に落ちていたベースケースを拾い上げて、その中へと剣をしまう。

 剣はまだ熱を持っていたけれど、それでも中を焦がすほどでは無かったから、蒼太は急いでそれを背負うとメリアリアの手を取って再び、屋上へと上がって行った。

 周囲に注意しながらもエントランスを解錠させて屋外へと出てみるとー。

 そこには戦闘の痕跡は何一つ残ってはいなかった、魔物の群れ、それ自体は勿論のことそれが暴れ回った跡も、あの少女の影すらも、何もかもが消え失せていたのだ。

「・・・・・」

(逃げられたとは、思えないけど・・・)

 少年はそれでもさっきまで少女が立っていた辺りを注意深く見渡しながら、メリアリアに告げた、“取り敢えず、帰ろう?”と。

 相手を始末したのか、見失ってしまったのかは定かでは無いけれど、取り敢えず“敵”は居なくなったのである、とするとこれ以上、自分達がこの場に止まる理由は何も無い。

「・・・はい、はい。解りました、撤収します」

 無線で本部に連絡を取ると、どうやらアルフレッド氏は無事に仲間達の手によって、本部に護送された、と言う事だった、蒼太達は勝利したのだ。

「帰ろう・・・?」

「うん。・・・ねえ蒼太」

「?」

 そう言うとメリアリアは険しい顔になり突然パチーンと、蒼太の頬を引っ叩いた、そのまま。

 自らも涙目になって震えだし、最後は泣き出してしまったのだ。

「うえぇぇぇーん、蒼太の、蒼太のバカァッ。バカアァァ・・・ッ!!!」

「ごめんね、ごめんごめん、メリー・・・」

 泣きじゃくるメリアリアを優しくソッと抱き締めると彼女もまた、身体を預けて抱き着いて来た。

 なんで叩(はた)かれたのか、最初蒼太にはその理由が解らなかったが徐々に思い当たって来た、自分が死のうとした事を、彼女は責めていたのだ。

 それはそれほど彼女にとってショックな事であり、絶対に許すことは出来ない事だったのである。

「ううっ、グスッ。蒼太のバカ、もうっ。二度と死ぬような真似はしないで!!」

「う、うん。解った、ゴメンね・・・」

 蒼太は、メリアリアが落ち着くまでその場で抱き合ったままで二人で立ち尽くしていたが、やがて彼女の慟哭が収まると、ようやく抱擁を解いて見つめ合い、キスをした。

「ちゅ・・・っ!!」

「ん・・・」

「ちゅ、ちゅるっ。ちゅぷっ。ぷはっ。もう、蒼太のバカ・・・!!」

「うん。ゴメンね、メリー・・・」

 まだ少し言い足らなさそうと言うか、心配そうな瞳で彼氏を見つめるメリアリアだったがやがて一息入れるとようやく落ち着いたらしく、身体から力を抜く。

 そしてちょっと申し訳無さそうに、寂しそうに微笑んでからこう言った。

「でも。蒼太有難う、ごめんなさい私・・・」

「・・・いいよ、そんなの気にしてないし。それに僕も最初はあんなだったから」

「・・・本当に?」

「最初はどうして良いのか、解らなくなるもんだよ。漫画とかゲームと違って、実際の戦闘なんてそんなに簡単に熟せるモノじゃないしね」

 ましてや、と蒼太は続けた、“接近戦だもん”と。

「恐いよ、それは。僕だって恐いもの・・・っ!!」

「でも。蒼太は勇敢だわ!!」

「勇敢じゃ、無いよ・・・」

 と蒼太は告げた。

「今日だって、結局君に助けてもらわなかったらヤバかったし・・・。僕はただ、“死にたくない”って思ってやっているだけだから・・・」

「死にたくない・・・」

 その言葉を復唱すると、メリアリアは心の底から頷いた、“うん、本当だね”とそう言って。

「私も、本当にそう。“死にたくない”。やっぱり死ぬのって恐いよね・・・」

「それはそうだよ、それに“死んでたまるか!!”とも思うし、死んでる場合じゃないんだよ!!」

「あっはははっ、なにそれ、おかしいよ!!」

 とメリアリアはようやく笑った、やっとすこしだけ、元気が戻ってきたようだ。

「蒼太、ありがとう。私今日、すっごく恐かったけど・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 暫しの沈黙の後、メリアリアは告げた、“なんでもない”と。

 本当は、照れくさかったのだ、“あなたの事でいっぱいになったら怖さがなくなった”等と。

「・・・なんだよ、それ」

「ううん、なんでもない・・・。ねえ蒼太」

「?」

「やっと冒険できたね・・・!!」

「・・・そうだね」

 クスッと微笑みながらも告げられた、恋人からのその言葉に、蒼太もまた、困ったように笑いながら応えた、“ついに冒険、しちゃったね”と。

 そうだ、確かに彼等は冒険をした、共に“危険を冒した”のである。

 この日、6月の15日の朝9時15分。

 彼等はただの恋人同士から“戦友”となった、一緒に生死の境を潜り抜けて、その背中に命を預け合ったのである。

 それはある意味では、メリアリアが待ち望んでいた瞬間であるとも言えた、皮肉な事に、彼女はセイレーンに入って以降、蒼太がこの世界に入るのは反対していた筈なのに、それなのに。

 やはり蒼太と一緒にいるのは嬉しかったし、楽しかった、今日のことだってそうだ、本当は恐くて仕方が無かったけれど、でも蒼太が居たから頑張れたし、気を張れた。

 何よりかにより。

 彼が居てくれたからこそ、生き延びることが出来たのでありもしこれが仮に、自分一人であったなら、どうなっていたのか気が気でなかった。

「・・・・・」

(だけど一体、何なんだろうな、あの時のメリーのあの力って。あれって僕と同じ・・・)

 帰る途次(みちすがら)蒼太は一人で考えるがあの時の少女の出現させた炎はただの火炎では無かった、もっと温度と出力の高い、プラズマを纏った純然たる炎。

 いわゆる“光炎”と呼ばれている炎だった、しかし。

(“光炎魔法”・・・。そんなモノが本当にあるのか?もしあるとすればそれは“太陽の力”、即ち一部とは言えども“宇宙の力”を使っている事になるんだけれども・・・)

「蒼太どうしたの?私の顔をジッと見て・・・っ❤❤❤」

「う、ううん。何でもないよ・・・!!」

 恋人からモーションを掛けられているのだと思ったメリアリアは、つい嬉しそうにそう反応するモノの、それに慌てて応えると、蒼太は後は俯いたまま、答えの出ない問答を、いつまでも頭の中でし続けたのだった。
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