シンデレラ、ではありません。

椎名さえら

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4 王子様登場

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どこか地に足のつかない気持ちで、飲み会に参加することになった。

創作居酒屋の大きなテーブルが入った個室に既に10人ほどの若い男女がいた。入った途端、亜紀の顔見知りたちが口々に彼女に声をかけ、手招きをする。優美は途端に足が竦んだが、そんな彼女の性格をよく知っている亜紀が振り返った。

「優実、私についてきて~~」

亜紀に言われるがまま、真ん中らへんの椅子に腰かける。

「もう一人井上って男が来るから、この席空けといてね」

と亜紀がその場にいる皆に聞こえるように話して、彼女の鞄を置いたのは優実の隣だった。亜紀が如才なく優実の紹介をしてくれて、彼らもそれぞれ自己紹介をしてくれた。

「さすが亜紀の友達、レベルめっちゃ高いじゃん」
「美人は美人を呼ぶんだね~」
「同じ会社?どんな仕事しているの?一人暮らし?」

男女問わず一気に色んなことを問われたが、過剰とも思える誉め言葉が続き、どこまで本気で受け取っていいかわからず、優実は笑顔を浮かべることしか出来なかった。

美人と言われる度に、つい心の中で、姉じゃないのに…と思うのだが、そう今日の私はシンデレラなんだ、と思い返す。シンデレラならば深夜までしか続かない魔法ではあるが魔法は魔法だ。

亜紀は楽しそうに隣に座っている男の子とうまく優実も巻き込んで会話をし始める。亜紀がいてくれることで優実もその場にとけこむことが出来て、お酒の力も借りて、徐々に気が楽になってきた。それからも何人かやってきたが、女子の歓声が一番大きかったのは、予想通り雄大が来た時だ。最初から亜紀が指定してあけておいた席に座ったことで、亜紀の友達だと知った女子たちが、きゃあきゃあ亜紀に話しかける声が響く中、当の雄大は黙って、隣の優実を眺め続けていた。

「…田中?どうしたんだ、それ」

「井上~~、そんな言い方ないでしょ、優実変身計画、大成功でしょ!?井上だって優実が美人なの知ってるでしょーが!」

亜紀が優実が返事するより前に、雄大に叫ぶ。優実が雄大を見やると、彼のモデルのような端正な顔立ちの眉間には皺が寄っていた。亜紀の声に雄大ははっとしたように表情を改めると、ぽつりと呟いた。

「悪い、俺が言うことじゃなかったな」

優実の中に馴染みの嫌悪感が湧いてくるのを感じていた。さっきまではあんなに綺麗になった(と思われる)ことを喜んでいたのに、自分が憎からず思っている雄大の反応で家族が自分の容姿を褒めてくれないやりきれなさを思い出してしまったのだ。けれどそれは彼のせいではない。

「亜紀、センスいいよね。亜紀の手にかかったらみんな美人になれると思う」

亜紀が向かい側に座っている男友達と楽しそうに話し始めたので、優実は空気を壊さぬよう、雄大に出来るだけ明るく話しかけた。

「…そうだな」

雄大はもはや優実を見ずに前を向いて頼んだ酒を飲んでいた。雄大の周りにやってきた女子たちがしきりに雄大に話しかけ、彼はそれに感じよく答える。優実も前に座っている男の人にあれこれ話しかけられて、しどろもどろに答えると、それに気づいた亜紀が会話に入ってきてくれたりする。あまりにも亜紀におんぶにだっこすぎて、自分がいたら気を遣って、彼女は思いきり楽しめないかもしれない。優実はため息をついて、頃合いをみて会を辞そうと決めた。





8時から始まった会は9時半を過ぎてもまだまだ盛況だった。食事も一段落したので、スマホで時間を確かめた優実は、亜紀にトイレに行ってくるね、と小声で言うと、さりげなく荷物を持って立ち上がった。亜紀が優実を見上げて、片目を瞑りながら小さく頷いたので、彼女に真意が伝わっているのは間違いなかった。察しのいい友達に感謝しつつ、個室から出た。

にぎやかな居酒屋の店内を出口に向かって足早に歩いていると、向こうから歩いてきたスーツ姿の男性に呼び止められた。

「…優実?」

懐かしい声に顔をあげると、そこには大学の時に半年だけ付き合っていた彼氏がいた。

「よ、佳高?」

「嘘だろ、マジで優実?めっちゃ綺麗になってるから吃驚した」

佳高は別れた後全く連絡を取ってなかったのが嘘のように普通に話しかけてきた。もともと人懐っこい性格で、友達としては大好きだったのだ。廊下の端に寄って彼を見上げた。

「佳高はデート?それとも飲み会かなにかで?」
「今日は会社の飲み会だよ」

今日は、ということは他の日はデートする相手がいるということかもしれない。佳高の時間があの後ちゃんと流れていたことを感じて安堵する自分がいる。

「優実は?」
「私は会社の同期に頼まれて、異種業飲み会に」
「ああ、要は合コンね」

佳高は苦笑した。そして付け加える。

「別れちゃった後さ、ゼミでも全然話せないまま卒業したから気になってたんだ」

まさかこんなところで再会するとはなぁ、とのんびりと話す彼を見上げていると、まるで付き合っていた頃に戻ったみたいで、すごく不思議な気持ちになった。

「気にしてくれてたの?」

「そりゃそうだよ、だって急にフラれちゃったんだもん…悲しすぎて俺からは連絡とれなかったよ。…優実の性格はよく分かってるつもりだったし。一旦こうと決めたら、もう曲げないだろ?」

「…そっか」

「俺…優実が大好きだったからさ、目の前真っ暗になって、もう自暴自棄。就活で忙しくなかったら廃人だったかも」

はははと笑う佳高に、優実は思わず尋ねていた。

「うそ、浮気してたんじゃないの?」


「はあっ?」


佳高は信じられないという顔で驚愕した。その顔を見て、優実は自分が真実だと思っていたことがもしかしたら間違っていたかもしれないと初めて思い至った。

「だって、佳高の家にいったら…女の人がいて…あの頃、連絡もほとんどくれてなかったし‥‥」

「は?マジで何の話、それ??」

佳高は額に手をやりながら、真剣に考え始めた。

「別れのメールする前の日…なんだけど…時間があったから佳高の家に行ったら、ドアの鍵が開いてて…中に女の人がいたから…」

「マジ勘弁してそれ俺の妹だから!!!!」

連絡してなかったのはただ就活で忙しかっただけだし!!と、ほぼ絶叫に近い声で叫びながら、頭を抱えて、佳高がばっとうずくまった。焦った優実も慌てて彼の前にしゃがみ込む。

「い、妹さんだったの…?」

「そうだよ…妹が連絡なしに地元から遊びに来てたんだよ…そうだったのかよ…俺そんなんでフラれたのかよ…」

「ご、ごめん…」

佳高が優実の顔を恨みがましい目でじろっと見た。

「どうして聞いてくれなかったんだ?あの時」

「…………」

優実はしばらく黙った後、そっと答えた。

「聞いて、佳高の心が離れているのを知るのが怖かったの…」

その答えを聞くと佳高が自分の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回して、深いため息をひとつついた。

「そうだったな、優実はそうだったよな…誤解されるようなことをした俺が悪かったな。ごめんな」

その一言ですべてを許そうとしてくれる彼は今でも変わらず優しすぎる人だ。こうやって包み込むように理解しようとしてくれてた。ちゃんと向き合うことが出来なかった自分にはもったいないくらいの…。

優実はみるみるうちに視界が潤んでいくのを感じた。

「ごめん、佳高…私が臆病すぎて逃げちゃった…」

掠れた声で謝罪して、俯くと、懐かしい佳高の手がぽんと頭の上に置かれた。

その手の感触はかつて好きだった人のもの。そう、確かにこの人のことが好きだった。

ますます涙がこぼれ始めて、肩を震わせながら優実は小さく丸まった。





「何泣かしてるんだ?」


後ろから低い唸り声が響いた。

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