Lily and Roseー貴方が番だったからー

椎名さえら

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エピローグ

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  半年後、リリーの故郷から車で2時間ほど南下した、州境の街。

 いまこの街で、リリーはレジ―と一緒に暮らしている。

 二人で心も身体ももう一度繋げ合わせた翌日、レジ―は遅番であった。朝起きると彼はすぐにCVSに出かけて、Talentiのヴァニラアイスと、薔薇の花を一輪買って帰宅した。CVSに薔薇の花なんて売っているのかしらと首を傾げたけれど、なんと彼はわざわざ花屋に足を運んで手に入れたらしい。ロマンティックな演出が、彼女を大事に扱ってくれる彼の心を示してくれていた。

 リリーは差し出された彼の心ごと、全てを受け取った。

 彼女の家はローズによって住めなくなってしまったので引き払い、レジ―の家に移り住んだ。今までどんな恋人とも半同棲もしたことがなかったリリーだったが、それはレジ―も同じで、しかし二人は息がぴったり合って喧嘩ひとつしなかった。両親も番を見つけたということ自体には驚いていたが、自分たちの家族を揺るがす大事件の中で、それでもリリーが確かな幸福を掴んだことを心から喜んでくれた。

 二人で暮らしはじめてすぐに、レジ―が同じ系列の違う病院への異動を打診されていることをリリーに相談した。それこそが今住んでいる、故郷から離れた街にある病院からである。リリーはちょうど元の職場に復帰したところだったから、二人の関係が始まったばかりの彼は彼女を置いていくことは考えられず、どうするべきか躊躇っていた。しかしリリーは、彼が望んでいるのであれば一瞬たりとも迷わずに、レジ―についていくことを決めた。医者としての彼を尊敬していたからである。また、あまりにも多忙な彼を側で支えたいという気持ちが芽生えていたからだ。

 ローズの取り調べを続けている女刑事に、引っ越すことを視野にいれていることを相談したら、むしろ賛成してくれた。何しろローズはあれからまともに取り調べに応じずに、黙秘を貫いている上、子供のように振る舞う奇行が目立ち始めた。精神鑑定が必要とも思われていて、裁判に至るまでが長期間に及ぶことが懸念され始めていたからだ。リリーが同じ街に住み続けて、いつまでも事件に囚われ続けるよりはと女刑事は背中を押してくれたのである。証言の必要があればこの街に戻ってきたらいいのだから、迷うことはない。

 ローズの身勝手な犠牲となった女性の快復はめざましく、彼女の聴取も始まっていた。

 シルビアというその女性は、確かに孤児で、その日暮らしをしていた。コールガールのような仕事もしていたらしい。アルコール中毒でもあり、酒場でたまたま出会ったローズとあまりにも容姿が似ていることに確かに自分でも驚いたのだという。まるで生き別れの姉妹みたいね、とローズが笑って、お酒を奢ってくれた。アルコールがきれると鈍い頭の回転しかしないシルビアが、ローズに誘われるがまま酒を飲み進め、次に目が覚めたときには――病室だったのだ。襲撃されているときの記憶は、ないのだという。そのため、懸念されていたフラッシュバックはほとんど起こらなかった。

 両親はシルビアへのサポートは自分たちがするからとリリーに言った。シルビアは幸いにも後遺症はほとんどなく、今は自分で歩けてもいる。

 会社の引き継ぎなども十分に期間を取り、友人たちにも別れを告げて、レジ―と移り住んだ街は、こじんまりとしていた中都市で、居心地がよかった。そうして、レジ―と新しい暮らしを一から作り上げていく中で、ようやくリリーは悪夢を見ることが減っていった。

 他の人の前では決して涙をこぼさないリリーが、夜な夜な悪夢を見て泣いていることをレジーだけが知っている。何しろ双子の姉に殺されかけたのだ。実際に命の危機にあったわけではないが、それでも十分にその可能性があった。ひとつひとつの歯車が何か一つでも、少しでもずれていたら――

 リリーは決して弱音は吐かなかったが、やはり故郷の街にい続けることでローズを想起することが多かったのだろう。新しい、見知らぬ街に引っ越してきたことによって少しずつリリーにも自然な笑顔が増えた。それでも、夜、まだ時々魘されて起きてしまうこともある。そんなときはレジ―が彼女を抱きしめて、一人ではないことを知らせる。どれだけそう望んでいても、彼女の辛さを代わってあげられないけれど――体温を分け与えることはできる。そうして自分がそのことを彼女に許されていることにレジーは安堵するのだ。

 レジ―がこちらの病院に移ってよかったことは、彼の勤務時間が少し楽になったことだ。
もちろん、急患のために呼び出されることはあるし、緊急手術がなくなったわけではない。けれど、元々のシフト自体がゆるく組まれていることもあり、リリーが心配するほど家に帰ってこられないことはなくなった。

 リリーもすぐに仕事を探そうと思っていたのだが、レジ―がローズの事件が落ち着くまではいいのではないかというので、それに従った。確かに今後の捜査の状況によっては、故郷の町に戻る必要性が度々出てくるかも知れないから、彼がそうやって言ってくれることは助かった。リリーは贅沢な生活をしていたわけではなかったのでしばらく働かなくても貯金はまだまだある。そう言うと、レジ―はなんだか腑に落ちないような妙な顔をした。

「君を自立した女性だと思わないというわけではないんだけど」

 彼は言葉を選びながら、リリーの手を取った。

「俺としては君とずっと生きていくつもりだから、こういうときは俺を頼ってくれていいんだよ」

 リリーは呆気にとられて彼を見た。
 二人で探した、居心地の良いフラットで、二人並んでソファーに座っていたときだった。このソファーも、レジ―と二人で新しく選んだのだ。レジ―の家にある家具の殆どは一人暮らし用のサイズだったから、ほとんどをグッドウィル(Goodwill)に寄付したり、知人に譲って始末してきたからだ。

「そこで驚くのが、とっても君らしいと思うんだけどね。そしてそんな君が好きだったりするんだが」

 レジ―は真面目な顔をしていた。

「だけど、こんなときは、俺に君の世話を焼かせて欲しい」

 彼の、彼女の支えになりたい、という気持ちが真っ直ぐに伝わってくる。

 ぱちぱち、と瞬きを数回したリリーがくしゃりと表情を歪めると、レジ―がそのまま彼女を抱き寄せてくれた。彼からふわりと百合の香りが漂ってきて、彼が番であることの幸運を改めて神に感謝した。彼がそっと彼女の髪に自分の頬を押し当てているのを感じる。

(レジ―にとっても自分がそういう存在になれるように……私も生きていかなくては……)

 番によって誰よりも大事にされ、自分もその気持を返すことができることの幸福を彼女は思った。

 いつかローズの遺した影から自分も脱却できる日がくるだろう。

 その日も隣にはレジ―がいるに違いない。


《Lily and Roseー貴方が番だったからー 了》 
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